決行前夜
都人はくちさがないものである。
どこかで、この騒ぎを面白がっていることが分かる。
先々帝の遺児が剥奪された地位を求めて、都へ戻って来たらしいと、
たちまちの内に噂となって洛中を駆け巡った。
「いやあ、きれいな皇子さんやったえ」
「お付きの女房さんのきれいやったこと」
等々・・・
そして、迎え入れられた宮中の奥深くで、そのまま留め置かれているとも聞かされると、今度は
「あの、「桜花少将」はんが黙ってはるわけがおへんえ・・」
「そうどっしゃろな。どないなことにならはるのんか、ちょっと、見ものやおへんか?」
という声が、巷に流れだした。
その宮中奥深く、宗也はひとり、野分や鬼龍、兼から離されてしまった。
決して、粗略な扱いではない。むしろ大切にされているだろう。
時折姿を見せる藤原基之と名乗った若者は、気にかけてくれるようすがわかるのだ。共にここへ入った瑠璃と冬子の様子も案ずることはないと告げる。
それは、鬼龍達も同じだった。
どうにも静かすぎる。何もなさすぎるのはかえって不気味なものである。
ここで鬼龍達があったのはやはり藤原基之である。
穏やかそうな若者は、どこかで会った気がしたが、それがお吟の館で会った顔であると気づいて、警戒はしている。どこか掴みどころがない。その名が示すように名門の出であろうが、あのとき自分を見返してきた眼は決して軟弱な貴族の貴公子ではなかった。
「気に食わぬな」
腕組みをしながら廊下に立つ野分の口から少しいらだったような言葉が漏れる。
「あの男、おとなしげな顔をしているが、結構したたかものだな」
「宮中に勤めるような奴だ、一筋縄ではゆかぬさ」
鬼龍の返しに兼は内心で
(そうそう、結構タヌキかもしれぬぞ・・)
とつぶやく。だいたい自分と付き合うような奴である。曲者に決まっている・・・それでも妙に合うものだから、腐れ縁というものかもしれない。
「宗也はどうしているかな?」
野分の不安はそこである。自分が巻き込んだと言ってもよいのだ。
子供のころからいつも一緒に生きてきて、離れたことなどない。
宗也はいつも穏やかな目で自分を見ていた。どんな時でも、野分の意志を尊重してくれて、今度のことも反対はしていない。それがどういうことになっても、宗也はじぶんを信じていることだろう・・・
もう、後戻りのできないところへ追い込んでしまってから、どれ程宗也の存在が大切なものであるかに気がついたと言ってもよい。
「あの、日野中納言という男は信がおけぬな。動くなら早いほうがいい」
鬼龍も野分も、まさかすでに日野中納言が裏切っているとは思っていないようだった。仲間たちも同じようにして少し離れたところに留め置かれているが、それは明らかに分断されているのだ。
後は、鬼龍と野分の決断次第である。それはすぐそこまで来ていたのだ・・




