再会・鬼龍と和泉
先ほどの報告書に書いてあったことがそうならば、とんでもないことになっているはずだ。
{昨日、夕時「日野中納言」邸に若い男が連行されてきた模様。白い水干姿に細身の太刀を携えていた}
短い報告ながら兼にはそれですぐにわかった。
(何をやっているのか、あいつは・・・!)
本気を出した男に勝てるわけでもない。それでも身を守るすべとして太刀を教えてきた。
それは思いもよらない才能で薫子にとっては不運なことであったかもしれない。このまま行ってどうするか?
幸いなことに、さる高貴な身分の女性がそのままの薫子を認めてくださっている。いずれはそのお方の許へという話さえあるが、今はまだ、何も告げてはいないのだ。
(頭の痛い話だな・・)
「日野中納言」邸近くには何人かの検非違使が張り付いている。
それを確認しつつ、身を隠すように土塀の陰にいた兼は、突然、その肩を掴まれて振り返った。
何故、気がつかなかったのか?!
目の前に、目深に笠をかぶった男が立っていた。右肩を掴んだまま男は口元にわずかな笑みを浮かべると、低い声で呼びかけた。
「久しいな、天寿丸」・・と。
今、その名で呼ぶのはお吟だけである。もし他に呼ぶものがあるとすればそれは、昔の仲間しかあり得ない・・
笠を少し上げた男は驚きを隠さない兼を、おもしろそうに見てくる。
「それほど驚くか?」
白い水干姿の兼を上から下まで見やり、フンと鼻で笑ったような気がするが、その顔は子供のころに毎日見ていた端正な顔であった。
「鬼龍どのか?」
ようやく声を出した兼の手首を掴むと、そのまま土塀に沿って歩き出す。
それは、少しずつ「日野中納言」邸から離れることになるのだが・・
「ちょっ、ちょっと待て!鬼龍どの!どこへゆく?」
「さて、どこへ連れてゆこうかな・・」
落ち着いたよい声が懐かしい・・聞きたいことがたくさんある。
が、今はそれどころではないのだ!
しかし、鬼龍の脚は思いがけず近い所の荒れ館で止まった。
そのまま、中へ連れ込まれ一室へ放り込まれる。まだ草木の季節には早いが、それにしても雑草がここまで生い茂るのものか?・・・
その中に一本だけ、桜らしい見事な木が存在している。
放り込まれた部屋はそれでも、きれいに掃除もされているようであった。
しとみ戸を開ければ、光も明るい。その中で鬼龍はしげしげと兼の姿を見た。
「そなた、まだそのようななりで、遊び歩いているのか?」
何と返してよいものか・・・
「もう何年になる?いつまでも子供のころではあるまいに。そなたは他の子供達とは違ごうて、見所があると思うていたが俺の間違いであったか?」
言葉に詰まった兼はただ、その顔を見つめているしかない。
何故か、現在の役職名と現在の名を兼は告げることができなかった。
「検非違使長官・如月 兼」
あのとき名乗っていればあんなことにはならずに済んだかもしれない。
この人の中で自分は子供のころのまま「天寿丸」と呼ばれていたかったのだと、どれ程思ったことか・・・
口をつぐんだ兼は外から近づいて来る衣ずれの音に気付いた。
光を背にして部屋の入口に立った人は、小さく首をかしげる癖がそのままだった。
「まことに、天寿丸どのですの?」
昔から美しい人であったが、少しも変わらない・・透き通るような肌はなお、白さを増したような気がするが、漆黒の髪、赤い唇、蒼さに似た瞳の色も、あの頃と少しも変わってはいない。
「和泉さまか?・・」
名は、和泉・・・子供心に兼が憧れたひと。
その人の白く細い手が伸びてきたと思うと、指の間に顔が挟まれていた。
「昔と変わらぬ美しい顔をして・・天寿丸・・」
そっと、宝物を扱うようにして和泉は兼の顔をそのまま抱きしめる。
よい香りがする・・これは、伽羅か?
「大きゅうなられましたな。久しいこと・・」
「もうあの頃の俺ではありませぬ。」
「そうですね。わたくしも歳をとるはずです」
慌てて首を振った兼を優しく見つめる人は、いくつになったのだろう?
確か、数年前に都を離れたと聞いていたが、また戻って来たのか?
昼から酒が出てきて帰ることもできなくなってしまった。
おそらく、薫子のことは老家人からお吟や基之のところへ連絡が行ったはずだ。気が気ではないが、それを顔には出さずに鬼龍と和泉に囲まれて兼は静かに、杯を飲み干してゆく。




