15. 理由 ※ フォリム視点
人の隙間を滑るように歩きながら、フォリムは複雑な思いを噛み締めていた。
マリュアンゼは自分を打ち倒す事を夢見る、馬鹿な考えを持った珍獣だ。興味を持つのも当然だ、と思う……猛禽類のような鋭い眼差し。
けれど、あの中には剣のような閃きでは無く、星のような煌めきが宿っていると、マリュアンゼと打ち合っているうちに気が付いた。
────フォリムが今まで出会ってきたどの令嬢とも違うもの。
けれど綺麗だと思ったあの瞳はフォリムに好意を抱いていないと知り、複雑な思いが胸に滲んだ。
フォリムは誰からの好意にも応えるつもりは無い。
だからそれはとても都合の良い事の筈なのに。
(楽しいだなんて口にしたのはいつ振りだろう……)
毎日通う女を面倒臭く思わず、剣の指導とは言え相手をしている自分自身にも信じられない。
そして今日、彼女の新たな一面を見た。
マリュアンゼが婚約破棄をされたのは、元婚約者のジェラシルを剣術大会で打ち負かしたから。その行動の突飛さや、雄々しい姿勢から、彼女は強い女性なのだと思っていた。
けれど今日のマリュアンゼは静かだった。
社交界で人目を欺く為のそれだけでなく、期待を無くした自失の眼差し。……それを見てフォリムの胸は軋んだ。
何かに追い詰められるように会場の隅に留まり、元婚約者とその恋人に好き勝手を言われては、それを当然のように受け止めていた。
淑女ならば微笑んで躱すだろうけれど、マリュアンゼなら言い返すと思っていた。黙って受け流す姿に苛立ちさえ覚えて、気付けば、まだジェラシルが好きなのかと口にしていて。
そして心外そうに否定するマリュアンゼに酷く安堵する自分がいた。
マリュアンゼが見せる色々な表情が楽しくて仕方がないのと同時に、もどかしい気持ちが胸で疼くのは何故なのか。
そしてまだ、まだと手放す事を先に延ばしている。
彼女も自分を嫌悪していない、と思っている。
けれどいつまでこんな関係でいるつもりでいるのか。と、この間何気なく聞いてみたが、どうやらそんな事を考えているのは自分だけだったようで……これにも苛立ったのを覚えている。
誰かとの未来を考えるのなんて、初めてだったのに……
社交を面倒に思うフォリムだったが、王族主催の催しには出席を余儀なくされてきた。
今まで当然のように指示だけで済ませてきた準備。それが今回は衣装を店任せにせず、自ら足を運んだので店長も取り乱していて……
それを見て改めて今の自分が熱に浮かされた状態なのだと目の当たりにした。日々が楽しい、と思っている事も。
人を好きになる気持ちなんて信じられないのに……それはずっと昔にどこかに忘れて来たようなもので、どうにもその辺の感情には不信感しか覚えていないのだけれど。
長年妹としか思えない幼馴染に重たい愛を捧げられてきたせいだろうか。
それがマリュアンゼに対しては掴めそうな何かがあるようで……
そこまで考えて首を振り、迷い込みそうになった思考を一旦止める。
……今はともかく母である王太后がマリュアンゼを気に入ってくれた。それだけで良かったのだ。
少なくとも直ぐに婚約を破棄しなければらならない理由は今のところは無い。
(問題があるとしたら……)
思い当たる事にフォリムは再び首を横に振り否定した。
応援すると言った口で、しかもどんな都合があると言うのか。
用意された飲み物を適当に見繕い、マリュアンゼの待つテラスへと踵を返す。
けれどそこで目に飛び込んで来たものに、フォリムは瞠目し立ち竦んだ。