第8章 6話目
ケーキを堪能して店を出たのは一時半だった。
僕らはメイド喫茶に向かうバスの中にいる。
あのあと月野君は漢の意地を見せ20個を完食。しかしさっきから沈黙している。
「月野さん、どうしたの、急におとなしくなって」
「気分悪いっす……」
僕は9個、小金井と大河内と立花さんは5個ずつ完食。女子はひとつのケーキをみんなでシェアして何種類もの味を楽しんでいた。
そして優勝は28個を食べた深山さん。
「あかね、食べても食べても大きくならないんですっ」
いや、別に競争していた訳じゃないんだけどね。
それだけ食べても彼女は平然としていた。
体の構造が違うのか、別の生命体を体内に飼っているかのどちらかだと思う。
やがて。
バスを降りると、駅前のメイド喫茶までは三分とかからなかった。
カランカランカラン
「いらっしゃいませ、ご主人様、お嬢さま!」
いつか、僕たちをバイトの面接だと勘違いしたメイドさんが出迎えてくれる。
「あっ、今日は普通にお客さんですから」
メイドカフェ・メイシルフィード。
まだ時間も早いからか、店は結構空いていた。
メイドさんは四人用テーブルをふたつ合わせて、そこに僕らを案内する。
「ご主人様、お嬢さまは初めてのお帰りですか?」
「あ、僕は初めてです」
「あたしも」
みんな手を上げる。
「ごめんなさい、俺は来たことあるっす」
「はいっ、覚えていますっ、ご主人様」
「月野君、やるね」
「いえ、夢野先輩と星野先輩に連れて来られたっす。盛り上がったっす」
なるほどね、納得。
と、足音が近づいてくる。
「ようこそいらっしゃいました」
いつか見た『うりゃ魔女ドミソ』のお面。
この店の店長さんだ。
「今日はお客さんで来てくれたんですね」
「ええ、実は広告を出して戴く『埠頭』で地元の話を書くために、地元の魅力スポットを研究して回っているんです」
新聞小説の話はまだ公に出来ないので、僕はそういう風に説明する。
学校内では結構漏れちゃってるけど……
「なるほど、それは光栄です。ゆゆちゃん、いろはちゃん、メイシルフィードのイベントとかお教えしてあげてね」
店長が頭を下げて去っていくと、眼鏡っ子のゆゆちゃんと、ツインテールのいろはちゃんがこの店のイベントとか特色とかを色々教えてくれた。
イベントはクリスマス、バレンタイン、ハロウィンなどと言った定番イベントは当然として、私服デーやアニメコスデー、男装デー、眼鏡っ子デーなど、メイド服以外の衣裳イベントも多いとか。
店には小さなステージがあって、時々ライブステージがあるとか。
たまに短い寸劇なんかもやるらしく飛び込みでご主人様をステージに上げることもあるとか。
ともかくご主人様、お嬢さまに楽しんで貰うためなら何でもやるらしい。
「と言うわけですけど、ご注文はどうしますか? お勧めはこちらの『お絵かきオムライス』とか、『YESYESホットケーキ』です。うちのメイド絵師はレパートリー豊富ですよ!」
「先輩、俺、もう無理っす」
「ああ、僕も無理」
小金井も同意とばかりに首肯する。
「すいません、ここに来る前にケーキバイキングで修羅ってたから、飲み物の方でお願い」
「そうだったのですか。では、こちらがドリンクのメニューです」
みんなメニューを覗き込む。
「俺は、『メイドが勝手にお絵かき★しろくまくんカフェ』にするっす」
「あたしは『メイドさんブレンド★フレーバーティ』ね」
「佳奈は『ツン★デレ★アイスティー』で~」
「わたしは、『くりいむれもんスカッシュ』をお願いします」
「じゃあ僕は、この『冒涜的に普通のブレンドコーヒー』で」
「あかねは『あま~い★ブラコンパフェ』ですっ」
まだ食べるのか、深山さん。
「かしこまりました、ご主人様、お嬢さま」
やがてオーダーが運ばれてくる。
「うわあっ、何このパフェ、めちゃめちゃ可愛いわっ!」
「はい、兄と妹がハートのチョコで繋がれているんですっ」
僕たちは出てくるものを見ては驚きの声を上げ続ける。
全てのメニューで何かしらの工夫がされている。
メイドさんがチョコソースで絵を描いたり、目の前で茶葉をブレンドをしたり、ストローが二本立っていたり。
ただひとつ、僕の『冒涜的に普通のブレンドコーヒー』だけは例外だったが。
「ご主人様、お砂糖はおいくつですか?」
「えっと、僕は何も入れないので……」
「羽月部長、そこは入れて貰うところっす!」
小声で月野君が教えてくれるも後の祭り。
僕のコーヒーはどこまでも果てしなく普通のコーヒーだった。
やがて。
「ショートライブの時間ですっ」
金髪巻き髪のメイドさんがステージに立って宣言する。
左右からひとりずつのメイドさんが登場すると、三人で人気アイドルユニットのヒット曲を歌い始めた。
「凄いですね、振り付け完璧ですね」
立花さんが目を丸くする。
「はい、オリジナルを見て自分たちに合うように少し振りを変えてます」
「それって全部メイドさんが考えるんですか?」
「勿論です。皆様に見て戴くんですから、一生懸命です」
聞いていると、歌詞も店に合うように少し変えている。いわゆる替え歌だ。
「彼女達のオリジナル曲もあるんですよ。まだ一曲だけですけど」
「これって、もうれっきとしたアイドルですね」
僕の言葉に眼鏡っ子のゆゆちゃんはステージを見る。
「はい、彼女達はアイドルですよ。本人達もそのつもりです。全然メジャーじゃないですけどね。だから、是非応援してあげてください」
「ぐみちゃ~ん!」
常連さんと思われる人たちが手に手にサイリウムを振りながら声援を送っている。
「先輩もどうっすか?」
星野くんが僕にサイリウムを二本手渡してくれた。
「どこに持ってたんだ、月野君!」
「秘密っす。ほらみんなの分もあるっす」
彼はサイリウムをテーブルに並べると、自分も二本光らせて両手で振り始める。
「じゃ、あたしも使うねっ」
「あかねもやってみるですっ」
やってみるとこれが結構楽しい。
単にメイドさんを応援するってだけじゃなく、応援する僕たちの連帯感も生まれると言うか、応援行為自体が楽しいというか、ともかく悪くない。彼女達も歌いながら各テーブルを回って握手したりとか、サービス精神満点で堂々としたものだ。
「弥生先輩、意外と面白いですね」
「そうね繭香ちゃん。一種のお祭りねっ」
お飲み物のお値段は普通の喫茶店よりそれなりに高かったけど。
みんな笑顔で店を出た。
「部長、また来たいっすね」
僕らはまた科学館に向かいながら。
「だね、月野君。次は二人で来うようか」
「勿論っす!」
「さっきから二人で何をひそひそ喋ってるのよ!」
「あっ、小金井。何でもない、何でもない」
「翔平くん、誰か可愛い子でもいたの?」
「羽月先輩、そうなんですかっ?」
「いや、そう言うじゃなくって。な、月野君」
「そうっす。男には男の世界があるっす」
何故か膨れっ面の女性陣の中で、深山さんだけが意味ありげに笑っていた。




