14. 理由
「信じられないわ」
けれど、感傷に浸る事は許されないと言わんばかりに鋭い声がその場に響く。声の方へと視線を向ければ、そこには、こちらこそ信じられない人物が仁王立ちで立っており、マリュアンゼは内心で瞠目する。
「一体どうやって取り入ったの? 公爵家だなんて。フォンズ伯爵家にすら相手にされなかったくせに」
腕を組み、マリュアンゼを睨みつけるのはリランダだ。
「……リランダ様、何か?」
けれどマリュアンゼの静かな返答にリランダは眉根を寄せる。大方マリュアンゼがもっと動揺するかと思ったのだろう。……確かに驚いているが。
騎士団長で王族でもあるフォリムが命じた退場を覆してここにいるには理由があるだろう。ここで騒ぎ立ててはこちらの品位が疑われるだけだ。
「ふん、不思議そうにしているから教えてあげるわ。伯父様が執り成して下さったのよ」
するとリランダは何かを察したのか勘違いしたのか、勝ち誇った様子で説明を始めてくれた。……成る程。
リランダの伯父とは現宰相であるウェンジス侯爵の事だ。
城内にいくつかある派閥の一つで、確かフォリムとは仲が良くないと聞いている。
となると、国王であるアルダーノ辺りに阿ったのだろうか。宰相の姪が王家主催の舞踏会から追い出されたなどと体裁が悪いから。
とは言えジェラシルは見えないので、そこまでの面倒は見なかったようだが。
「あなたなんかが将来の公爵夫人だなんて、とても認められないわ」
仕切り直したらしいリランダは組んだ腕の上で指をとんとんと叩き、苦々しそうに口にする。
その様子にマリュアンゼは脱力しそうになる。
先程はジェラシルの隣で幸せそうにしていたくせに、マリュアンゼがフォリムにエスコートされただけで許せないとは何が不満なのか。
「不敬ですわよ、リランダ様。公爵家へのご意見のおつもりかしら?」
一貴族が? という言葉を首を傾げて表現してみる。
「はあ? 何でそうなるのよ! 私はあなたに身の程を知れと助言してあげてるだけじゃない」
……一応マリュアンゼは伯爵令嬢で、リランダよりも高い爵位の家ではあるのだが。リランダがマリュアンゼを侮っているのは、ウェンジス侯爵の威光が自分を守っているからだとでも思っているのだろうか。
(侯爵閣下も再入場を頼んだのなら、放置せずに手綱を握っていて欲しいものね)
「あなたの助言なんて必要ありませんわ。婚約者がいる相手との距離感も保てない方ではありませんか」
マリュアンゼの言葉にリランダは胸を反らす。
「仕方が無いでしょう? 私の方が男性の好みなのだから」
それは理由にならないが、彼女にとっては『だからこそ』なのだろう。
「リランダ様のお話を聞いていると、婚姻相手は個人の主観によるものが優先されているように聞こえます。私たちは貴族の本分を重んじ、家の為に婚姻を結ぶのでしょう」
「それをあなたが言うの!?」
ギッと睨みつける眼差しにマリュアンゼはハッと息を飲んだ。
「一体あなたが公爵家にどんな利を齎すのやら、是非お聞きしたいですわ。そもそもそんなの今だけなんだからっ」
……しまった。
ぶつぶつ話すリランダから扇で顔を隠し目を逸らす。
でも藪をつついたのは自分か。
確かにマリュアンゼがフォリムに与えられる利なんてないけれど……
何だか面倒臭くなってくる。
マリュアンゼは最初から仮初の婚約者でなので、フォリムの利点は「女避け」だけ。長的な見通しも無く、先程言われた通りフォリムからの寵愛も、勿論無い。
(……今後はこう言う場合の建前も用意しておかないと駄目ね……)
取り敢えずそう対策立てをするものの、目の前の対策に思い悩む。
怒りに燃えるリランダの瞳をやり過ごせば、その後ろではこのやりとりに興味深そうにしている者たちがチラホラ見え、マリュアンゼは内心で唸った。
その中に混ざる射るような眼差しを見るに、リランダの意見に同調している者もいるのだろう。
「勿論王家に忠実な人だからだよ」
けれど突然聞こえた穏やかな声音に、その場の誰もが息を飲み固まった。




