愛(2)
「お願いよー! うちに住んでよー!」
アイラにすがりつくカトリーヌを、ルルは思い切り不審者を見る目で見ながら言う。
「アイラ、この屋敷で匿ってもらうのは危険です。伯爵は王都の騎士からは守ってくれるかもしれませんが、代わりにアイラの貞操が狙われる気がします」
「そんな事ないわ! 私、両想いじゃないと手を出したりしない。無理矢理だとか、合意なしだとか、そういうのは大嫌いなの。愛がないわ」
「それでも心配です。あなたがアイラを狙っているなんて」
「言い方に品がないわ。想っていると言ってちょうだい」
「じゃあ狙ってないんですか?」
「狙ってるけど」
ルルとカトリーヌが言い合う中、アイラはのんびりとルルを制する。
「まぁいいじゃないか。カトリーヌは追っ手から匿ってくれるって言ってるんだし、しばらく泊めてもらおう。港があるこの街には確か、王都から派遣されてきた役人や騎士もたくさんいたはずだし、外をうろつくよりカトリーヌの屋敷に滞在した方が奴らと鉢合わせする機会は減るだろ」
「そうそう、そうよ。港には税関や出入国管理所、検疫所なんかもあるから、殿下の言う通り、私の部下だけでなく王都の騎士たちもいる。彼らは殿下のことを捜しに来ているわけではないけど、殿下のことを見かければ捕まえようとするだろうし、仲間に報告するでしょう。だからやっぱり私の屋敷にいた方が安心ね!」
するとルルは眉根を寄せてアイラに尋ねてくる。
「アイラは怖くないんですか? あるいは気持ちが悪いと思わないんですか? 自分よりずっと年上の女性から『愛している』なんて言われたというのに」
「気持ち悪いって何よ」
カトリーヌがムッとして口を挟む。
アイラはきょとんとして答えた。
「別に気持ち悪くはない。カトリーヌの想いを受け入れることはできないが、勝手に想ってるだけなら構わない」
「さすが殿下!」
カトリーヌは嬉しそうに続ける。
「私は分かっていたわ。殿下は生まれながらの王族だもの。好意であれ敵意であれ、他人から勝手な想いを向けられることには慣れているのよ」
カトリーヌはふふんと笑ってルルに言った。そしてこう続ける。
「ルル、美しい奴隷であったあなたにも、私は好意を抱いていたわ。今もそうよ。だけどあなたは殿下を巡っての恋のライバルでもある。だから嫉妬もしてしまうのよ」
「そうですか」
ルルはどうでもよさそうに返す。
アイラもカトリーヌの愛だ何だという話はどうでもよかったので、自分の馬のことを尋ねた。
「ところで私の馬と子馬は? 街に入る前にここの騎士に預けたんだが」
「馬? 馬って……馬よね? 殿下が馬のことを気にかけるなんて」
「結構愛着があるんだ。のんびりしててとても軍馬にはなれそうもないけど、可愛い奴らだから」
「まぁ! 殿下からの愛を貰えるなんて嫉妬しちゃう! でもその二頭はちゃんとうちの屋敷で預かるようにするわ」
カトリーヌはそう言うと、部下の騎士にアイラの馬たちをここに連れてくるよう言いつけた。馬に嫉妬しても、ちゃんと分別を持って丁寧に扱ってくれるようだ。
『愛』を大事にしているカトリーヌは感情的な女性なのかもしれないが、理性的な部分ももちろん持っているのだろう。そうでなければこの大きな港街を治める領主など務まらない。
「カトリーヌは自分で商売もしていたよな?」
「ええ、いくつか会社も持っているわ」
カトリーヌが頷くと、アイラはこう頼んだ。
「じゃあ、行き場をなくした元奴隷たちを雇ってくれないか? この国には今、仕事を求めている元奴隷がたくさんいるんだ。私もここに来る時に二十人ほど連れて来た」
「なんだ、やっぱり私を頼って来てくれたんじゃない!」
そこで一度喜んでからカトリーヌは続ける。
「もちろん職や住処を失った元奴隷が多くいることは知っているわ。聖女様はお優しいようだけれど、あまり後先考えて行動していないようね。アーサー陛下も為政者としては誠実過ぎるし、経験も足りない。少し頼りないわね」
そこで肩をすくめてから、カトリーヌは言う。
「実は私も元奴隷たちをまとめて雇おうと考えていたのよ。彼らは寝泊まりする家もないから、宿舎を作って、最初はそこに住まわせながら働いてもらおうと思ってるの。この街にはすでに仕事はたくさんあるけど、何なら新しい事業を興してもいいし……」
「よかった。お前なら元奴隷たちを雇ってくれると思ってた。浮浪者になられると困るからって、追い出す町もあるから」
「私は彼らを追い出したりしないわ。これはビジネスチャンスでもあると思うのよね。上手くやればこの街はさらに栄える。元奴隷は貴重な働き手だもの。宿舎を作ったりして初期費用はかかるけど、事業が軌道に乗れば十分回収できる。元奴隷に仕事を与えたということで私の評判も良くなるし、この街にはどんどん労働力が集まって来る。貨物輸送のための港湾道路も新しく作りたいし……いいえ、いっそ以前から計画していた運河を時期を早めて作っちゃおうかしら?」
算段をつけながら、カトリーヌは口角を上げて笑った。
そしてアイラにこう言う。
「少し煮詰めて、元奴隷たちを雇うためにすぐに実行に移すわ」
「頼む」
「『頼む』だなんて! 嬉しい!」
「うるさい」
カトリーヌが少女のようにはしゃぎ、アイラが眉をひそめたところで、この迎賓室の扉がノックされた。
「楽しいところだったのに、なぁに?」
カトリーヌの許しを得ると、初老の執事が扉を開けて来客を告げる。
「失礼致します。カトリーヌ様、お客様がお見えです。ファザド・サザビー様です」
「ファザド・サザビーですって? そう言えばそろそろ彼が来る季節だったわね。いつ着いたの?」
「今朝こちらに着いたと」
「今日は会う約束はしていないけれど……」
「ええ。『挨拶をしたらすぐに帰る』とおっしゃっています」
「分かったわ。下の迎賓室に通して。すぐに行く」
「かしこまりました」
執事が去って行くと、アイラはカトリーヌに尋ねた。
「誰が来たんだ? この国の人間の名前じゃないみたいだけど」
「ええ。異国の人間よ。マーディルという国を知っているかしら? 海を超えて、この国よりずっと南にある陽気な国よ。そこから紅茶を買っているんだけど――」
「ああ、紅茶。知ってるぞ。王城で何度か飲んだことがある」
「きっと私が贈った物ね。ファザド・サザビーは私が紅茶を輸入する時に取引している相手の一人で、マーディルの王子でもあるの。ええと、確か、十三番目の王子だったわね」
「十三?」
そんなに王子がいるのかとアイラが驚くと、カトリーヌは説明を付け加えた。
「マーディルは一夫多妻が許されているのよ。王族やお金持ちの男性は、妻を何人も娶るの。いいわよねぇ。夢だわ。私も、お金は私がたくさん稼ぐから、夫や妻がたくさん欲しいわ。自分の愛する人たちに囲まれて生活するなんて幸せ」
「お前の夢は知らないけど」
「分かった、話を戻すわ。ファザド・サザビーはマーディルの十三番目の王子であり、紅茶を扱う大きな会社の重役でもある。お兄さんの会社を手伝っているのよ。今回も紅茶を持って来てくれたのね。定期的に輸入しているから」
カトリーヌは濃い金色の髪を耳にかけながら、話を続ける。
「彼は年に一度くらいの頻度でポルティカに来るけど、毎回私に会いに来るのよ。まぁ商談もあるし、私が呼ぶ時もあるんだけど、基本的に友好的で人懐っこい人なのよ。色気があって良い男だしね」
「お前はそいつのことも好きなのか?」
カトリーヌがそのファザドを好意的に見ているように思えた。
けれどカトリーヌはアイラの疑問を否定する。
「いいえ、嫌いではないけれど、特別愛してはいないわ。外見は良いし、愛想もいいけれど……惹かれないのよね。でもそれはたぶん、彼が私と似ているからだと思っているのよ。ほら、人は自分とは違う部分を持っている相手を好きになる、って言うじゃない?」
「お前と似ているって、どこが?」
「ファザドは一途なタイプではないと予想してるの。綺麗な女性を見れば声をかけているし、実は私もアプローチされたのよ。断ったけど」
「そいつはただ気が多いだけじゃないのか?」
「さぁ、そうかもしれないわね。ちょっと軟派な感じもするし。だけどね殿下、私は色んな相手にアプローチしても、浮気性なわけではないのよ! アプローチする相手の全員を、全力で愛しているもの!」
「分かった分かった」
アイラは適当に相槌を打ち、力説するカトリーヌをファザドの待つ迎賓室へと向かわせたのだった。
そして十五分後。アイラがそのまま部屋で待っていると、窓の近くに立っていたルルが、外を見下ろして言う。
「おや、本当に挨拶だけして帰るようです」
「ファザドか?」
「ええ」
ここは三階だが、窓から玄関が見下ろせるようだ。
異国の人間のことが何となく気になって、アイラもソファーから立ち上がって窓の外を覗いた。
ファザドは執事に見送られながら玄関を出て、馬車に乗り込もうとしているところだった。
「日に焼けた肌だけど、生まれた時からああなんだよな?」
「そうでしょうね」
「綺麗な色だ」
白い肌を持つアイラは、褐色の肌を持つファザドを見てそう呟いた。
ファザドはカトリーヌの言うように良い男だった。歳は二十代前半だろうか。黒い髪はルルと同じか少し短いくらいの長さで、緩いくせがある。
顔立ちは端正で深い蒼の瞳が美しい。体格にも恵まれていて、身長もルルと同じくらい。異国情緒のある色気のある青年だ。
服はこちらの国のものに合わせているらしく、きちっとした黒の上着とズボン、ブーツを身につけていた。ただ、中に着ているシャツと首元のスカーフは少々派手で、スカーフには異国風の模様が描かれている。
と、アイラとルルの視線に気づいたのか、ファザドは馬車に乗り込む前にふとこちらを見上げた。
そして三階の窓からアイラたちが見ていることに気づくと、ファザドはじっとアイラを見つめた後、フッと笑って片目をつぶる。
そして馬車に乗って帰って行ったのだった。
「ん? 何だ? 最後、何した?」
「アイラにウインクしたんですよ。殺しましょう」
「物騒だな」
ルルはすでにファザドが嫌いになったようだが、アイラは異国の美丈夫にウインクされようとも、彼に対して、特に何の感情も抱かなかったのだった。




