第77話 ハンター、狩聖になる
「よっと……」
ボス討伐から二週間後。俺達討伐隊は全員無事に帰還し、ダンジョンの入り口が位置する大穴の底から這い出した。すると。
「「ワァァァァッ!!」」
「うおっ……!?」
割れんばかりの大歓声が俺達に降り注いだ。
東京駅前に空いた大穴の周辺には、それをぐるりと囲むようにバリケードが設置されている。
歓声の主は、バリケードの向こう側に集まった大群衆だ。ざっと数万人は居るだろう。
俺達が彼らに手を振ると、熱狂はさらにヒートアップ。バリケードが破壊されてしまいそうな勢いだ。
「こうして帰還を喜んでもらえるのは、嬉しいもんだな…… レイ。手伝ってくれるか? 彼らに成果を示したい」
「ええ、よろしくってよ」
俺は暗黒空間を発動させると、中からバランスボール程の巨大な宝石を二つ取り出した。
一つはインフェルノ・ラーヴァドラゴンの魔石。もう一つは炎獄のダンジョン核だ。
後者は、干上がったマグマの海の底ですぐ発見することができた。これであと数日もすれば、炎獄は崩壊するだろう。
俺は片方をレイに渡すと、二人でその巨大魔石を掲げた。
「「オォッ……!!」」
あまりのデカさに群衆がどよめく。
魔石は超高密度なエネルギー資源だ。この二つだけでも、日本は十年はエネルギーに困らないだろう。
ちなみに、鱗や牙などのボスドロップ品に関しては、話し合ってパーティーごとに分配した。
俺達はもちろん、インフェルノ・ラーヴァドラゴンの肉塊を頂いた。
他のパーティーの連中は、マジかよコイツといった顔をしていた。
まぁ、他のハンターにとってはただの美味い肉なので、当然の反応だろう。
鱗や牙からは強力な武具が造れるので、普通はそっちを選ぶ。
しかも俺達は、その場でBBQパーティーを開催し、討伐隊のみんなにボスの肉を振る舞った。
みんなは大喜びで参加してくれたが、一部のメンツからは気前が良すぎだとお説教を頂いてしまった。
だが俺にとっては、一欠片でも奴の肉を喰らうことこそが重要だった。
筆舌に尽くしがたいほど美味いボスの肉を食った瞬間、俺の中の狩人の大精霊は哄笑を上げた。こいつに憑かれて以来、一番の喜びようだったと思う。
同時に俺は、自身がインフェルノ・ラーヴァドラゴンのスキルを使用できるようになったことを直感した。
そう。あの強力無比な黒い炎のブレスや、マグマを操る権能だ。
後者に関しては、この地球のマントルにまで干渉できそうな手応えがある。
下手したら日本が沈没してしまうので、使用に際しては慎重に慎重を重ねる必要があるだろう。
「ウォォォォッ! レイ様ー!」
「レイ様、素敵ー!!」
「抱いてー!!」
気づくと、歓声の種類が変わっていた。
レイの方を見ると、群衆に流し目を送りながら投げキッスをしているところだった。
「ウフフ…… もちろん。女子は全員、わたくしのものにしてあげましてよ……!」
「はは、流石の人気だな……」
魔石を仕舞いながら乾いた笑い声を上げると、側に立つ『ヘイムファレンダ』にみんなが顔を見合わせた。
「えっと、レイちゃんは確かに大人気だけど、一番活躍したのは間違いなく師匠だと思うよ? だから自信を持って! 胸張って!」
「そうですよ。きちんとカリヤマさんを讃える声も聞こえてきます。ね、シロ?」
「ワフワフッ」
「ああ、大丈夫だ。ただただ感心してしまっただけさ。でも、ありがとな。ん……? あれは……」
群衆の方にまた変化が生じた。
バリケードの一部が開放され、スーツ姿の男性が護衛を引き連れてこちらに向かってくる。
彼、岩崎長官は俺達の前で立ち止まると、全員の顔を見回して微笑んだ。
「皆さん…… あの絶大な力を持つボス相手に、本当によく成し遂げて下さいました……! あなた方こそ真のハンター、真の英雄です!
そして、討伐作戦を立案し、隊を率いてくださったカリヤマさん。一名の死者も出さずのご帰還、本当に感謝に絶えません……!」
「いや、俺は隊長としては赤点だったでしょう…… みんなが優秀だったおかげです。その、長官も留任できて何よりです」
俺の言葉に、岩崎長官は苦笑を浮かべた。
「ははは、ありがとうございます。私は辞任する覚悟を決めていたのですが……
しかし、こうして長官の職を続けられることは望外の喜びです。
--トモミンさん。この機会はあなたが下さったものです。精一杯務めさせて頂きます」
「あ…… えっと、その…… ご、ごめんなさい……!」
長官に言われ、トモミンは俺の陰に隠れながら頭を下げた。
彼女のこの態度には理由がある。
ボス討伐直後、俺達は衝撃の事実を知ることになった。
視聴者曰く、炎獄発見の遅れや対応の致命的なミスが、岩崎長官ではなく、内閣首脳部によるものと発覚したのだ。
それにより、世論とマスコミは現内閣を厳しく追及し、支持率は急落。
与党内で総理の退陣論が噴出し、ついに総理が辞任する事態となった。
それと同時に、政府内外からの引き止めの声に、岩崎長官の留任も決定された。
ダンジョンに潜っていた俺達には、まさに青天の霹靂だった。
そしてこの騒動の原因は、炎獄上層でのトモミンの発言らしい。
長官を庇う素振りを見せた彼女に、トモ友が奔走。政府中枢にも遍在する彼らの手により、多数の証拠や証言が明るみになったのだとか。
その話を聞いたトモミンは、絶叫の後、頭を抱えてしまっていた。
彼女は数多くの二つ名を持つ有名配信者だが、『総理を辞職に追い込んだ女』という称号が追加されてしまった形だ。
「さて皆さん。お疲れの所を申し訳ございませんが、今から帰還式の会場へご案内させて頂きます。
そしてカリヤマさんには、事前発表の通り、とある称号を贈らせて頂く予定です。
私が推薦し、現内閣首脳部にも承認されました。受け取って下さいますね……?」
「--『狩聖』の件ですか……」
岩崎長官が、静かな目で俺に語りかける。
上級ハンターともなると、二つ名持ちが珍しくない。
レイ氏の『姫百合の騎士』や、ベンケイの『武蔵坊』なんかがそうだ。
これらは周囲が勝手に呼び始めたのが定着したものだが、この『狩聖』は違う。
政府が日本最強と認めたハンター、そのただ一人に与えられる称号なのだ。
この称号の初代は、岩崎長官の相棒だった伝説のハンターだ。
彼はまさしく英雄だった。世界凶変後の日本復興は、彼が居なければ数十年は遅れていただろう。
その彼が戦死して以来、この称号は空位だったので、俺が二代目ということになる。
正直、ただ魔物と戦いたいだけの俺には重すぎる称号なのだが……
俺は暫し長官と見つめ合った後、ようやく頷いた。
「他ならぬ岩崎長官の推薦です。謹んで、受け取らせて頂きます」
「そうですか……! ありがとうございます。彼も、きっと喜んでいることでしょう……
さぁこちらへ。式の準備はもうできております」
長官に促され、俺達は帰還式の会場へと向かった。
***
「ふぅー…… ただいまぁ」
帰還式などの諸々の用事を終え、俺達四人はようやく千葉の自宅に帰ることができた。
玄関をくぐり、よろよろと居間に辿り着くと、俺は倒れ込むようにちゃぶ台に突っ伏した。
しばらく留守にしていたせいで少し埃っぽいが、やはりここが一番落ち着く……
「うわーん、流石に疲れたよー……」
「ですね…… ああ、たった一ヶ月振りなのに、このちゃぶ台が懐かしいです」
「ワフーン……」
俺に続き、他の三人も崩れ落ちるように座り込む。
俺の両脇にトモミンとノルフィナがピッタリと寄り添い、背中ではシロが丸まっている。
--シロは前からこんな感じだが、両隣の二人は以前はここまで距離が近くなかった。
では、いつからこの距離感になったのかというと、ボス階層で俺がノルフィナに唇を奪われてからだ。
清楚で遠慮がちな印象だったノルフィナは、何か吹っ切れたように妖艶かつ大胆になり、トモミンもそれに対抗するようになったのだ。
いや、全くもって嫌ではなく、むしろ嬉しいのだが…… 正直、まだ戸惑いの方が大きい。
「あー…… その、炎獄討伐も片付いたし、今度こそようやく休暇が取れるな。もうすぐ春だし、またどこかに旅行でも行こうか?」
俺の言葉に、トモミンとノルフィナが顔を見合わせる。
「あー、それもいいけど…… その前に、ね……?」
「ええ、そうですね。トモミン」
「ふ、二人とも、どうしたんだ……?」
二人がさらに体を寄せてくる。
ノルフィナが熱っぽい視線で見つめてくるので、思わず視線を逸らすと、そらした先にはトモミンの顔があった。
「ねえ師匠。僕とノルフィナちゃんて、自分から師匠にキスしたけど…… 師匠からしてくれたことってないよね……?」
「え……」
トモミンの言葉にフリーズする俺に、反対側からノルフィナが囁きかける。
彼女の熱い吐息が耳にかかり、ぞくりとした感覚が体を貫く。
「もちろん人工呼吸の件は無しですよ……? 私たちは行動で気持ちを示してきました。
今度は、カリヤマさんから示して欲しいんです。私達への気持ちを……
あ、トモミンが先でいいですよ。私はその後で大丈夫です」
「あ……」
「え、いいの……!? じゃ、じゃあ…… ん……」
トモミンが目を瞑り、差し出すように俺に顔を向けてくる。
その頬は赤く染まり、体はかすかに震えている。
俺の視線は、彼女の桜色の唇に釘付けになった。
「う…… その、えっとだな……」
しかし俺は動けなかった。
恋愛経験ゼロの俺だが、ここまでしてもらったら流石に分かる。
二人は、友情、信頼、親愛…… その全てを包括するような強い気持ちを、俺に抱いてくれているんだ。
それ自体は飛び上がるほどに嬉しいし、応えたいと強く思う。
が、長年の逃げ癖はそう簡単には抜けないらしい。自ら動く勇気が持てない……!
くそっ、インフェルノ・ラーヴァドラゴンに単身特攻した奴が、なんでザマだ!
このままじゃ、二人に愛想を尽かされて--
ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……
「「……!」」
その時、俺の携帯が鳴った。
「す、すまん! 電話だ……!」
二人の視線から逃げるように、携帯に目を落とす。
すると相手は、つい先ほど別れた岩崎長官だった。
「はい、カリヤマです。長官、何かあったん--」
『突然申し訳ございません! カリヤマさん、緊急事態です! 米国のS級ダンジョン、コキュートスが暴走状態に入りました!』
「な……!? あのコキュートスがですか!?」
電話口から聞こえてきた長官の声に、俺は息を呑んだ。
コキュートスは、ロッキー山脈に位置する超巨大S級ダンジョンだ。
過去、化け物級のハンターが攻略を挑むも全て失敗。
確認された階層数は二百層を優に超えるが、いまだにボス階層は発見されていない。
あの炎獄ですら全二百層だった。つまり、コキュートスはそれ以上の人外魔境なのだ。
『はい、あのコキュートスです……! 先ほどその件で、米国から救援要請が入りました!
対応に際し、どうかカリヤマさん達のお力をお借りしたく…… 協議のため、今からダンジョン庁にお越し頂くことは可能でしょうか……!?』
「分かりました、すぐに向かいます!」
そう応えて電話を切ったところで、ジト目のトモミンと苦笑のノルフィナの視線に気づいた。
「あ…… す、すまない……! 大事な話の最中なのに、勝手にOKしてしまって…… 休暇もまだなのに…… だが、放っておくわけにも……」
だんだん小声になっていく俺を、二人はじっと見ていたが、少しして揃って吹き出した。
二人とも、しょうがないなぁと聞こえてきそうな笑みを浮かべている。
「全く、師匠って、ほんと師匠だよねぇ…… ほら、さっさと行って、ちゃっちゃと終わらせちゃおう!」
「うふふ、ですね。どこまでもお付き合い致しますよ、カリヤマさん」
「ワンワン!」
二人に続き、シロも元気に尻尾を振ってくれる。
こんな俺を、みんなが受け入れてくれている。そのことに目頭が熱くなる。
「みんな…… ありがとう!」
『クスクスクス……』
戦いの気配を感じたのか、俺の中の狩人の大精霊笑う。
ああ、分かってる。楽しみだよな。俺もそうだ。
攻略を阻む過酷な環境、まだ誰も足を踏み入れていない未知の階層、そして、ダンジョンの最奥で待ち受ける強敵……
こんなの、ワクワクしないわけがない。
「行こう、強い魔物を狩りに……!」
ひとまず、ここで完結とさせて頂います。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
ブクマや⭐︎で応援して頂けますと、次回作への大きな励みとなります。
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