第51話 ハンター、ドワーフの貴族に会う
出来れば急いで欲しいと言う騎士に、俺達は揃って頷いた。
一緒にカオスウルフと戦ったリースヒルド侯爵は戦友だ。彼女が困っているなら助けに行かないと。
俺は黒門を開くと、騎士を連れて領都ノルザルボルグに飛び、領主の城館へと向かった。
「失礼します! ご領主様! カリヤマ殿御一行をお連れしました!」
そして騎士の案内で執務室に入ると、中にいた侯爵は執務机から勢いよく立ち上がり、喜色満面で俺達を迎えてくれた。
「おぉ、出来した! ノルフィナ、カリヤマ殿、トモミン、そしてシロよ! よく来てくれた!」
「侯爵様。お召しにより、参上いたしました」
侯爵の声に、ノルフィナが恭しく頭を下げ、俺達もそれに続く。
問題が生じたという話だったが、侯爵ご本人は元気そうだ。相変わらずエルフ女性とは思えない覇気と筋肉量である。
侯爵に促されて俺達が応接用のソファに座ると、案内してくれた騎士は満足げな表情で退室した。
「時々里に帰省すると聞いていたので、一縷の望みを掛けて遣いをやったのだが…… 居てくれて本当によかった」
俺達に続き、侯爵もほっとした表情で対面のソファに座った。
なんの要件で呼び出されたのか非常に気になる所だが、それよりも……
俺達の視線は、侯爵と同じ側に居るもう一人の人物へと集中した。
その子は、まるで死んでしまったかのようにぐったりとソファに座り込んでいた。
とても愛くるしい顔つきをした女の子で、歳は多分十代前半。
長く太い銀髪の三つ編みが印象的で、耳はエルフより短いが尖っている。服装からしてかなり身分が高そうだ。
多分ドワーフだろう。以前この都市を訪ねた際に何人か目にしたことがある。
ノルザルヴォルグは大きな港町なので、エルフ以外の人種も結構住んでいるのだ。
さておき、まずはこの子のことだ。
笑えばとても可愛らしいのだろうけど、今はこの世の終わりのような表情で虚空を見つめてしまっている。
部屋に入ってきた俺達に気づいた様子もないし、一体どうしたんだろうか……?
「あの、侯爵様。何やら問題が生じたと伺いましたが……」
「うむ、そうなのだ。少々厄介な状況でな。おそらく、貴殿らなら解決できると思うのだが……」
侯爵の視線が、ぐったりと凹んでいるドワーフの少女へと向かう。どうやらこの子に関連した問題らしい。
「クゥーン……?」
「元気ないねぇ…… ねぇ君! 美味しいお菓子持ってきたんだけど、食べない?」
シロとトモミンが、結構フランクな感じでドワーフの少女にコミュニケーションを取ろうとする。俺はそれを慌てて手で制した。
「ちょっ、二人とも、待ってくれ……! あの、侯爵様。そちらのお方は……?」
「うむ。私の友人で、シルヴェイクという。ここより西、ドワーフが住むヴェルグ大陸の東端、伯爵領を治める領主だ」
「ワフン!?」
「は、伯爵様……!? し、失礼しましたー!」
シロとトモミンが、即座にへへー、と平伏する。あ、危なかった。
しかし領主ということは、シルヴェイク伯爵もそれなりの年齢なのだろう。
ノルフィナといい、この世界の人々は見た目で年齢が全く測れない……
「ははは、そう畏まらなくてもいい。彼女はあまり身分と言うものに頓着が無い。
おいシルヴェイク、喜べ。以前話した、あのカオスウルフを仕留めた強者達が来てくれたぞ」
リースヒルド侯爵に肩をゆすられ、シルヴェイク伯爵は億劫そうにこちらを見た。
「あん……? ああ、よろしくな。俺はシルヴェイク。見ての通りドワーフだ。
ただし、大間抜けのな…… はぁ…… 俺って奴はどうして…… これじゃあご先祖様に顔向け出来ねぇ……」
「シルヴェイク…… そろそろ立ち直ってくれ。これでは話もできんぞ……」
侯爵の声には、心配と呆れが半分ずつ含まれていた。
話をするには、まずはこのちょっとガラの悪い伯爵殿を元気づける必要があるらしい。あ。
「あの、侯爵様。今回、我々はいくつか献上の品をお持ちしたのです。先にそちらをお渡ししても良いでしょうか?
良ければ、伯爵様にも何点かお渡ししたく……」
俺は暗黒異空間の中からお土産の数々を取り出すと、目の前のローテーブルの上に積み上げた。
鎧兜や日本刀などの武具、漆やガラス細工の食器、酒類、お菓子など、里の方々に贈ったものより数段グレードの高いラインナップだ。
里でゆっくりした後は、元々侯爵の元を訪ねる予定だったのだ。この中のどれかが、伯爵殿にも引っ掛かればいいのだが……
「ほぅ、これはかたじけない。どれも見たことのない品ばかりだな……!」
「侯爵様! そちらの黄色い箱のお菓子は、是非ご賞味頂きたいです!」
ノルフィナが真っ先に侯爵へ勧めたのは、テーブルに載ったものの中では一番安価な東京ばな⚪︎だった。
彼女の中で、あのお菓子は値段以上に高い価値を持っているらしい。
「ーーおい、そいつは酒か?」
すると、ソファでぐったりしていた伯爵が身を起こし、テーブルの上の酒瓶を指差した。
山⚪︎25年。トモミンの伝手で数本だけ入手できた、高級国産ウィスキーである。
正直自分で飲みたいくらいだが、今回は我慢だ。
「あ、はい。私の故郷で作られた蒸留酒でして、他国からの評価も高い逸品です」
「ほーん…… だが人間の酒だろ? 俺らドワーフにはちと物足りんのだよなぁ……」
「まぁまぁ、シルヴェイク。それは飲んでみなければ分からんだろう。カリヤマ殿、頂いていいか?」
「はい、是非お試し下さい」
侯爵は棚からグラスを取ってくると、ボトルを開けて自分の分と伯爵の分を注いだ。
そして侯爵は期待に満ちた表情で、伯爵はつまらなそうにグラスを傾けた。
その瞬間、二人は驚愕に目を見開いた。特に伯爵の変化がすごい。
「こ、こいつは……!?」
丸まっていた伯爵の背筋が伸び、為政者としての威厳と威圧感を放ち始めた。
彼女は味わうようにゆっくりとグラスの中身を飲み干すと、満足げに息を吐いた。
その目は爛々と光を放ち、表情は驚きと喜びに満ちている。
「う、うめぇ…… おいおい! めちゃくちゃうめーじゃねぇか! おいリース! すげぇなこれ!」
「ああ! なんと強い酒精だ! そしてこのまろやかな口当たり、奥深い味わいの中にあるほのかな甘み……! 素晴らしい!」
「なっ!? なっ!? 俺んとこでも蒸留酒は試してるが、こんなに濃厚な奴はまだ作れねぇ!
そんでこの色と複雑な香りだ! 蒸留してんのになんでこんな色が残るんだ……!?
果物みてーな華やかさに、清涼感のある木の香りまでしやがる……! とにかくうめぇ!
おい! カリヤマとか言ったか!? こいつをあるだけ売ってくれ! 金ならいくらでも出すぞ!」
「え…… す、すみません。今回お持ちしたのはそれだけでして…… あの、それよりも何かお困りだと伺ったのですが……」
「あ…… あ、ああ。そうだな…… けど、商人に相談することでもねぇからなぁ……」
伯爵はソファに座り直すと、気まずそうな表情で頭をガシガシと掻いた。
そして流れるような動作でグラスに二杯目を注いだ。よほど気に入ってくれたようだ。
どうやら俺達は酒屋だと思われているらしい。侯爵に目をやると、彼女は苦笑いしながら肩をすくめた。
「シルヴェイク、彼は酒屋では無いぞ…… さっきも言ったが、カオスウルフを仕留めた勇士達だ。
そしてそこのノルフィナは、手練の水属性魔導士でもある。今の我々が求めてやまない人材だろう?」
「な、なんだと……!? 随分手練の商人だとは思ったが、道理で……!
よっしゃ! だったら一つ、話を聞いてもらおうじゃねぇか!」
伯爵は再び身を乗り出すと、ウィスキーのグラスを片手に語り始めた。




