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王女は城を追い出されました  作者: 三国司


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森の中(1)

 翌日の朝、アイラとルルはマドーラ公爵邸を出発した。


「じゃあまたな。マーカスとレジーナは勉強頑張れよ」


 アイラが手を振ると、二人も作り笑顔で応じて手を振った。マーカスやレジーナにとって自分たちが気を遣わなければならない相手というのはなかなかいないので、作り笑顔はぎこちないし、アイラに早くここから去ってほしそうだった。

 パッシェは特にそういう素振りは見せず、かといって名残惜しそうにもしていないが、アイラを見送りに外まで出てきていた。


「マドーラを出るまでは道案内も兼ねて馬車でお送りします。ただし途中で王都の騎士に見つかった場合はアイラ様に脅されたと説明します」

「いいぞ」


 軽く受け入れると、パッシェにも別れを言って、アイラとルルは馬車で出発した。馬に乗った護衛の騎士も四人つけてくれたが、公爵家の家紋の入った馬車を襲う輩はなかなかいないだろうし、王都の騎士と出くわした場合も戦うなとパッシェに命令されているので特に役には立たなさそうだ。

 そして出発した後は真っ直ぐザリオに向かうのではなく、まずはムスト村に寄ってアイラの馬たちを回収した。


「息子たちを止めてくれてありがとう」

「こんなこと言ったら不敬かもしれないけど、また遊びにきてちょうだいね」

 

 最後にアラドたちにも挨拶すると、アラドと妻のバーラはアイラの手を握ってそう言った。


「なんでそんなことで不敬になるんだ」


 アイラはおかしそうに笑って言い、玄関先まで出てきたベルトとフォンクにも別れを告げる。


「私はもう行くよ。またいつか会おう」

「ああ、気をつけて。何て言うか……世話になったな」

「それはお互い様だ。私も世話になった」


 ベルトが握手を求めてきたのでそれに返し、フォンクとも握手を交わした。


「待ってるぞ。お前が女王になるのを」

「待ってなくていいって」


 困ったように言って「じゃあな」と手を振る。そして彼らに見送られながら、母馬と子馬を連れ、村の外れの馬車道まで戻った。

 そして再び馬車に乗り込むと、アイラとルルはザリオに向かって発ったのだった。



「あの馬、全く命令を聞かないですね。訓練された馬ではないのですか?」


 道中、馬車の小窓を開けていると、馬に乗った護衛の騎士がアイラにそう声をかけてきた。どうやら言うことを聞かないアイラの馬に手こずっているようだ。おそらくもっと早いペースで進みたいのだろうが、サンダーとパトロスという名の母馬と子馬がちゃんと後をついて来ず、文字通り道草を食っているので困っているらしい。


「うちの馬の方が役に立ちますし、交換しますか? きっとご領主様も許可してくださいますよ」

「いや、しない。サンダーは速くは走れないしのんびりしてるけど、私を背中に乗せたり重い荷物を運んだりはしてくれるし、愛着があるから。パトロスは可愛いし」

「そうですか」


 騎士はちょっと驚いた顔をした後、ほほえましそうに言った。

 しかし馬たちが終始マイペースに進んだため、ザリオに着くまでは二週間――つまり予定の倍の日数がかかったのだった。

 食料は十分積んでいたし、途中でいくつかの村によって家に泊めてもらったりはしたものの、騎士たちは若干疲れた様子だ。元王女の護衛と、自由な馬の親子の引率という慣れない仕事で疲労が溜まったらしい。


「はぁ、やっと着いた。アイラ様、到着しましたよ」

 

 マドーラとザリオの領地の境で、騎士は馬車の中のアイラにそう声をかけてきた。この二週間でアイラと打ち解け、口調はいくらか気軽になっている。元王女に対する緊張感は良い意味でなくなっていた。

 そして王城という最高級の温室育ちのアイラの前途を心配してくれている。


「この森に入るともうザリオの領地ですので、我々がついて行けるのはここまでです。一本道で迷うことはないでしょうけど、気をつけてくださいね」


 馬車の外に出てきたアイラに、騎士の一人が子供に言い聞かせるように言う。


「気をつけるって、何に? 迷うことはないんだろ?」

「この道には盗賊なんかがよく出るんですよ。一本道がゆえに、旅人も、金や売り物を運ぶ商隊もみんなここを通りますから、待ち伏せしてるんです」

「へー」

「ザリオの騎士も見回りしてるようですが、広い森ですから監視は行き届いてないと思います。アイラ様は超人的な力をお持ちとはいえ、本当に気をつけてくださいよ」

「分かったー」


 全く危機感を感じていない声で返事をし、騎士たちと別れる。


「本当に危険なんですからね!」

「分かった分かった。じゃあな」

「案内ありがとうございました」


 アイラとルルは順番に言って、馬たちを連れ森へ入る。荷物は騎士たちが母馬に載せてくれた。


「髪の色は黒のままでいいですか?」

「いいんじゃないか。ありふれた色なら何でも」


 そんな会話をしながら森を歩く。夏の終わりの強い日差しは木々がほとんど遮ってくれて、森の中は涼しかった。


「この森を抜けるには二日かかるんだっけ?」

「アイラ様と馬たちのペースなら三日はかかるかもと騎士たちは言っていましたね」

「まぁ急ぐ旅でもないし食料も十分あるし、のんびり行こう」


 そうして時々他の通行人に追い抜かれながら、ゆっくり歩いて一時間が経った頃――前から一人の男が歩いてきた。

 その男は長身で、短い髪は僅かに水色が混ざったような白という珍しい色をしていて、着ているものは白い騎士服だ。そして襟元から左頬には炎のような刺青が入っている。


 その姿を視界に入れた瞬間、ルルは相手の正体に気づいてぐっと奥歯を噛んだが、逃げ出すことはしなかった。この一本道を逃げても絶対に相手に追いつかれると思ったからだ。

 一方のアイラは、こちらを真っ直ぐに見ながら前から歩いてくる男が誰だか気づき、少し驚いた顔をする。


「あれ? クインだ」


 ポルティカで一度会っているクイン・トールマンは、元々アイラの父親の近衛で、今はサチの護衛をしている騎士だ。


「お前こんなところで一人で何をやってるんだ?」


 きょろきょろと辺りを見回したが、他に王都の騎士がいる気配はない。クインはアイラを追う立場の人間だが、アイラは焦る様子もなく声をかける。

 するとアイラとルルの前までやって来たクインは、無表情のまま淡々と喜びの言葉を口にした。


「よかった、会えて。殿下はポルティカを出た後、一旦マドーラへ向かった後ザリオに来るのではと予想して、この街道を張っていたんです。暇だからずっと森を往復していました」

「王都に帰って仕事しろ」

「これも仕事の内ですから。ちなみにポルティカからザリオへ入る街道も、聖女様はまだ騎士たちに監視させていますよ。と言うか、ザリオに続くどのルートも多かれ少なかれ張られています。個人的に殿下が一番通る可能性が高いと思ったこのルートは、私一人で待ち伏せしていましたが」

「何でそんなにザリオを張ってるんだよ」


 腰に手を当ててアイラが言うと、クインはパッシェが予想していた通りのことを返してきた。


「ザリオ子爵は国で一番の魔法使いです。殿下は必ず頼るし、頼られると困ると聖女様は考えられたのでしょう」


 パッシェも『ザリオ子爵を頼られると厄介だから、私だったらザリオに入る数本の街道は全て見張る』と発言していたのだ。


「別に私はシビリルを頼ってきたんじゃない」


 そしてアイラもパッシェに言われた時と同様、プライドを見せて同じような言葉を返す。


「そうですか。ですが聖女様だけでなく、私も殿下とザリオ子爵の接触は阻止したかった。ザリオ子爵は殿下の外見を変える魔法も使えそうですからね。それをされると、さすがに私はもう殿下を見つけられなくなる。それに殿下のその人形のような外見を変えられるのは耐えられない」

「お前、仕事の内だって言ってたけど、ほとんど私情でここにいるんじゃないか」

「そうです」


 あっさりと認めて、クインは感情が読めない薄紫の瞳をアイラに向けていた。

 だがアイラは知っている。クインは全身に入った刺青や無表情だが整った顔立ち、背の高さから、一見怖くも見えるが、中身はただの人形好きなのだ。

 ただ、アイラという世界に一つしかない〝美しい動く人形〟への執着からは時折異常さも垣間見えるので、ルルは警戒していたし面倒くさい人物だと認識している。


「で、どうする? 私を捕まえるのか? お前じゃ私に勝てないぞ」


 言いながら、アイラはルルが腰に差していたナイフを手に取った。


「危ないですよ」


 ルルは子供が刃物を触った時の母親のようにアイラを叱るが、アイラはクインから視線を動かさず言う。

 このナイフをアイラの魔力でクインに向かって飛ばしても、クインの強化された肉体に弾き返されるだろう。クインを魔力で空高く浮かせ、そこから落として地面に激突させてもクインはぴんぴんしているはずだ。

 アイラの魔力で簡単にクインを倒すというのは難しい。だからクインは傷つけない。代わりにアイラはナイフを自分の顔に向けた。


「アイラ!」


 ルルは血相を変え、クインは大きく目を見開く。


「私を捕まえようとするなら顔に傷をつけるぞ」

「やめてください、そんなこと」


 ルルがナイフを握っているアイラの手を、さらに上から握って止める。だがルルが心配するまでもなく、アイラも本気ではなかった。膝を擦りむいたくらいで泣いている人間が自分の顔をナイフで切れるわけがない。

 ルルも実際にはやらないだろうとは思っていたものの、ナイフの切っ先がアイラに向いているのを見ると落ち着いてはいられなかった。


「おい、止めるな。本気で切るわけないだろ。はったりだ」

「もっと違うやり方にしてください。アイラがナイフを持っていると赤ん坊が刃物を触ったみたいにゾッとします」

「私を赤ん坊と一緒にするな」


 アイラとルルが目の前でそんなやり取りをしているのでクインにもはったりであると筒抜けだったが、クインもアイラにナイフを持たせないよう手を伸ばしながら言う。


「とにかくナイフはルルに返してください。言われずとも、私には殿下を捕まえることができないと分かっていますから」

「じゃあ何でここにいるんだ」


 ルルにナイフを取り上げられながら、アイラは片眉を上げてクインを見る。

 クインは美しい人形に睨まれることすら喜んでいる様子で答えた。


「先ほども言った通り、殿下とザリオ子爵の接触を阻止するためです。殿下の外見を変えられるのだけは絶対に嫌ですから」

「お前の気持ちは知らないけどさ、私も別にシビリルと会うつもりはないからそこの心配はいらないぞ」

「そうなのですか。……でも嘘かもしれませんし、監視のために私も殿下について行きます」

「まぁいいけど。じゃあ行こう」


 再び歩き出したアイラとそれについて行くクインを見て、ルルは思わずこう声をかけた。


「展開が早いのですが……そんな簡単に許可していいんですか?」

「だってクインが『ついて行く』って言ったらもうついて来るだろ? こいつから逃げるのは難しいし、倒すのも骨が折れる。私が自分の顔を犠牲にしたら簡単だけど、痛いのは嫌だしさ」

「もちろんそれは私も嫌ですが……」


 クインがついて来るのも嫌だと思っている様子で、ルルはクインを見る。しかしクインも意思を変えそうにない。アイラという動く人形を間近で見られることになり、無表情ながら瞳が心なしかわくわくしているのだ。王城にいる時もアイラを見るとクインはこんな目をしていた。

 ルルはため息をついて、アイラとクインの後に続いたのだった。

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