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第四章 復讐すべき相手(1)

【一】


「美里亜……」


 七回目のマーダータイムを終えた夜、飛鳥は何度目か分からない呟きをする。部屋にいるのも何か落ち着かず、エントランス二階にある、白い椅子に腰かけていた。


 飛鳥と美里亜が言い争いをした夜、確かに決別しかけていた。だが最終的には繋がったままとなる。美里亜が部屋を出たのを飛鳥が追いかけ、美里亜の言い分を飲んだからだ。


 それは、

『あたし達が本当に狙うべきは、春野晴未さん。そして、見剣みちるさんが悪だと示すことが出来たなら、彼も狙うのは分かる。けど……久龍空奈さんは、違うと思う。実行犯ではあるけど、あくまでそれは、彼女の性質を春野さんに利用されただけ』

 というものだ。


 久龍空奈は、狙わない。


 それはこれまでの飛鳥の行動を否定するもので、強く反発しようともした。だが、あの場でそんな発言をしては完全に決裂していただろう。だから、ともかく飲むことにしたのだ。


 ただ、納得はしていない。なぜこれまで久龍を狙おうと共に行動していた美里亜が急に意見を翻したのか、分からない。

 美里亜は久龍の魂を持っているのだから、久龍の本質を見てのことだろうか。それなら、そもそも久龍を狙おうだなんて言い出さないだろう。飛鳥は“霊媒師”で久龍の魂を中盤で見ているが、美里亜は初日から見ることが出来たはずだ。


 あるとすれば、こうだろうか。

 当初は衣鈴の件を目の当たりにして、久龍を狙うべきだと考えた。だが、それは一種の興奮状態のようなもので、時間が経って再び久龍の魂と状況を見れば、それは違うと判断した。

 人助けを趣味だなんて言い、その末に裏切られ、襲われた久龍空奈。同情する余地は多分にある。


 そんな久龍は、自分と似ているとも思った。

 哀れな過去に酔いしれたわけではない。飛鳥は勉強、久龍は人助け。全力を注いでいたもので失敗、裏切られ、目的を失ったということが。


 かといって同族意識を持つことはない。いかに依頼されたからといえど、衣鈴を殺した調本人を容易に許せるはずもなく、同族などとは考えたくもなかった。


 ただ、許せないから殺すのかと言えば、そこに迷いが生じている感は否めない。

 春野を手にかけてみて、殺すよりも謝罪を、心からの謝罪を言わせるべきではないかと思っている。綺麗事かもしれないが、復讐による殺人は法律で許されていないし、その法律も犯罪者をただ罰すのではなく、更正させることに重きを置いているように思う。


 春野を殺した時、飛鳥は何も感じなかった。今だって、人を殺してしまったという罪に苛まれてなどいない。春野を殺したというより、拳銃のトリガーを引いただけ、という感想だった。

 殺し合いゲームという狂気の空間が、殺しを当然のもののように扱うからかもしれない。或いは、復讐という大義名分を果たしたという感動が、飛鳥に悲観を与えないだけかもしれなかった。自分は冷静だと思っても、実は興奮状態で、頭が正しく回っていないのだろう。


 殺しをしても良い。そんな空間で、飛鳥はそれに飲まれつつある。それでも、美里亜の判断たる、久龍を狙わないというもの。飛鳥はもう少しで、ああその結論は正しかったと確信するところだった。


「なんで俺は久龍を狙わなかった……なんで美里亜に狙わせなかった……!」


 今となっては、そう考えていた自分を殴り飛ばしたい。


 飛鳥は春野を狙ってしまった。春野を無視して、衣鈴殺しの実行犯たる久龍だけを狙っていれば。

 美里亜は物理的にも精神的にも久龍の懐に入っていたのだから、彼女を狙うことは容易だったはず。“能力拝借”で借りた“絶対服従”を使ってもいい。それさえしていれば、美里亜があんな目に遭うことはなかったのに。


「くそっ!」

「おうおう、いきなり声出したらびっくりするじゃねーの!」

「! 見剣……!」

「って、いきなり声かけた俺の方がびっくりさせてるってか!?」


 考え込んでいた飛鳥は、見剣の接近に気付けなかった。

 とうの見剣は、だっはっはと笑いながら頭をポリポリとしているだけ。先程見せていた重圧も、気のせいだったのではと思える程だ。この男の考えていることは、本当によく分からない。


 こいつが悪。諸悪の根源は言い過ぎかもしれないが、こいつさえいなければ何も起きなかったかもしれないのに。本来なら明日の狙いは彼になるはずだった。今となっては、放置するしかないのだが。


「見剣、お前は美里亜を狙っているんだろ? 瀕死の美里亜は恰好の的だ、生存しているメンバーの中では圧倒的に狙い易いからな。だから、久龍をターゲットにするつもりか?」


 美里亜の内にある魂は久龍。動けないだろう美里亜を殺すことで、実際に死ぬのは久龍だ。久龍の魂の在処を見剣は推理しているだろうが、確たる証拠も持っていないはずなので、確定情報を与えてやる。


 飛鳥は久龍と対峙しないといけない。飛鳥だって美里亜を狙うことで久龍を殺したかったが、美里亜を銃殺するなど、魂が消えるだけであってもしたくなかった。だいたい、久龍がそれを許さないだろう。


 しかし見剣なら可能かもしれない。だから、久龍を狙ってくれれば好都合なのだ。明日は最終日であり、仮に美里亜の内にある魂が消されても、美里亜にとって支障はない。魂が消えれば久龍は死ぬことになるので、情報を与えるフリをして、味方として利用しようとした。


「それな! ほんとそれな! がっつり狙っちまいところだぜー! ……ただなーそれ……無理なんだわ!」

「無理?」


 気付いているのかいないのか、見剣は頬をポリポリと掻きながら苦笑いをする。


「俺のPCな、メアリーの部屋にあるっつったろ? だがメアリーはおっ死んじまって、メアリーの部屋に入れなくなった。俺は自分のPCが操作出来ないから、ターゲット指定が出来ないんだわ参ったねこりゃ!」


 今度はまた、豪快に笑う。


「……」


 飛鳥は、より訝かし気に見剣を見た。

 有利を謳歌出来ない見剣は、本来なら多少の悔しさを見せるべき。だが彼は、そんなものをおくびにも出さないのだ。これまで賞金を得るべく、仲間だったはずのメアリーさえも利用した男が、この状況に納得するはずはない。


 確かにメアリーは死んで彼女の手で扉を開けることは出来なくなった。だが、彼女の部屋に入るためのパスワードを見剣が聞いていれば開くだろう。そもそも、PCがメアリーの部屋にあるという所から嘘かもしれない。


「そんなに怪しまれても困るんだがなー……。下手に狙われちゃたまらんのだが。……ならこれならどうだ? 俺ぁ、お前さんの部屋で一晩明かしてやってもいいぜー? 男二人、語ろうぜ!?」

「……!」


 見剣は、飛鳥の表情から何を考えているか大方察したのだろう。飛鳥の肩をガッと掴んでいた。


 自分を狙わせたくないという理由は理解出来る。しかし、飛鳥の部屋に泊まってまで、証明しないといけないことなのだろうか。


 だが、現状を考えればこれが理想的なのかもしれない。見剣は余計なことをせず、お飾りとして生き残ればいい。

 ただ、この男の本質は未だよく分からない。念のためもう一度だけ魂を見てみよう。


「……分かった」


 飛鳥が告げれば、見剣は「よっしゃー!」と飛鳥を差し置いて、先に個室に向かっていく。どうせ飛鳥がパスワードを入力せねば、その部屋は開かないのに。全てを仕組んだ悪であること、ましてゲーム運営側の黒幕であるかもしれないことなんて、とても思えなくなってきた。


 まあ、どちらでも構わない。気にならないはずもないし、追うべき相手なのは間違いない。でも、少なくとも飛鳥が明日行うことは決まっている。自分に向かってくるだろう敵も、分かっている。


 飛鳥の狙いは久龍。久龍の狙いは飛鳥。


 久龍は、内にある魂をとうに失っている。よって飛鳥は、久龍をターゲットにして久龍自身を狙えばいい。

 飛鳥は、内にはまだ魂を秘めている。だが“肉体殺し”たる久龍は、飛鳥をターゲットにして飛鳥自身を狙えば良いのだ。

 美里亜は、久龍の部屋で軟禁状態になるか、外に出されても動けまい。見剣は、ターゲット指定が出来ないらしい。


 つまり明日は、飛鳥と久龍の一騎打ちとなるのだ。


 一度はその魂を見て、揺らいだ彼女への怒り。だが、衣鈴や美里亜を守れなかった自分がすべき、せめてもの償いをせねばならない。揺らいでいた復讐の炎を、最熱せねばならなかった。



 一時間後、飛鳥と見剣は、飛鳥の部屋で遅めの夕飯を前にしていた。


「……」

「……」


 もっとも、夕飯らしい夕飯は見剣だけで、飛鳥は栄養バランス食品のブロックをコーヒーで流し込むだけ。


「そうだ。こんな黙々と食ってても面白くねーから、ネタ提供するぜー?」


 ラーメンの汁を飛び散らんばかりに口していた見剣は、しばしの沈黙に耐えられなくなったのだろう、器をドンと置いてその勢いのまま口を開いた。


「まずよ、そもそもゲームがこんな展開になっちまってるのは、お前が久龍を狙ったからだ。ま! 俺ぁそれに便乗させてもらったんだがな!」

「実際には、プレイヤー達の思惑が絡み合った結果だろう。それに、お前が他人を利用していたことは否定しないんだな」

「否定したって仕方ねーだろ? 俺ぁ漁夫の利が大好きな人間だからな!」


 食事時にする話ではない。しかし、こんな殺し合いゲームの中ではその他の雑談などする気にもならないだろう。それに、見剣の人間性も把握出来る。ゲームが終わったとしても、ゲーム運営側の人間を明らかにするという、衣鈴との誓いは終わらない。


「んで! お前が久龍を狙うきっかけとなったのが、井口衣鈴の死!」

「……」

「だがなー……俺ぁあの井口衣鈴の死は、正直胡散臭いと思ってるねー」

「どういう意味だ?」


 食後の抹茶パフェを平らげた見剣は、少し声のトーンを落とす。


「お前さん、俺が全体を操っている感を出しているから気に食わんのだろ? やや、皆まで言うな、お前さんの空気で分かる! まあ、それは言い過ぎというか買被り過ぎというか……俺は漁夫の利を狙う精神だかんな、他の奴らが動くように仕向けていただけなんだわ。だから初日から、多くのプレイヤーと接触した。お前と御堂の所には行けなかったがな」

「裏で糸を引いていたと認めているようなものだ。そんなお前が、衣鈴を胡散臭いなんて言う権利はない」

「そうかい? そんじゃ、聞くぜ。なぜ俺がお前と御堂の所にゃ行けなかったと思う?」

「知らない」


 見剣は、飛鳥の短い回答に、小さく「だはは」と笑ってから続ける。


「んなら、あえてこんな表現を使わせてもらうぜ? “俺と同じ行動をした井口衣鈴が長居したせいでいけなかった”……ってな?」

「……!」


 飛鳥は初めて見剣の方を見た。見剣はニヤリと笑い、これにはリアクションするんだな、と言いたげだ。


 確かに衣鈴は、全プレイヤーの部屋を周っていると言ったし、自分や美里亜の部屋には長くいたとのこと。見剣が自分達以外の部屋を周ったことに嘘はないことは、これまで分かっている。


 見剣が言わんとしているのは何か。

 井口衣鈴と見剣みちるは、同じ考えの持ち主ではないか、ということだ。他プレイヤーを炊きつけ、隙を見て賞金を得ようとしたプレイヤーだぞ、と。


「つっても、あいつぁ最初の犠牲者になった……が。だからこそ俺は、余計に怪しいと思たねぇ」

「なぜだ?」

「分からんかい? いや、分かりたくないというべきか? 井口はよぉ、見た目じゃあか弱いJKってのに見えたが、俺と同じく周りを煽っていた。となりゃ、か弱い、の方は演技に見えるねー。つまり、虎視眈眈と何かを狙う頭の切れるプレイヤー、ってな」

「なのに最初に死んだのはわざと、とでも言いたいのか!?」


 飛鳥が思わず声を荒げ立ち上がると、また見剣は不適に笑っていた。飛鳥は口に手を当て身体を抑えるように座りつけるが、内心は滞在する二つの意見が戦っている。


 衣鈴の魂は、“霊媒師”で見た。彼女の言動に嘘はない。あるとすれば、弱い自分を隠す物だけだった。

 対して見剣は、こいつこそ黒幕かもしれないし、そうでなくてもハイエナのような存在だ。ならば、衣鈴と見剣、どちらを信じれば良いかといえば、当然衣鈴の方だ。


 だが一方で、今の見剣の話も間違っていないとも感じる。それに飛鳥は、先程考えたばかりだった。黒幕なら、魂から見える記憶を偽ってしまえばバレないだろうと。それが衣鈴に当てはまっているのだとしたら。


 だいたい、衣鈴は飛鳥の魂を見て信用したと言ったが、改めて考えればいかがなものだろう。

 飛鳥が衣鈴の立場なら、こんなクズ人間と組もうとするだろうか。殺し合いの館という狂気の場所で、藁にもすがる思いだったとしても、他に頼れる人間はいたはずだ。衣鈴は全プレイヤーと接触していたのだし、そもそも美里亜とも組もうとしていたではないか。

 実は多くのプレイヤーに同じような提案をしていて、「黒幕を見つけよう」と言っているのではないか。真なる黒幕であることを隠すために。


「おいおい、そんなに首振らなくたっていいじゃねーか!」


 考えていたことが、行動に出てしまったようで、見剣が笑っていた。衣鈴が黒幕だなんてことは絶対にない、衣鈴は心が優しすぎる、ただの女子高生だ。

 そうだ、何を考えているのだ。衣鈴が怪しいとのたまったのは、こいつこそ訝しげな見剣ではないか。


「……少し、考える」


 結局、答えなんて出ない。


 衣鈴のこと、見剣のこと。明日狙うべき久龍のことと、安否が分からない美里亜のこと。考えることは多かった。


「おいおいおい、夜はこれからだぜ!? だいたいお前さん、俺を監視しなくていいのかねー!? ……おーい、無視ですかー」


 飛鳥は引き籠り時に培った体質で、寝ていても外の音には敏感だ。見剣がおかしな行動を取れば、絶対に気付くだろう。そもそも、ずっと目を瞑ったとしても、眠りに落ちる精神的な余裕などない。


「ったくよー……俺も寝る!」


 見剣がドカリと床に寝転ぶ音を聞いた。間もなく耳障りないびきが聞こえてくる。演技ではないようだった。


 時間は、二十三時頃だったはず。飛鳥の“霊媒師”能力は、今日はまだ使っていない。


 飛鳥がまだ見ていないのは、早くに死んだ刑事たる風祭、自衛隊たる仙波。そして見たかどうか判断がつかない、横にいる見剣だ。誰に対して能力を使うべきかは、明白だった。


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