第四章 復讐すべき相手(2)
【二】
天崎飛鳥、久龍空奈、見剣みちる。
最後の……八回に渡るマーダータイムの最後となる、今日のその時を五分前に控え、ロビーにいるのは三人だった。美里亜は恐らく、久龍の部屋だろう。昨日久龍に暴力を振るわれた美里亜は、久龍に運ばれていったからだ。
「!」
飛鳥が久龍を見れば、席に着いて以降飛鳥をずっと睨んでいたようで、久龍の鋭い眼光が向かってくる。その目に光を感じず、闇に吸い込まれそうだった。
「さってー、最後のマーダータイムってなもんだから、現在の賞金の確認ってやつをしておこうぜー」
メアリー不在となった今、進行するものはいない。代わりに、見剣が大型ディスプレイ用のPCを操作して表示を出す。
久龍空奈 :三億円
見剣みちる:二億円
天崎飛鳥 :一億円
御堂美里亜:なし
「久龍選手トーップ! 俺様ことミッチー選手第二位! 次いで天崎選手。御堂選手だけは〇円だなー! 頑張ってくれやって言いたいところだけど、今日あいつは動けないかー残念残念。だーっはっはっは!」
ディスプレイの前で、腰に手を当て豪快に笑っている。久龍も飛鳥もそちらを見ることはないが、嫌でもその大声は耳に入った。
久龍の賞金は、衣鈴を殺して一億。そして、仙波を殺すことで一億円持っていたメアリーを殺して二億。合計、三億円となる。
見剣は、寺沢を殺し一億持っている風祭を殺し、二億円を獲得していた。
飛鳥は、先日の春野殺しでの一億円だ。
六人のプレイヤーが死に、獲得賞金総額も六億。人の命が金に変換される館で、最後のマーダータイムが始まる。
「……」
久龍が無言で、ゆっくりと立ち上がる。その手にはすでにナイフがある。美里亜にパスワードを吐かせ、彼女の部屋から奪ったものだろう。
「……」
飛鳥も、同じように席から離れる。その手には拳銃があり、こちらも事前にパスワードを聞いていた美里亜の部屋から拝借したものだ。
飛鳥からすれば久龍は、衣鈴を殺し、美里亜さえ半殺しにした、復讐すべき相手だ。
久龍からすれば飛鳥は、仲間になれるはずだった美里亜を変えてしまった、復讐すべき相手として見ているだろう。
“肉体殺し”たる久龍に刺されれば、飛鳥は死ぬ。
魂を内に持たない久龍を撃てば、久龍は死ぬ。
本来ならここは、内にある魂を消すために、殺したいプレイヤーではないプレイヤーを狙う館だったはずだ。
しかし今、この、復讐相手がシャッフルされた館で、見た目上にも実際の所も、飛鳥vs久龍の開幕となる。
長テーブルを挟み、二人はそれぞれの武器を持って、睨み合った。空気が張り詰めて、一点の皺も寄っていないのが見えるかのようだ。
遅れて見剣も立ち上がると、二人の目線を遮らず、ちょうど二人から同程度の距離が取れる位置を陣取る。審判気取りなのだろう、腕組みで二人を見やった。
「!」
別に何か、合図があったわけではない。だがその時は、すぐに訪れる。
先に動いたのは、飛鳥だった。拳銃を迷いなく放つと、銃声を置き去りにして銃弾が久龍に迫る。
「無理無理―」
久龍は避けることすらしない。これまでの経験上、素人がそう簡単に銃弾を命中させることが出来ないことを分かっているのだろう。
久龍はテーブルの上に飛び乗ると、そこから飛鳥めがけてナイフを構えて降りかかる。拳銃は、次弾を準備するまでの隙が必ずある。そこを突いて来たのだ。
これも飛鳥には当たらなかった。飛鳥だって、これまでの蓄積がある。久龍がそうして、運動神経に頼った行動をすることは分かっていた。
最初の一発だってマグレ当たりを期待はしていたものの、外れたことによる動揺はない。落ち着いて次の準備をすればいい。
飛鳥が真に狙うのは、ナイフのリーチ外でかつ拳銃を外さないような絶対的な距離、一メートル程度の範囲に入った瞬間に銃撃を行うことだ。
ある程度近付かれて、それでもなお当てられる自信がない時は、撃つつもりはない。もし外してしまえば、次弾を充填する間もなく、一挙に間合いを詰められて一突きされてしまうだろう。この判断が、勝敗を決するはずだ。
「なかなか上手いこと逃げるねー」
久龍の声は、いつも通り軽い。だが、眼光は一瞬たりとも飛鳥を離さない。
飛鳥は、テーブルや椅子などの障害物を挟んでも、久龍にとっては意味がないことは分かっていた。むしろ跳び箱のように扱い起点として、間合いを詰められる可能性すらある。だからそれには頼らず、付かず離れずの距離を保つ。
「へいへーい、お二人さんやるねー」
二人と同じく、都度位置を変えているのは見剣。開始時と変わらず、二人との中間地点を常に取るように動いていた。
この睨み合いは、どれだけ続くのだろうか。
飛鳥は、早く撃ってしまえという気持ちをなんとか抑えていた。この緊張感から開放されたいのだ。胃がキリキリと、直接掴んで締め付けられている気がした。鬱蒼とした硬い雑草を生やす密林を歩くように、いつ足をもつれさせてもおかしくなかった。だが、焦ったらそれこそ終わりなのだ。
一方の久龍も、間合いを詰められていない。これまでのような思い切りがないのは、死にたくないという想いが芽生えたからに違いない。美里亜に身動き出来ない程の暴力を振るったのは、久龍自身がそうだと気付いているかは別として、自分の手元に置いておきたかったからなのだろう。
これでは、先に体力の尽きた方の負けだ。間違いなく飛鳥の方が先に陥落することになってしまう――
「っ……!」
飛鳥さえもそう思ったのだが。
「久龍!?」
飛鳥に向かって飛びかかろう。そんな前傾姿勢を取っていた久龍が、突如その場で倒れ込んでいたのだ。飛鳥は銃撃をしたわけではないし、見剣も何もしていない。
「久龍……?」
数秒経っても動かない久龍を見て、彼女に近付き、飛鳥もまたそこで崩れ落ちた。久龍のように倒れ込んだのではなく、力が抜けてへたりこんでしまった。
「美里亜……!」
そして今度は、別の女の名前を呼ぶ。飛鳥は久龍を見て、なぜそうなった理解していた。理解したくなかったが、してしまったのだ。
このゲームのルールは、ターゲット以外の殺しは許されず、それを犯せば加害者も死ぬ。指定された武器以外を使ってもアウトだ。しかし、殺しさえしなければ何をやってもよく、それは昨日の、美里亜に対する久龍の暴力でも証明されていた。
そんなルールの中で……美里亜がその後、久龍から受けた傷が原因で死亡したら、どうなるだろうか。
美里亜はこの瞬間、息絶えた。久龍もまた、ターゲットではない上指定武器以外を使用して、美里亜を死に至らしめてしまった罰則により、やはり死亡した。そうとしか考えられなかった。
希望があるとすれば、美里亜が死んだことで、内にある久龍の魂が消えたから久龍はこうなったパターン。この場合、あくまで魂が消えただけで、美里亜の負傷は全て久龍に移り、なかったことになっているはず。
「っ……」
目の前で横たわる久龍を見た。顔も身体も綺麗なもので、昨日美里亜が受けた傷が、久龍に移っているようには見えなかった。
「くそ……くそ、くそ……!」
何度も床に拳を叩きつける。痛いなんて感じる隙も与えずまた殴る。美里亜が死んだかもしれない。また守れなかった。こんな思いをするのは、一体何度目だろう。せめて美里亜が受けた傷の数百分の一でも、自分が背負いたい。また床を殴りつけた。
「……」
気付けば、涙を流している。
美里亜は言った。『飛鳥を守る』と。
美里亜はそれを守ったとでも言うのか。ふざけるな。誰が頼んだ。こんな形で自分を守れだなんて。お前がいなくては、何の意味もないではないか。
なおも涙は、飛鳥自身でも制御出来ずにとめどなく溢れ、拭えど拭えど収めることは出来なかった。あらゆる堰が切られたようだ。いくらでも湧いて来て、未だ増え続け、全身が濡れていくのではと思える程になっていた。
その水源が目だけではないことに気付くのに、そう時間はかからなかった。
「お前っ……!」
「油断したね、少年?」
久龍が、飛鳥の胸を、ナイフで一突きしていたのだ。
“肉体殺し”能力者たる、久龍の一撃。それが意味するところは、考えるまでもない。だが、いったいなぜ、死んだはずの久龍が?
その先の思考は、すでに出来る状態ではなかった。飛鳥は自身の血液に塗れた絨毯の上に、倒れ込んでいった。




