第8章 4話目
「なかなか難しいもんだな」
その夜、僕は自分の部屋で独りごちる。
新聞小説のアイディアは結構自信あったんだけどな。
「はあっ」
主人公に魅力が足りない、か。確かにその通りだよな……
トントン
「お兄ちゃん、今いい?」
「桜子か、どうした?」
「何か忘れてない」
「えっと……」
「昨日見るの忘れたでしょ?」
「あっ、あれか!」
僕は居間に下りると録画しておいた『お兄ちゃんなんて、いますぐ逮捕しちゃうからねっ』を再生する。
「はいっ、お茶と抹茶羊羹ですよ、お兄ちゃん」
「ありがとう」
桜子のサービスは日に日に向上していた。
勿論、小倉くんの妹に「わたしって優しい妹」ってアピールするためだ。
ありがとう、小倉くんの妹。
やがて番組の本編が始まる。
「おめでとうございますっ! 優勝はお兄ちゃんです」
「って、お前な……」
「はいっ、賞品は勿論わたしですよ、お兄ちゃん」
「何を言ってるんだ妃織。この競争、参加者は僕ひとりじゃないか」
「でも一番はお兄ちゃんでした。さあ、いますぐわたしを貰ってください!」
いつものように兄への愛情を爆発させるブラコンの妹・妃織。
しかし現実世界では、妹に疎まれる兄の方が多いと思うけど。
そう言う意味では僕は恵まれているのかも知れない。
やがて、番組が終わって。
「ああ、面白かった~」
「でもこれ、来週で最終回だよね。どうオチがつくんだろう?」
「きっと結ばれるんじゃないかな、妃織ちゃんとお兄ちゃん」
「僕は今のドタバタな毎日が続いたままに三千点」
冷めたお茶に手を伸ばすと桜子が立ち上がる。
「入れ直してくるね」
そう言って湯飲みを持って立ち上がった桜子は少し嬉しそうに。
「今日、小倉くんの妹さんと話をしたよ。」
「よかったじゃん」
「七穂ちゃんって言うんだ。委員会の前に書類持って歩いてたら半分持ってくれたんだ。いい子だよ!」
桜子は僕に話を聞いて欲しかったんだろう。そのあと暫く勝手に喋り続けた。
七穂ちゃんは桜子が球技大会で活躍していた様子を見ていて、尊敬してるって言われたこと。小倉くんの事を一回戦で負けて恥ずかしい兄だって言ったので、小倉くんがどんなに仲間想いか力説したこと。七穂ちゃんはブラコンじゃないけど小倉くんとの仲はいいらしいこと、等々。
「それから小倉くん、NZK49ersのみかりんが好きなんだって!」
「それって着ぐるみを着たアイドルのことか?」
「ロコドルです」
「着ぐるみ着たアイドルのファンって。そんなの、どこがいいんだ?」
「お兄ちゃん知らないの? みかりんのトークはとっても面白いんだよ!」
「へ~」
トークが面白いだけのアイドル? 正直僕にはまだ理解出来なかった。
* * *
「いってらっしゃ~い! お土産期待してるね~!」
週末の土曜日がやってきた
僕は桜子に手を振って家を出る。
今日は朝から部員達がピックアップした地元・名崎のおもしろスポットを探検、じゃない、取材みたいなことをする日だ。
曇ってはいるけど、雨の心配はないらしい。
待ち合わせ場所である科学館に着くと小金井と大河内それに深山さんと月野君が談笑していた。
「ごめん、待った?」
「いや、まだ五分前だし、繭香ちゃんもまだだし」
「よかった。しかし、ここのプラネタリウムってそんなに人気があるの?」
「最近出来たばかりだからね。それに毎月テーマを決めて内容が変わるのも売りかな」
プラネタリウムは今年鳴り物入りで科学館に併設された。今日はこのプラネタリウムを取材したあと、デパートの屋上遊園地、スイーツバイキング、そしてメイド喫茶を回ることにしている。
「そろそろ時間っすね」
「繭香ちゃん遅いわね」
「あの~ 繭香さんは、果たしてここに辿り着けるんでしょうか~?」
「あっ、そう言えば!」
「その設定忘れてた!」
僕と小金井、大河内が顔を見合わせ頭を抱える。
ここ二ヶ月ほど問題なかったから忘れていたけど、彼女は想像を絶する方向音痴だった。
同じ場所に五回は行かないと覚えきれないと自信満々に言うほどに。
「しまったわ。駅で落ち合ってくればよかったわ! ちょっと電話してみる!」
小金井が携帯電話に耳を当てる。
「あっ、繭香ちゃん、今どこ? えっ、迷ってる? だからどこ? 自分の場所が分からないから迷ってるっんだって? そりゃそうだ」
僕と大河内は顔を見合わせ、大きな溜息をつく。
「じゃあ今、目の前には何が見える? 自由の女神? 繭香ちゃんパスポート持って飛行機に乗ったの?」
事情を知らない深山さんと月野君が心配そうに小金井を見つめる。
「えっ、何? 少し歩いたらマーライオンが見えてきた? 水を吐いている? 繭香ちゃん、あなた異世界にトリップしてるわ! ともかくその辺の人を捕まえて名崎市の科学館への行き方を聞くのよ!」
意外と冷静だな、小金井。
「えっ、人間は歩いてない? マンモスなら歩いてる? 繭香ちゃん、あなたタイムトリップもしてるわ!」
凄いな。携帯電話って時間を超えた過去の世界とも話せるんだ。
あれか、プラチナバンドとかダイヤモンドバンドとかの最新技術で繋がるのか?
「えっ、何、次はカニ星雲が見えてきた? その先に棒状の渦巻銀河も見える?」
最新技術凄い。携帯の分際でカニ星雲にも繋がったぞ。凄すぎる。
「分かったわ。繭香ちゃん、そのまま待ってて。いいわね」
そう言うと小金井は電話を切る。
「さ、もうすぐ開演よ。並びましょう!」
「えっ。弥生先輩、繭香はどうするですかっ?」
「そうっすよ、置いていくのは可哀想っすよ」
「銀河の果てまで飛ばされてるかもですよっ」
「問題ないよ。きっと大丈夫だよ、さあ並ぼう」
何となくオチが読めた僕も小金井の後に続いた。
朝一番の回だけど約四百席あるプラネタリウムの席はほぼ満席らしく長い行列が出来ていた。席は指定だから急いで並ぶ必要はないのだが。
開場時間になり入り口のドアが開く。みんな整然と前に進む。
そして。
僕らが入り口のドアを通過した瞬間、小金井に何者かが飛びかかった。
「弥生先輩、ごめんなさいっ!」
「やっぱりね。繭香ちゃん、ここにいたのね。しかしあなた、どうやって開演前のプラネタリウムに潜り込んだの?」
「全然分からないんですっ。道が分からなくなって、気が付いたら突然周りが暗くなったかと思うと、「リハーサルでーす」とか声がして……」
「まあ、いいです~ 席に着きましょうか~」
開演のブザーが鳴る。
「今、私達人類は、この広い地球上のあらゆる場所に住んでいます……」
ナレーションと共に全天のスクリーンにはニューヨークの自由の女神が映し出され、プログラムは始まったのだった。




