13. 壁
マリュアンゼはフォリムとテラスに連れ立った。
「綺麗に花を咲かせたな」
そう言って笑うフォリムにマリュアンゼの表情は嬉しさに緩む。
「あなたは運動神経が良いから、踊るのも楽しい」
「私も楽しかったです」
思わず素直な思いが口から溢れる。
フォリムは、ははと歯を見せた。
「珍しい。負けを認める発言か?」
「ち、違います! 今のは……」
負けと言われてつい声が大きくなる。
「別に気にしていない」
言い方はそっけないが、表情は穏やかだ。
その横顔をじっと見つめる。
「どうして…」
口にしたものの、先を話すのが憚られるようで、口を噤む。
ちらと視線を向ければフォリムは続きを促すように深緑の瞳を瞬かせてみせた。
「その、私を婚約者に?」
ぽつりと疑問を音にする。
床に落とすように俯けば、声は酷くか細く聞こえた。
「そうだな……今は……あなたが気に入っているから、という科白でもいいんじゃないか?」
ふっと息を漏らし笑うフォリムにマリュアンゼは思わず顔を上げる。
「だが……私はきっと、あなたを好きにはなれない」
けれど続くフォリムの言葉にマリュアンゼはぴくりと反応し動けなくなる。
「あなただけじゃない。私は誰も好きになる事は無いんだ。すまないな……」
本当に申し訳無さそうに口にするフォリムにマリュアンゼは急いで口を開いた。
「いいんです! 私はフォリム様に稽古を付けてもらえて、とても幸運だと思っています、から……それで、それだけで! ……大丈夫です……」
どうしてか胸が軋む気がする。
久しぶりに思い切りダンスをしたので、息切れでもしたのだろうか。
マリュアンゼの科白にフォリムは苦笑を返した。
「だから私はあなたを婚約者にしてしまったのだと思う。私の好意を期待せず、私に好意を向けない。
……こんな話をして悪いな。飲み物は私が取ってこよう、少し待っていろ」
「え? それなら私が……あっ」
急いで口にすれば、フォリムは不思議そうに首を傾げた。
「なんだか今日は随分素直な反応をするんだな。そう言えば剣を振り回す以外のあなたは初めて見るけれど、それがあなたの素なのか? ……まあ直ぐ戻るから、少し待ってろ」
そう言って顔を背けるフォリムに今まで楽しいと感じていた時間が霧散していくように感じる。
もう気にしないとついさっき思ったばかりなのに、一人で待つ、あの夜会の時間が頭を過ぎた。
「……はい」
けれど、弱音は吐いてはいけないのだ。
出来る限りの淑女を演じて微笑んで見せる。
その様子にフォリムは目を細め、マリュアンゼの頬に手を当てた。
「悪いな、少しだけだ。直ぐ戻る」
ぱちくりと目を瞬かせるマリュアンゼにフォリムはふっと笑いかけ、人混みに紛れて去って行った。
(???……何いまの……?)
フォリムがあんな風に笑うなんて初めて見た。それに……
ただ置いて行かれたのとは違う。たったあれだけの気遣いで、フォリムを待っていようと、そんな勇気を一つ握らされた。
マリュアンゼは不思議と温かくなった胸元で両手を重ね合わせ、そっと瞳を伏せた。