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第五章 根源(終)

【二】


 三人がロビーに来ると、そこに見剣の姿はなかった。ルール上、まだ館からは出られないはずなので、個室に籠もったのだろう。見剣には、考える時間が必要なはずだ。その段で、久龍と顔を合わせたくなかったのに違いない。


「美里亜だけ賞金〇円だよー、クゥのいる?」


 すにでマーダータイムは終わっている。ディスプレイを見れば、最終獲得賞金が表示されていた。


 久龍空奈 :三億円

 見剣みちる:二億円

 天崎飛鳥 :一億円

 御堂美里亜:なし


 今日は結局、誰も殺しを行っていない。ゆえに、マーダータイム開始前に見剣が表示させたそれと、なんら変わりなかった。


「別に勝敗とかないけどさー、クゥお姉さん大勝利に見えるね!」

「しかも空奈は、あたしがあくまでプレイヤーであることに気付いていたじゃない。その意味でも、飛鳥は完全敗北ね」


 久龍と美里亜は、レモンがカップの縁についた紅茶を飲みながら談笑している。先程まで殺しを行っていた館であるはずが、すでに、豪華なカフェを貸しきってみました、という状態だ。


 久龍はいつだって飄々としていたのだから、その態度は見慣れたものだ。しかし、美里亜も同じようにしているのはいささか妙な光景だった。


「なんの根拠もない勘だったじゃないか……」


 飛鳥はといえば、特に何を食すでもなくボヤくだけだ。間違いなくこの館では、死者が出ているのだから。合法か違法か、だなんて関係ない。


「はいはい、飛鳥はすごい。あたしがある意味黒幕だったことを、ちゃんと推理したんだから」

「馬鹿にしてるだろ!」

「してないわよ?」


 それでも美里亜に引っ張られ、しぶしぶと席につけば、久龍には生のレモンをそのまま渡された。


「美里亜は渡さないぞ少年!」


 どうやらそれは、宣戦布告のようだ。


「さて……じゃあ、あたしが知っていることを話す」


 ひとしきりの雑談を終えると、ようやくテーブルの片側に美里亜、反対側に飛鳥と久龍が座り、向き合う形となる。


「まず、あたしは空奈の言う通り、あくまでプレイヤー。そしてこの館は飛鳥の言う通り、更正施設。更正の材料になると考えて、必ずしも更正が必要な人間じゃなくても、ゲームに参加させることもあるけど」

「メアリーや仙波か。かなり幸運だったということか?」

「そうなるわね」

「そう言い切れるなら、お前が時期頭首となる、御堂グループが運営している、そう思っていいみたいだな」

「ええ」


 飛鳥は美里亜の魂を見て、役員からこの館行きを強制されたことを知っている。特に更正しないといけない事情があるわけではない美里亜がここに来るには、館との強い繋がりがあって然るべきだった。


「だが、こんな訳の分からない館……運営するとかしないとか、そんなレベルを超えているだろ……。魔法に等しいことが起こっていたが……」

「ええ。その点は、実はあたし達にも分からない。それは解明中なのよ。実を言うと、更正施設というのは、必ずしも正しくない。解明のために、更正施設と称した実験が行われている……これが本当の所ね」


 美里亜は肩をすくめるが、飛鳥は、どうにも納得がいかない。

それは無理もない。魂という存在があり、人が死んだのに死んでいなくて、無傷の人間が変わりに死ぬ。“絶対服従”だとか“霊媒師”だとか超常的な現象も起こる。ただの人が管理しているには、過ぎた施設なのだから。


 実験とは結局、この館でゲームを行わせる様を観察するだけなのだろう。能力発動時に体温変化がないか、人体に影響がないか。死んだ人間が生き返る時に何か変化はないか。そもそも魂というものは、存在するのか。


 こればかりは、いかに頭を回したり美里亜に問うたりしても、回答には辿り着けそうにない。


「美里亜ー、クゥからも質問ー!」


 一人頭を抱える飛鳥を他所に、久龍がビシリと挙手した。


「はい、どうぞ」

「ぶっちゃけクゥって、死んだ方がいい人間じゃん?」


 あっけらかんと久龍は言うが、その目は真剣だった。


「そんなクゥは生き残ったし、賞金を得た。けど、この館の本来の姿は更正施設って言ったよね。なら、クゥが殺しちゃった、か弱きJKみたいに巻き込まれただけの人がいたら、更正施設の意義がなくなるんじゃない? 

 世の中は理不尽だ! ってしか見えない。この上なくクゥが言うなって感じだけど!」


 軽く言うも、罪悪感は間違いなく持っているようだ。だから自分は死んだ方が良いと最初に言ったのだろう。久龍の思考回路も、この館に来てから大きく変わったのだたなと、これまたブーメランだと自覚がある飛鳥は思った。


「それは俺も同意見だ。春野のように変化があった人間も死んだ。その変化が良い方かどうかは別としても、やはり……。殺したのは俺だがな……」


 俯いた二人に対し、「ああ、それなら大丈夫」と、美里亜は軽く口を開いた。


「ここでのゲームは、御堂グループが全て見ている。その中で、ちゃんと更正した人とか、そもそも更正が必要なかった人とかは、生き返して外に返されるから」


 その回答に、飛鳥も天を仰いだ。久龍さえもだ。もう超常的な現象が多すぎて、訳が分からない。


 ただ言えることは、ああ、それならよかった。だった。


 衣鈴が生き返ることは何より嬉しいが、復讐を思いとどまった今、春野にだって向き合いたかった。

 横を見れば、久龍もこちらを見ていた。にししと笑って、何を考えているかは分からない。同じように、自ら手をかけてしまった人間に対して向き合おうとしてくれているのなら、いいのだが。


 久龍は美里亜を見た。飛鳥も従った。美里亜によって変えられた……更正された二人だ。きっと同じだと、信じていいのだろう。



「……さて」


 美里亜は、両手をテーブルに付いてゆっくりと立ち上がる。


 飛鳥も久龍も、真っ直ぐとこちらを見ていた。先程まで同じように天井を見ていて、顔を見合わせて、ほぼ同じくこちらに目線を移している。以前から思っていたが、この二人はなんだか似ている。

 以前から、と言ったものの、たかだか十日前のことだ。それが遥か昔に感じる程、この館での出来事は濃密だった。魂が介在しているのも大きな要因だが、それだけでは片づけられないと思った。

 美里亜はそんなことを考えて、気付かれないように笑う。


 飛鳥は、人生を賭けた受験に失敗し、引き籠もりとなった。

 久龍は、生き甲斐である人助けの中で恋人に裏切られ、極度に裏切りを恐れるようになった。


 そんな二人の共通点は、生きる目的を失っていた、ということだ。だがこの館では、美里亜がちょっとしたきっかけを与えただけで、二人は本質を取り戻している。

 館から出れば、二人はどうするだろう。飛鳥は再び、大学を目指すのだろうか。久龍は自らの罪を悔い改めるために行脚するのだろうか。或いは二人とも、また落ちていってしまうのだろうか。分からない。


 だからこそ、美里亜は言おうと決めていたことがある。


「ねぇ、二人とも」

「何だ?」

「何何? 困ったことがあったらこのクゥお姉さんに言いな?」


 美里亜が呼びかければ、二人は同時に立ち上がった。


「さっきあたしは、こう言った。更正したら生き返るし、元々更正不要だった人も生き返る。そして、そもそも死んでいなければ、更正しているしていないに関わらず、殺すなんてことはしない。けど……更正していない人を外に出していいものかしら? この館の存在意義として、ね」

「そりゃダメっしょー! もっかいゲームやらせて殺しちゃおう、それしかない!」


 久龍は、えいえいおーと腕を挙げる。


「……」


 対して飛鳥は、何やら考え込んでいた。


「空奈、それはほぼ正解ね。更正しなければ、館から出さない。傲慢だけど、そういう施設だから。けどその代わり……スカウトするのよ」

「スカウトー?」

「ええ。更正させる側をやらせるわけ。そうして、いつか感化してくれるのを待つ。もっとも、このケースはかなりレアでね、ほぼないと言っていいわ」

「そりゃ、悪いことしたクセに改心もしないなら、天罰が下って当然だーね!」


 久龍は、今そのテの人間がいたら真っ先に刺し殺しそうな勢いで、シャドーボクシングをしている。

 美里亜の興味は、飛鳥に向いた。先程まで饒舌だったのに、ここに来て黙り込んでいるからだ。


「ねぇ飛鳥。あなた、あたしの言わんとしていることに、気付いたの?」


 もしかしてと思い、そのまま美里亜は口にした。


「……ああ。俺達をスカウトする、って話だろ? まあ俺みたいな落ちこぼれ……外には出せないよな」


 美里亜の予想は、半分当たり、半分はずれだった。


「……はぁ」

「でかい溜息吐くなよ……」

「だってあなた、また最初みたいに戻っているから。それは、勘違いよ。さっきあたしは、スカウトするのはレアケースと言ったけど、そもそもね、生き残る人は少数だし、更正する人はもっと少ないの」


 美里亜はもったいぶっていた言葉を、ゆっくりと告げる。


「あなた達はあたしの目から見て、ちゃんと前を向けるようになったと思う。けどそれ以上にあたしは……一緒に活動したい、とも思ったのよ」


 飛鳥も久龍も、目を丸くしていくのが分かる。


「まず、飛鳥。あなたの学力は著しく低下している……今から試験を受けても、同じ結果でしょ? それは自分でもよく分かっているから、ずっと引き籠りを続けてしまった」

「急にディスるなよ……」

「でもね。あたしはあなたと策を遂行していて、あなたの頭の回転の早さや機転は、尊敬に値すると思った。あたしなんかじゃ、太刀打ち出来ないくらいのものだからね」

「……!」


 飛鳥は照れているのか、先程まで合わせていた目を、下に向けてしまった。


「次に、空奈。あなたは更正しているしていないに関わらず、外に行かない方がいい。風祭さんのような警察があなたを狙っているから。でもこの館は治外法権……あなたの力を、存分に発揮出来るはず」

「クゥのことは褒めてくれるんだ!」

「当然よ。他人の依頼を受けて達成する。口で言ったらこれだけのことだけど、いかなる内容の依頼も請け負うなんて、普通は出来ない。そしてその身体能力と、飛鳥のせいで霞んでいるけど、頭の良さも相当なもの」

「……照れるね、なんか」


 そして久龍も、サイドテールをいじりながら下を向く。


「これはあくまで、あたしの個人的なお願いだから。なんの強制力もない。だから、あなた達で考えて」


 なんて自己中心的なんだろう。強い自覚があるから、なかなか言い出せなかった。決してもったいぶったわけではなかった。


 飛鳥も久龍も、本来の更正施設としての役割を考えれば、後は館から出して自らの足を使わせた方がいいのは間違いない。


 だがそれでも……ただ美里亜は、二人といたかったのだ。


 学校にしろ習い事にしろ、御堂グループの時期頭首として更正に励むにしろ、いつだって一人きりのような感覚があった。時間はあまりになく、交友関係を広げる余裕などない。御堂グループの人間を切り捨てることは、真逆の行為だ。


 そんな時、思いがけず放り込まれてしまったこの館。


 最初は、この場所でも自らの役割を果たそうと思っただけだったが、出会ってしまった。頼りなげだったり、無鉄砲なのにいつか簡単に壊れてしまいそうだったりするのに、回転の早い頭だったり、とんでもない運動神経をふんだんに発揮する彼らに。


 彼らは復讐を目指す者と、復讐される者という、相対する存在だったはずだ。なのに今、二人は並んでいる。復讐対象を許し、また復讐されることを許す。簡単なことではない。


 ただ、気付いたのかもしれない。結局悪い事象は、一面性でないのだ。ある地点から見えるものが全てではない。この館でシャッフルされた魂のように、目の前で見えているターゲットを狙えばいいのかと言えば、それは違うのだ。


 そんな二人は、自分を頼りにしてくれた。金持ちであることを利用されたことはあるが、二人はそんなものなどいっさい望まず、ただ自分を信じてくれたのだ。


 二人を更正するだなんて言って、真にそれが必要だったのは、自分かもしれない。この館に来て、然るべし人間だったのだ。


 気付けば強く瞑っていた目を、ゆっくりと開く。そこには変わらず、こちらを見ていた飛鳥と久龍がいた。

 そんな彼らを見て、不安は一気に掻き消えた。


「あたしと一緒に、御堂グループで働いて欲しい。年齢も経験も関係ない。ただあたしにとって……あなた達が、必要です!」


 言い切った美里亜。飛鳥と久龍の回答は、聞くまでもない。

 三人は立ち上がる。その顔には笑顔が浮かんでいた。



 【了】


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