騒乱を呼ぶ皇子
嫌味なおっさんかもしれないけれど、「四条内府」って人はいい人でもあるのです。ただ、いい人では終わらない。怖い人でもあるのですが・・・非情な人なのです。それが悲しい。
その夜、薫子は野分から
「仕事に行く、ついてこい」
と言い渡された。
(仕事?夜盗の仕事といえば・・押し込み?!)
内心焦りまくったが、いやだとは言えない雰囲気は充分している・・
着換えも渡され、闇に溶け込む黒装束に変わってしまった。黒い布で覆面までしては、立派な夜盗である。
(「おとめ組」で踊れと言われるよりはましではあるが・・・兄さまが見たら怒るだろうなあ・・)
闇にまぎれて洛中を駆け抜けながら、薫子は向かう館の方角になんとなく思い当たる節があった。同じようにして側には黒装束の宗也がいる。時折、自分を見て笑いかけてくるが、笑い返す余裕はない。
ある館の前で夜盗たちの足が止まった。
(やはり、ここか?)
薫子にはなじみのある館である。子供のころから何度か母に連れられて来たことがある。
「四条内府」邸
権力者である叔父の館だ。
(ここは何もないぞ・・屋敷はでかいが、金目のものなぞない・・)
権力志向ではあるが、金にはきれいな人なのだ。それゆえ、自分たち兄妹も随分と援助してもらってきた。
野分から最初に塀を乗り越えて内部へ消え、仕方なく薫子も塀の上へ身軽く乗り飛び降りる。後には、宗也が続く。皆無言のまま奥へと進む。
奥まった部屋から、わずかな明かりが見えていた。そこが叔父の部屋であることは、薫子も知っていたが、なぜ、この夜盗たちが間違うことなくこの部屋を目指したのか、不思議であった。
(なんか、変?)
まるで内部を知っているような行動ではないか?
部屋の戸をかすかに開けようとしたときだった。
「お前が、野分か?」
低いが充分に威圧する声が響いた。間違いなく叔父の声である。
「覚えていたか?俺の名を・・」
「おとといまで、忘れていたがな・・そういえばそのような名の子供を知っていたような気がした」
わずかな明かりの中で、黒装束の野分はこちらに背を向けたまま低い声で笑ったようである。
「所詮、俺らはあんたにとっちゃその程度の子供だったってことか?流される皇子に押し付けて厄介払いができたというところだったのだろう?」
「そこまでわかっていながら、なぜ都へ戻って来た?ここはもうお前の帰るところではないはずだが」
「まあ、世の中あんたの都合のいいようには動かぬということを、教えに来たのさ」
闇に溶け込むように立っていた宗也を見て
「こいつが誰かわかるか?」
背を押してその前に座らせたその顔を見て四条内府の顔が変わったのを、
薫子も感じた。それはただ息をとめただけだったのかもしれないが・・・
顔を隠していた黒い布を外した宗也を内府はまじまじと見つめ小さく首を振った。
「内府、久しい」
その物言いは明らかに高貴な身分の者のいいようであった。
「まこと、皇子さまか?」
叔父の口から発せられた「皇子」という言葉に、薫子は動顚した。
曰くありげな人ではあると思ってはいたが、まさか、「皇子」と呼ばれる人だとは思わなかったのだ。
「何ゆえ、都へお戻りになられましたか?また、騒乱の種となられるおつもりか?」
「あの折の事、俺が望んだことではないぞ。こたびはただ、母上に会いに来ただけだ」
「それの許される御身ではないこと、おわかりでございましょう」
「内府、野分と瑠璃がそなたの子であるように、私も、帝の子ではあるが、ただの人の子。親に会いたいだけだが・・・」
「なりませぬ!!貴方様が都に帰ったと知れば、また野心をもつものがおりましょう。また、あのような騒ぎを引き起こしたいと?!」
「内府よ、それでも、と言うたなら?」
その時の宗也の声を薫子は生涯忘れぬと思った。
にわかに、邸内が騒々しくなってきた。どうやら主の部屋で何か起きているらしいことを家人達が感じ取り、灯りとともにこちらへ近づいてくる。
「うるさいやつらだ!」
吐き捨てるようにつぶやいた野分の声に応じて、宗也も立ち上がる。
その宗也は、薫子の手を掴むと部屋を飛び出しそのまま入って来た塀に飛び上がると、引き揚げて、再び闇の中へ走り出した。




