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2.前夜

「ノムーラはん、エラいことになりましたな」

「どないしよ、モルーカスはん。玉砕必至やでぇ」

ト酒屋の二階に宿をとってもらった二人はあらためて途方に暮れた。


「おいト書き。存亡の危機や。おまえも智慧ださんかい」

「え? あ。わたしですか。私はト書きですから、物語への関与は」

「なに言うてんね! わてらヤられたら、おまえもパーやでェ」

「ええ~ そんな。脅迫するんですか」

「なにヌルいこと言うてんね。わてらあってのト書きや。忘れなや!」

「ひえええ。そんならラグビーのみなさんに援軍たのんだらどうです」

「いまWCやってるな。エラい迫力や。尋常な人間のパワーちゃうからな」

「みな一騎当千の強者つわものや」

「けど援軍たのめるんか。知り合いもおらんのに」

「だれぞ株やってるの、おりまへんかな」

「おるかいな、そんなモン。健全なラガーマンやでェ」

「巨人の槇原、現役んときから株やってまんがな」

「ああいうのといっしょにしたらアカン。ほかにないか?」

「そうですね。あ。人海戦術はどうでしょう。樹海から人呼んで」

「あんな死に損ないども、役に立たんわ。わてらといっしょや」

「ですから数で圧倒するんです。2倍3倍の戦力ならあるいは優位に」

「う~ん。けど、死に損ないやからいうて死に物狂いで戦うかいな」

「みな尻込みして逃げまっせ。モチベないとあきまへんわ」

「ノムーラさんが憎悪を一身に受けたらどうでしょう」

「あ。なるほど。ノムーラ憎しで、みな奮起するかもしれまへんな」

「わてが敵方にくみしてるて偽装すりゃええんやな。あと、神主な」

「あの三倍身のお札! それに妖怪や化け物の降臨も期待できま」

ト酒屋の二階で相談がまとまりまして、翌朝早く、かのサー・マルティに注進に及ぶ。


「空売りカマしまくって樹海に大量に追い込みまっさかいな」

「父のように身を持ち崩す者が増えるのか。気がすすまんな」

「勝利したら戦利品分けてやって、また市場へ戻したらよろし」

「うん。そうだな。ではたのんだぞ」

ト言うが早いか、きのうの橋のたもとに小さなほこらがあって、風がひゅうううと吹いてくる。さわやかな朝の風に陰の気が走り、あらまと言う間もあらばこそ、ノムーラ&モルーカスはもろとも風に巻き上げられ、ほこらに吸い込まれた。


「わわわわわわ」

「ぎゃああああああ」


ぴゅるるる~ ポン! どた! でん!


「どこや、ここ。あれ、ここは!」

「ここ、いつもの板や。わてら、ここのほこらから飛び出てきたんや」

「いつもながら便利なほこらやな。さて。売るか」

ト、寄りから一気に値を持ち上げて、売るわ売るわ、ロボもAIも動員して売りまくり、売りサインに引き寄せられて他の空売り外資の連中も売りまくって値はあわやストップ安の水準に。株板にホルダーの阿鼻叫喚がこだまし、その惨状たるや、もはやト書き風情の筆力ではとうてい及びません。


 「くっそおおおお。またクソ売り機関だ」

 「もうだめだ。無念」

 「自業自得とはいえ、恨むぞ! ノムーラ!」

 「ノムーラだけは許さん! 化けて呪ってやる!」

 「おい、バスが来るぜ。行こうか」


ト口々に罵りながら、敗残投資家の一行は樹海行きのバスに乗り込む。乗車希望者が上場4千社のそれぞれからどっと押しよせたので、立ち席まで出る始末になった。急きょレンタバスが動員され、それでも追いつかない。樹海セットのリュックも間に合わず、頭陀袋で間に合わせたりした。添乗員の坂部さんもてんてこまいでずっとバスに乗り続けたが、とうとう音を上げ、音声案内ロボが代役を務めた。


こんにちは~ ボクはお助け添乗ロボットのテンちゃんだよ~ これからみんなを樹海へ連れていくんだ。よろしくね~

みんな、たいへんだったね。人生、放り出してラクになろうね。もう悩んだり、悲しんだり、怒ったりしなくていいんだ。よかったね~

リュックが足りなくなっちゃったんで、頭陀袋なんだけど、中身は同じだから安心してね。地図とロープ、簡易踏み台が入ってるよ。いつものようにサンドイッチと助六は用意してあるからね~ 樹海に入ったらタバコはダメだよ。大人ならわかるよね。バスを降りたら自由行動だよ。なにか聞きたいことがあったら、ボクがお相手するからね。


 「なんだよ、このロボ。調子くるっちまうぜ」

 「帰ろうか。バカバカしくなってきた」

 「姿くらまして、ゼロからやり直そうかな」


聞こえちゃってるよ~ ボクの音声認識はすごいからね。

わかるよ。認めたくないんだね。人生やり直しが効くって思いたいんだ。はっきり言うよ。終わったんだ。キミたちはやり直しできないのさ。同じ失敗をこれまで何回も繰り返して、その結果がこのバスなのさ。それを自覚できてないのだから、やり直しは意味がない。キミたちは生まれ変わるしかないのさ。


 「ぐう」

 「くそ。口惜しいけどそのとおりだ」

 「むぐぐぐ。これというのもクソ機関、くそノムーラのせいだ」


ほら、すぐ人のせいにしてる。自分がみーんな悪いのに。でもね、たしかにノムーラは極悪非道の人非人だよ。だれかを恨んで気がラクになるのなら、ノムーラだね。だれが見たってノムーラが一番の悪者さ。


 「くそノムーラめ!」

 「恨むぞ。化けて出てやる!」

 「思い知れ! 外道ノムーラ!」

 「祟ってやるぞ! クソ機関」


ト怨嗟の声を満載して樹海行きのバスの列は高速道路から山間の道をたどり、やがて鬱蒼と茂る深い緑のなかへと入って行くのだった。一方、こちら、株板では奮闘するノムーラ&モルーカスのところへ例の神主が訪ねてきた。


 「こんにちハ。えらい御精がでますな」

「あ、神主はん。ごくろはんだす」

「お。来たな。でけたか、お札千枚」

 「ウチだけでは足りんから、近在の神社から譲ってもらいましたわ」

「え。あんたんとこのお札やないとげんがちゃうやろ」

 「わてとこであらためて祝詞のりと上げさせてもらいましたがな」

「ほ。なら安心や。霊験れいげんあらたか三倍体やからな」

 「ほな、これ。請求書。どうぞ、よろしゅうに」

「あ、待ちいな。ちょうどいま、臨時バスそこから出るんや。行こか」

 「へ? なんだす? わて、帰らんとあきまへんねん」

「なに言うてんね。あんたも存亡の危機なんやでェ。ええから来い!」

 「わ。あれええええええ」

ト神主は引っぱり引きずられ、草履でずずずと抵抗すれど及ばず、バスに引っ張り込まれてしまった。といっても座席のほうではなく、みなが乗車口に殺到するスキに横のトランクをこそっとあけて三人がもぐり込んだ。


「ノムーラはん、なんでトランクなんかに、わてら」

「情報によるとノムーラ憎悪Maxなんやて。見つかったらヤバい」

「あんさんだけやん、ヤバいの。けど、作戦うまくいってまんな」

「樹海着いたら、みな引き連れて風穴まで突っ走るでェ」

「わて、神主はんと後からゆるりと追っかけますわ」

「なに言うてんね。いっしょに走るんや」

「けどなんでまた樹海経由なんでっか。ほこらから行けんのかいな」

「エエやん。帰りがラクなほうが」

「え。まあ。へえ、そうでんな。ブツブツ・・・・・」

ト暗闇でゴトゴトガタンガタンと揺れているうち、バスはゆるやかに弧を描いて走り、早くも樹海の駐車場に着いた。乗客が次々と降りて頭陀袋の樹海セットを受け取り、さてどちらへ行こうかと深い緑を見廻していると、ふとバスの横腹のトランクが開いた。ばたばたと出て来た三人に意外とだれも気づかない。頭陀袋を配っていた添乗ロボットのテンが打ち合わせどおり、音量を上げて言い放つ。


あ。あれはノムーラだよ! みんなをこんな目に遭わせた張本人があそこにいるよ! 死ぬ前に一矢報いたいなら今だ!


 「ほんとだ。このヤロー! 覚悟しやがれ!」

 「いまこそ天誅だ! つかまえろ!」

ト乗客は一斉にノムーラ一行めがけて殺到する。ノムーラたち三人はすたこら駆け出し、目指すは風穴である。駆けに駆けて、駆けながらそこらで死に損なっている連中にも声をかけたので、風穴が見えるころにはその数は数百人になった。そこへ風が吹いた。


ぶおおおおおお~ ひゅううううううう~

 「わあ。吸い込まれる~」

 「地獄の風かあああ~ わああああ」

ト人々はノムーラ一行に続いて穴の中へ。


ドサ! バサ! ドッスーン! ぎゃ ぐぬ わお


「よく来た。さあ力を合わせてノムーラ&ドラゴン連合を撃破するのだ」

ト女騎士サー・マルティは皆を迎え、さっそく指揮官数名に引き渡して特訓を命じた。


 「え、特訓? 戦い? なにそれ?」

 「どこなんだ。ここは。樹海じゃねえのか」

 「だれだ、こいつら。甲冑なんか着て。馬だの槍だの」


「ええい! つべこべ申すな! 首を刎ねるぞ! さあ並べ!」

ト始めて見る馬上の騎士に圧倒され、みな押し黙って言われるがままに隊列をつくり、高台へと向かう。ノムーラ&モルーカスは当初の手筈どおり、ドラゴンの手先となるべく、馬を借りて敵方へ走った。残された神主は心細そうにあたりを見回している。そこへ女騎士が歩み寄る。


「さて神主、よく来てくれた。そのほう、魔物を召喚できるそうだな」

「へ? あ。魔物っちゅうか、妖怪とか化け物のたぐいですわな」

「戦力になりそうな者を呼んでほしい。礼は弾むぞ」

「え~ ここででっか。てか、ここ、どこですのん」

「わがあるじ、ブレイブ・ポバティ殿の領地エターナル・ランドだ」

「へ? はあ。地名言われても聞いたことありまへんな」

「とにかく頼んだぞ。魔物なれば戦いは月夜がよいであろうな」

ト女騎士は飲み込み顔にうなずき、城がある高台へ走り去る。神主は宿だと言われた橋のたもとの酒屋へ向かう。神主が持参したお札は、当地の兵に配り、戦いの当日に額に貼るよう手配された。一方、ノムーラ&モルーカスはドラゴンの本拠地の森へ出向いた。


「なんでわても行かないかんのでっか。ノムーラはん一人でええのに」

「モルーカスはん、殺生なこと言わんといて。わてらコンビやないか」

「もう来てもうた。こんな不気味な森、樹海の比やありまへんな」

「凄いな、たしかに。さすが極悪非道のドラゴンの住処すみかや」


 「だれじゃ! ここをドラゴンさまの森と知って忍び入ったか!」


「わわ、見つかった。逃げまひょ」

「なに言うてんの。ドラゴン一味に入れてもらいに来たんやないか」

「あ。そやった。ほなドラゴンはんにお目通り願いまっか」


 「怪しいヤツらだ。引っ立ていっ!」

ト衛兵どもに縄でぐるぐる巻きにされて二人は森の奥へ連れられていく。やがて洞穴を背にした広場に出た。ドラゴンが真ん中にでんと陣取り、左右に手下どもが居流れて鋭い眼を光らせている。


「その方ら、わしらの軍勢にくみしたいと申すか」

「さいだす。わてら役に立ちまっせ。敵の事情もよう知ってますさかい」

「ほほう。ならば詳しく聞かせてもらおう。縄を解いてやれ」

トまんまとドラゴン一味に加わることに成功した両人はさておき、かたや、魔物を召喚しろと言われた神主は、せっせと日夜お祓いや祝詞の文言をこね回してはアレンジし、喉をからして儀式を行っていた。


「エヤーハンヤーフンニャラケットンストンパーリャリャリュウ」


榊がないのでオリーブの枝に紙垂かみしでを付けて振り回しながら懸命に声を振り絞る。狙いは天狗や山姥、猫又、鬼や大蛇、九尾の狐、塗り壁や雪女など戦力になりそうな妖怪なのだが、あいにく出てくるのはやお菊さん、お岩さん、ろくろ首など戦力としてどうなのかという者ばかりだった。ならばと宮本武蔵など剣豪や桃太郎、金太郎など怪力の者を狙ったが、座敷わらしや一寸法師が出てくるのだった。


「わてにはやわいのしかムリや」

ト神主はため息をつく。こうして日は過ぎ、株屋どもの特訓もメドが立った。戦士としては物足りないものの、槍くらいは扱えそうだった。かの女騎士はドラゴン一派に戦いを挑むことを領主に進言した。


「して、魔物を呼ぶという神官のほうの首尾はどうじゃ」

「はあ、それが」

ト女騎士サー・マルティは委細を領主に報告する。

「ふうむ。その妖怪や幽霊とかいうものは戦いには向かんのか」

「ろくろ首や唐傘、お菊やお岩とか申す者ら、とても戦いの場には」

「ふむ。残念じゃな。まあおふだで兵は三倍じゃから数では負けん」

「一気に夜討ちを仕掛けるのが、よろしいかと」

ト領主、他の騎士らとも相談の上、襲撃はは満月の夜と決まった。


煌々《こうこう》と照る月明かりの下、領主の軍勢はドラゴンの森に近づいていた。木の葉がザワザワと揺れるその下に、みの虫のように何かが二つぶら下がっていた。その姿は近づくにしたがって人らしいと判断でき、やがて誰の眼にもはっきりと見わけがついた。


「あ、あれは!」


なんとその二人は! ドラゴン一味に仲間に入れてもらったはずのノムーラ&モルーカスではないか! ええええ~!


 「あんなとこに、ノムーラが!」

 「よし、さっそく血祭りにあげてやろう」

 「特訓した槍で一撃だ」

ト目ざとく見つけた株屋どもは、待機の命令もなんのその、カーッと頭に血が上り、一散に槍を構えて駆けて行くのだった。

二人はどうして吊されていたのか。いやそれよりも突進する株屋どもの槍先が二人に迫る。


「わわわわ、ノムーラはん! あいつら槍もってまっせ」

「ああああ。絶体絶命やん、モルーカスはん!」

ト泣き叫ぶ二人はこのまま穴だらけになるのか。二人の運命やいかに!

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