過去の重さ
白い水干の胸が規則正しく上下している。薫子は眠っているように見えた。
柱に背を預け片膝たちの姿で座り、肩に抱くようにして細身の太刀を抱えているとどう見ても年若い貴公子に見えた。
長いまつげに縁どられている閉ざされた目。細い鼻梁。時折紅い唇から洩れる寝息。
その赤い唇に唇を重ねようとしたとき、
「それ以上近づけば、あばら骨の二、三本は叩き折るが・・」
少し低めの声が宗也の耳に聞こえた。ゆっくり開いた瞳が驚くでもなく自分をまっすぐに見つめてきた。のぞきこめるほど近くにその目があった。
周りの者たちに聞こえないほどの声で宗也が問う。
「そなた、薫と言うたな。男か、女か?」
当然の問いかけである。太刀を抱えなおした薫子はどちらともつかない
「どちらでもよかろう?女が邪魔ならば太刀で相手をしてやってもよいが」
「強気だな・・あの「桜花少将」が兄とやら聞いたが、似ているな・・」
「似ている」と言われたのは初めてかもしれない・・
「昔、兼に逢うたことがある。互いに子供であったが、あの頃の奴に似ているようだ」
ここへ連れ込まれてから会ったのは数人の若い男たちだけである。
それも妙なことに、決して自分に危害を加えるふうでもなく、むしろ好きなように行動が許されてもいる。
「検非違使の身うちと知りながら、なぜ黙っている?」
それが不思議であった。何故、瑠璃にしても宗也にしてもそれをこの夜盗集団の頭目らしい、兄である野分に黙っているのか?しかも、半分は女と気付いていながらだ。
「検非違使を相手にするつもりはなかったゆえ、我ら、盗みはしても非道なことはしておらぬ」
「何ゆえ、陸奥を出てこられた?」
それには、目を細めるようにして薫子を見た。薫子のそばに胡坐をかくように座り込む。
「そなた、それを聞く覚悟があるか?」
「覚悟」・・・と、宗也は言う。それは、女である瑠璃が知る以上のことなのかもしれない。
「ここからほど近くに、「量善院」という尼寺があることを知っているか」
「「知っている。わが母が帰依していた寺ゆえ何度も来たことがある。」
確かに近くに尼寺はある。そこには罪におとされた高貴な女性が入るところとも聞いている。今もそこにいるのかは知らないが・・・
「俺の母がそこにいる。俺のせいで罪に落された人よ」
淡々と語るが、宗也の話は結構重いのだ。その横顔を覗き込みながら遠い日のことを聞くのは、少しつらいことでもあった。