三度目の謹慎処分
正面の御簾の中、帝のおわす気配がする。
とうとう呼び出されてここに着座しているが、兼はここにいられる立場ではない。藤原家の血筋である基之ならばまだしも、兼の身分では許されることではないのだ。それがなされているのはおそらく春宮か中宮さまのお声がかかった故だと思う。あれから毎日基之と二人で頭から水をかぶり続けて、ようやく血のにおいも消えたような気がする。公家というのは血の臭いを嫌う・・
太刀をふるうというだけで大層蔑まれるのだ。
一日おきに薫子から届けられる衣類に着換えて、覚悟は決まっている。
「さて、両名。評議の結果を告げねばならぬ」
頭を下げ続けている兼と基之に、参議の声が降って来た。
「こたびのこと、まことに不埒である。恐れ多くもお上を巻き添えにしようなぞとは、如月 兼、その罪計り知れぬぞ。ましてや賊の一味となりて宮中にて太刀を用いるとは、言語道断。斬罪に処されても文句は言えぬであろう。続けて、藤原基之。春宮のお覚えめでたき身でありながら、こたびのことに加担し止めるもせなんだことは、同罪である」
一気に告げられ反論は許されない。
「ただ、丞相よりのお言葉があった。太刀を抜いたは両名ではないと。賊を斬ったのは御自身ゆえ両名を咎めるはいささか違うと・・な。わかるか?両名・・」
話の成り行きがわからず、頭を下げたまま兼と基之は顔を見合わせた。
「こたびのことが、未遂に終わったのは両名の働きあればこそ、一つ間違えれば、二つに別れて収集がつかなくなる恐れさえあったものを、これで済んだは善とせよとのお言葉よ。咎めは丞相がお請けになられるそうな」
四条内府はいつもと変わらない顔でそこにいる。その人と兼を面白そうに見ているのは、春宮である。
「兼どの、丞相は身を退くと言うておる。そなたら両名これからのある身ゆえ、失うは大きな損失というてな。丞相が退かれる以上、両名も無傷ではおれぬ」
自分たちをかばって、叔父が身を退くと言うのは予想外の出来事であった。
「丞相にはふた月の謹慎、そなたらはひと月の謹慎を命ずる。よいな」
謹慎処分で済むことなのか?これほど、血が流されたというのに・・
あの皇子はどうなる?何も終わってはいない!!
その思いが兼の口から叫びとなった。
「お待ちくださいませ!!謹慎処分はありがたくお受けいたしまするが、あの皇子はいかが相成りましょう?せめて、せめて、あの君を母君様に会わせて差し上げることは、出来ませぬか?」
言ってはならないことだったかもしれない。それでも、あの時の皇子の声が兼の耳に残っている。
「所詮、夢は夢であった」
そんな言葉は哀しすぎる・・夢だけを頼りに陸奥から出てきたのだ。
「思いあがるな!!兼!」
冷たい声はそのまなざしと同じ冷たさを含んでいる。叔父は必要とあらばわが子でさえも手に掛けるほどの人であることを、忘れていたわけではない。
「あのお方の将遇はすでに決まっておる」
どのように決したのか、それは教えてもらえない。ただ、春宮は兼を見て小さくうなづいて見せた。この結果を告げるためだけにひらかれた会議は間もなく終了した。あっけない収束に兼と基之は心をどこかにおいて来たような気さえしている。大切なものを失くしたというのに、この空しさはなんだ?鬼龍も野分も、何のために死んでいかねばならなかった?
誰もいなくなった廊下で、兼と基之は夕闇の迫る頃までそこに座っていた
大人の事情という言葉があるのかもしれない・・それは、二人の知らないところで動いていることだったのだ。




