最低の人間
「きみたち知り合い?カレはイヌカイくんか。で、きみの名前は?」
わざとらしい笑みを浮かべて、銀髪が楓に尋ねる。
「あの、この車ってあなたたちの車ですよね」
「そうだけど?」
「のんびり自己紹介なんかしてないで、はやく車をどかして下さい。下に人がいるんですよ」
楓の正論に、銀髪の顔から笑顔が剥がれ落ちた。
「おれに命令するんじゃねぇよメス豚。死にてぇのか?」
人に対して絶対に言ってはいけない言葉を銀髪が喚き散らした。
ひとしきり捲し立てると、銀髪は床に転がっていた缶コーヒーを拾い上げて一気に飲み干した。
「微糖かよ。脳みそに糖分がいかねぇとどうにもイラつくんだよな」
つきものが落ちたように落ち着いた口調で呟くと、銀髪は空き缶を投げ捨てておれに顔を寄せた。
「お前の彼女か?」
答えあぐねていると、背中に鋭い痛みが走った。背後の昌二がナイフでおれの背中を抉ったらしい。
「ち、違う。ただの知り合いだ」
「じゃあただの知り合いちゃん、スマホを捨ててこっちへおいで」
「言う事を聞きますから、店長さんを助けさせて下さい。ついでに犬養さんも」
スマホを投げ捨てた楓が銀髪に近づいてくる。
「約束するよ、知り合いちゃん。大丈夫だ。悪いようにはしねぇ」
銀髪がおれに向けてウィンクして見せた。こういう態度を取る奴が約束を守るとは到底思えない。
案の定、楓が車に駆け寄ると、昌二が楓の髪を掴んで腕を捩じりあげた。表情に乏しい奴だと思っていたが、楓の髪に鼻を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ様は酷く嬉しそうに見えた。
「じゃあ行こうかイヌカイくん。下手な真似したら女の腹を刺す。すっげぇ苦しいうえに、死ぬまでに結構時間がかかる場所だ。正直気の毒で見てらんねぇぞ」
「約束は守るから彼女を離してくれませんか?人質ならおれひとりで充分でしょう」
「かっけぇじゃん、イヌカイ。おれが女だったら処女を捧げちゃうかもな。だけど提案は却下だ。男なんか殺しても面白くねぇんだよ。豚みたいにぎゃぁぎゃぁ喚くだけで、みっともねぇったらありゃしねえ」
この男は本物のクズだ。だけどそのクズに、おれと楓、この店の店長は命を握られている。
「楓さん、ひとまずこの二人の言う事を聞きましょう」
昌二に体を拘束されているかえでが頷いた。おれは楓に頷き返すと、RV車の荷台にあるジェラルミンケースに手を掛けた。