不幸少女、図書室で庶務を発見しました
星霜学園の図書室はとても大きい。様々なジャンルの本がしっかり分類されて棚に陳列されているその様はまさに圧巻の一言に尽きる。読書好きには堪らない。
大勢で腰掛けられる長テーブルは勿論のこと、少人数で座れる席に受験勉強を頑張る人の為にか、個別に仕切られた勉強机もある。
本の品揃え良し。席数良し。冷暖房完備であるものの訪れてくれる生徒は少ない。私は静かで落ち着く図書室がこの学園で1番好きな場所なのに。と、前にそう姫乃ちゃんに言ったら凄い驚いた顔をされた。姫乃ちゃん曰く図書室は息が詰まるらしい。ずっと静かにしていなければならないあの雰囲気がどうも苦手だそうだ。確かにお喋り好きな彼女には酷だろう。
そしてこれは私の憶測だが、碓氷副会長も苦手だと思う。見た目は美青年なので窓辺で本を読んでいたら絶対恰好いい感じになるのに……。頭があれなのが勿体ない。残念なイケメンである。
話を戻すが、そんな訳で今日の放課後も図書室に来る生徒は疎らだ。貸出当番である私はいつもなら貸出や直接返却の手続きに来る生徒がいないとカウンター席に腰を下ろして後は読書に更ける。
図書委員の貸出当番の仕事は先にも少し述べたが、本を借りにカウンターに生徒がやってき来たら学年、クラス、名前を聞き、名簿から探してその生徒に割り振られたバーコードをハンディスキャナーで読み取る。
そして借りる本にもそれぞれバーコードが割り振られているのでこちらもピッとハンディスキャナーで読み取る。これで貸出の手続きは終了だ。
返却の際は本のバーコードを読み取るだけでいいので直接返却に来る人よりも特定の場所に設置された返却BOXに返していく人のが多い。勿論返却BOXから本を回収するのも当番の仕事だ。尤も図書室の本を借りる生徒が少ないので回収は週に1回、金曜当番になった図書委員が回収しに行く。後は返却された本を元の棚に戻したりするのが主な仕事だ。
貸出や返却があればそれなりに忙しいのだろうけれど、私が図書委員になってから忙しかったことはない。まだ入学してからひと月と少ししか経っていない新入生の私が勝手に言えた口ではないのだが。
「あら、黒咲さん。今日は読書しないの?」
「はい。……今日はちょっと気になる人がいるというか、来るというか……」
私がいつもと違って図書室にいる数人の生徒を観察していたからか、司書さんは物珍し気に話し掛けて来た。私としてもいつものように読書をしたい。しかしながら本日は昨日真嶋先生から有力な王子情報を入手したので親友である姫乃ちゃんの為に頑張って図書室に入り浸ってるという王子を見つけようと思う。
「まぁ! まさか好きな子でも出来たの? 青春ね。一体誰かしら?」
「ちっ……違います! 私じゃなくて友人が気になってる人です!」
「ふふ。恥ずかしがり屋さんなのね、黒咲さんったら」
恋愛モノの小説や漫画が大好物らしい司書さんは目をキラキラと輝かせ、私に問い詰めて来る。私の気になっている人ではないと否定しているのに彼女の頭の中では私が恥ずかしがり屋だから親友を使って気になる異性の男性を探していると勝手に解釈されたようだ。
「それで黒咲さんが一目惚れした彼は誰かしら」
「私ではなくて親友です! 親友! 一目惚れなんてしてませんし、ましてや私が恋するなんてありえません」
話をややこしく頂きたい。どうして私が一目惚れしたことになっているのか。いじめられっ子で引きこもりをしていた私が恋を経験する訳がない。恋するどころか人間不信に陥ったくらいである。恋愛は物語の中だけで充分だ。私が誰かと付き合いたいとか想う日は限りなくゼロに近い。……自分で言っといてあれだが悲しい。でもいいのだ。今は友情に生きる。
「はいはい、親友さんの好きな人ね。で、名前とかは分かるの?」
「……分からないです。生徒会のメンバーみたいなんですけど、よく図書室に来ているそうです」
「生徒会メンバーでここを訪れるのは雪之宮君と月城君くらいかしら。あ、でも今年入学してきた子も来るわね」
名前は確か…… と司書さんが言おうとした時、ガラガラと図書室のドアが開けられ男子生徒が入って来た。艶のあるサラサラとした黒髪を後ろで結いたポニーテイルヘアなので一見女子生徒かと思ったが、キリッとした顔立ちと男子用の制服から男子生徒だと分かる。
私と司書さんが一緒に視線を彼に向けてしまったからか、彼のアメジストの瞳もこちらを捉え、無言で私達にぺこりと軽くお辞儀をよこす。それに釣られるようにいそいそとお辞儀を返す。律儀な人だと奥の本棚に向かって行く彼の後ろ姿を見て思った。
「黒咲さん、あの子よ。今来た彼が生徒会庶務の千歳海里君」
「えっ……。彼が……」
司書さんは小さな声でこそっと私に耳打ちしてくれた。どうやら以前私が当番をしていた時も彼は何度か来ていたらしい。読書に夢中で全然入退室に気づかなかった。私の悪い癖だ。
それにしても、生徒会の仕事はいいのだろうか。姫乃ちゃんは帰りのSHLが終わるや否や生徒会室に行ってくると私に告げて猛ダッシュで教室を出て行ったのに。庶務である彼は図書室で本を読んでいる。これはいけない。庶務の仕事が王子や月城先輩さんに回って来てしまう。いや、月城先輩のことだから王子の為にと自分一人で庶務の仕事をするかもしれない。
──ここは姫乃ちゃんにメールして彼を引取りに来てもらおう。
早速私はジャケットからスマホを取り出して姫乃ちゃんに庶務の男子生徒が図書室にいる旨をメールで伝えた。
そしてすぐ既読がつくあたり彼女がしっかり仕事をしているのか物凄く不安になった。
「失礼しまーす! 真央ちゃんっメールありがとう! 引取りに来たよ! どの子かな!?」
数分後にドタドタと慌ただしい足音が聞こえ、バーンッとドアが壊れるのではないかというくらい一気に開け放った姫乃ちゃんがやって来た。
大きな声で現れた彼女に図書室を利用していた生徒達は皆姫乃ちゃんに釘付けだ。姫乃ちゃんに話し掛けられている私も必然的に注目の的で恥ずかしいし、周囲の目が怖い。
「ひ、姫乃ちゃん。静かにしないとっ」
「あっごめん! つい……」
口を両手で抑える姫乃ちゃんは漸く生徒達がこちらを向いていることに気付いたようである。気を遣ったのか、今度は小さめの声でどの男子生徒が庶務の子なのかを聞いてきた。
「えっと……彼──……」
指を差して教えようとしたが、その前にアメジストの瞳とまた目が合ってしまった。彼も他の生徒達と同様に姫乃ちゃんのインパクトある登場のせいでずっとこちらを見ていたらしい。じーっと見られた状態で指を差すのはつらい。けれども姫乃ちゃんが急かしてくる。
「どの子、どの子?」
「お、奥にいる……彼です」
親友の為、そして生徒会で一生懸命働いている月城先輩の為に私は腹を括って指を差す。その指は私の心情を表すかのようにプルプルと震えていたが、姫乃ちゃんはお構いなしに彼の元に向かって一言二言喋ると戻って来た。
彼を無理矢理引っ張って──……。
「真央ちゃん、教えてくれて本当にありがとう。それじゃあわたし達はこれで。皆さんお騒がせしましたー! ほら、行くよ」
「おいっ。引っ張らないでくれ。それにまだ俺は一緒に行くとは言っていない!」
「はいはい、いいからいいからー」
「全然良くなどない!」
彼の抗議も虚しく、あれよあれよと姫乃ちゃんにぐいぐい引っ張られて行ってしまった。去り際に引っ張られながらも私を見た彼は無言ではあったが、目が「お前のせいだ」と言っていた。どうしよう、冷汗が止まらない。
生徒会庶務の千歳海里──……きっと彼の中で私の第一印象は最悪なものになってしまったことだろう。只々私は彼が根に持つタイプではないことを切に願うのだった。