薄情者
兼と基之は春宮坊に留め置かれたままになっていた。
なんとなく宙に浮いたような処遇に二人とも戸惑っている。
宮中ではどうやら、何度か御前会議なるものも開かれているようなのに、当事者の二人が何やら蚊帳の外状態であった。
春宮の
「大人しゅうここにいよ」
との言葉に従うしかないのだが、居心地が悪いのだ。、かわるがわるに女官たちが大した用もないのに顔を出してくる・・
「お困りごとはございませぬか?」
そう言われても
「あなたたちが来ることが一番困ります」
とも言えず、曖昧に笑っているだけなのだが、それでも彼女たちは何度もやってくる。
今も中宮様の許へ呼び出されて来たが、常に女官の誰かが見ているような気がする。
「居心地が悪そうじゃな、兼、基之どの」
中宮様の声はいたずらっぽい。
「まあ、あきらめよ。噂に高い「桜花少将」と春宮坊きってのキレ者と評判の二人が見られるのじゃ。女子たちが騒ぐは当然と思え」
笑いながら女官に小さくうなずいた。
「さて、兼、そなたに許しをもらわねばならぬことがあってな・・本来ならばことは薫子に言わねばならぬのだが、近ごろあまり姿を見せぬゆえ・・」
この時まだ、兼はなぜあの場所に薫子がいたのか知ってはいない。
「薫子より預かり人があってな、そのお人を宮中にて召し使いたいのじゃ。知っていよう?日野中納言どのの息女のこと・・」
思いがけない名は、すっかり忘れていたひとのこと・・
「薄情者じゃな、そなた・・自分に心寄せる姫のことなぞ、思い出しもせなんだのか?」
「いや・・そう申されましても・・あれは、仕事の上でのことで・・」
「だそうじゃ・・いかがいたそうか?この薄情者」
廊下のほうに顔を向けて中宮さまは声をかけた。そこには女官らしき人が、頭を下げている。
「かまぬゆえ、言いたきことあらば言うてやれ、冬子どの」
かすかに、身動きして顔を上げた人は間違いなくあの日の姫であった。
「如月 兼さまとお伺いいたしました。お妹君・薫子さまのお力添えにて中宮さまのおそば近くにお仕えさせていただいておりまする。これ以上何を申し上げることなぞございましょう。ただ、ただ、ありがたく・・」
「職がたまたま、一つあいておってな。「勾当内侍」の役目、与えた。後で返せと言わぬようにせよ。よいな」
「勾当内侍」とは宮中に仕える身分ある地位である。大納言、中納言の息女に与えられる職務だと聞く。(現代でいうところの、キャリアウーマンです)
「今一人、瑠璃という娘のこと・・聞けばこれは難しい・・春宮さまがお引き受けになられたことで薫子に条件付きとなってしもうた。薫子、わらわの許へ寄越すつもりはあるか?」
それには、基之のほうが驚いた。あの薫子が宮中勤めをする?
「返事は急がぬが、薫子にとって一番よいことを考えてやることも兄の務めぞ・・」
以前から伝えられてはいたが、言いだしかねていた。はたして、あの薫子がおとなしやかに他の女官達に交じり生きてゆけるものかどうか。いかに中宮さまの後ろ盾があるといえど、あの性格では勤まるものか・・?
困った顔で基之を見てしまった。その基之は小さく首を横に振っている。
自分たちの命さえ危ないというのに、兼と基之は薫子の一生の問題まで背負い込むことになったのであった・・・
この作品に関しては、「壺」や「殿」を一切書かずに進めております。宮中描写はややこしいのです。省いてしまいました。




