救出しました。
王宮内にあるジュード殿下の部屋の鏡から転がり出ると、真っ暗だった。
殿下が小さな炎を灯すと、お互いの顔が見えるくらいの明るさになる。
騎士団の治療室には鏡がない。
忍び込むにしても、治療室の前には見張りがいるはずだ。
「いっそ、小火騒ぎでも起こすか」
殿下が物騒な呟きを漏らす。
「そ、それはダメですよ! 大騒ぎになるんですから……」
ジュード殿下なら小火騒ぎを起こすどころか、王宮ごと丸焼きにするくらい容易くできるだろう。
でも、それじゃあ、破壊の魔王ルートまっしぐらになってしまうわ!
な、何とか阻止しないと……。
私は必死に頭を絞って考える。
「ええっと、それなら……騎士に成りすますっていうのはどうです?」
「……悪くねぇな。じゃあ、そうするか」
殿下があっさり私の提案を受け入れてくれたので、ホッとした。
◇◇◇
騎士団の本部がある建物内には、鏡を使って移動する。
出た場所が男子トイレだったのはちょっと気まずい。
でも、今は非常事態だから仕方ないわ!
タイミングよく現れた騎士見習いの二人を気絶させて服を拝借し、男子トイレを出た。
治療室に向かうと、入り口に見張りの騎士が立っている。
殿下と私が中に入ろうとすると、「おい、待て」と呼び止められた。
私はドキッとして背筋をピンッと伸ばす。
「何の用だ? 治療師は不在だぞ。訓練場の方に行っているからな」
「取り調べ中の男の治療が終わり次第部屋に移すよう、エヴァリー騎士団長に命じられたので来たのですが、何か問題が?」
ジュード殿下は平然とした顔で答える。
私はできるだけボロを出さないように後ろに隠れていた。
不自然に目が泳いでしまうわ……。
「騎士団長に? そんな指示は聞いていないな」
「それは、騎士団長に確認してください。俺たちでは分かりません」
「まあ、いい。後で確認する」
騎士は面倒そうに言って、中へと通してくれた。
治療室の中に入ると、薬品や薬草の匂いが漂っていた。
ベッドに寝かされいるのは、ルシアンさんだけだ。
額や首、腕には包帯が巻かれていて、頬にもガーゼが当てられている。
「ノース先輩!」
私はベッドに駆け寄って、眠っているルシアンさんの顔を覗き込む。
治療は受けているみたいだけど、傷や痣はそうすぐには消えないのだろう。
それだけひどい目に遭わされたという事だ。
これは間違いなく、鬼畜騎士団長の所業!
許せない……ルシアンさんの恨み、晴らさではおくものか……。
夜な夜な、藁人形に五寸釘を打ち付けて呪ってやるわぁ~~!!
とくに藁人形の足の小指の辺りを念入りにトンカチで殴ってやる。
クフフッ、小指をぶつけた時の痛みに悶えるがいい……。
私が邪悪な顔で笑っていると、殿下にベシッとチョップされた。
「その顔、怖えーよ!」
「で、でも、ノース先輩がぁ!」
「死んだわけじゃねーだろ。おい、ルシアン。起きろ!」
殿下は目を閉じているルシアンさんの頬を叩く。
気だるそうに瞼を開いたルシアンさんは、私と殿下を見るなり渋面を作った。
「王都には来ないように伝えたはずですよ……」
声がちょっと掠れていて辛そうだ。
包帯を巻いた額が疼くのか手で押さえている。
「お前も、捕まってんじゃねーよ。それより、時間がないんだ。気付かれる前にさっさと逃げるぞ」
「できれば、もう少し休んでいたかったんですがね」
「ここに残っていたいなら、止めねーぞ」
「最悪ですよ……メガネを壊された」
体を起こしたルシアンさんは、思い出したように顔に手をやる。
「いくらでも買えばいいだろ。おい、メアリー。鏡、用意してんだろうな?」
「も、もちろんですよ!」
私は服の中に隠しておいた大きめな手鏡を取り出す
その時、人声が聞こえて扉が開いた。
治療室に入ってきた相手の顔を見た途端、私は手を滑らせて手鏡を落としてしまった。
鏡がパリンと砕ける音が治療室に響く。
エヴァリー騎士団長は私をまず見てから、ルシアンさんに肩を貸している殿下に視線を移す。
に、逃げる手段だった鏡がぁ~~!!
動揺する私の額から冷や汗が垂れてくる。
殿下もグッと表情を強ばらせていた。
騎士団長の後から、扉の外で見張りをしていた騎士も入ってくる。
「その者を他の部屋に移すよう、騎士団長に指示されたというのですが……」
騎士が騎士団長にそう報告していた。
これは、ルシアンさん救助作戦、失敗だわ……。
三人とも捕らえられて、地下牢か、拷問室行きだろう。
ルシアンさんも諦めたように息を吐いて目を伏せていた。
「……治療が終わったのなら、いつまでも治療室にいる必要はないだろう。さっさと連れて行け」
エヴァリー騎士団長はそう言うと、背を向けて治療室を出て行く。
ジュード殿下は不可解そうな顔をして、その後ろ姿を目で追っていた。
ジュード殿下や私に気付いていないはずはないのに。
私たちは顔を見合わせる。
もしかしたら罠かもしれないけれど、逃げるチャンスは今しかない。
私と殿下でルシアンさんを支えながら治療室を出る。
騎士団本部の建物を出て、ジュード殿下の部屋へと急いで戻った。
「……どうする? 公爵家に送るか?」
殿下がルシアンさんに尋ねる。
「いいえ……あそこには戻りません。一緒に行きますよ」
立っているのが辛いのか、ルシアンさんは殿下に寄りかかっていた。
「いいのか? 後悔する事になるかもしれないぞ」
「今さら後悔などしませんよ」
ルシアンさんは小さく笑う。
「そーかよ」
殿下はルシアンさんの体をしっかりと支え、片腕を私の腰に回す。
「じゃあ、行くぞ」
「は、はいっ!」
私は返事をして、二人を連れて鏡の中に飛び込んだ。
◇◇◇
転がり出た場所は、あの墓地の教会だ。
痛そうに呻いていたルシアンさんが、顔を上げて教会を見回す。
幽霊たちが集まっているのを見た途端に顔が青くなり、凍りついたように硬直していた。
リリーが心配そうにルシアンさんの顔を覗き込んで、包帯を撫でようとする。
ルシアンさんは小さな声を漏らし、パタンと横に倒れてしまった。
「ノ、ノース先輩。しっかり~~!」
揺すってみたけれど、完全に気を失っている。
リリーは宙に浮かんだまま、泣きそうな顔でオロオロしていた。
驚かすつもりは少しもなかったのだろう。
「だから、言っただろ。後悔しないのかって」
殿下は腕を組んで、クッと笑っていた。
「そんな事を言ってないで、ノース先輩を起こすのを手伝ってくださいよ!」
「放っとけ。そのうち起きるだろ。起きた途端に、また気を失うかもしれねーけどな」
他の幽霊たちまで集まってきて、ルシアンさんの顔を覗き込んだり、顔をつついてみたりしている。
これは、気を失っている方が幸せかもしれないわ……。
◇◇◇
「なぜ、逃げる先が墓地なんです……」
目を覚ましたルシアンさんは、膝を抱えて小さくなっている。
幽霊たちはルシアンさんを怯えさせないように気を遣っているのか、できるだけ離れて見守っていた。
「仕方ねーだろ。時計塔は見張られるだろうし、自警団の塒も潰されてんだ。我慢しろ」
ジュード殿下は荷物袋からお酒の瓶やパンの入っているバスケットを取り出して、手際よく夕食の準備をする。
携帯用の小さな鍋で温めたワインに、リンゴや生姜を入れてホットワインにしていた。
夏も終わり近くなり、夜の風も冷たくなっている。
切ったパンにチーズとベーコンを挟んで火魔法でちょっと炙ると、香ばしい匂いが漂ってきて、私はスンスンと鼻を動かす。
ちょっとずつ近付いてきていた幽霊たちは、殿下に睨まれるとすぐに引っ込んでいた。
リリーは私の背中にひっついて、興味深そうに覗き込んでいる。
殿下が渡してくれたカップとパンを受け取り、「いただきます!」と手を合わせた。
パンを囓るとカリッと焼けていて、チーズが蕩ける。
ホットワインはほんのり甘くて、リンゴの酸味と香りが加わり飲みやすい。
それに、生姜のおかげでお腹がじんわりと温かくなった。
「殿下、殿下。すごくおいしいです!」
「そーかよ……おい、ルシアン。お前も食っとけ」
殿下は赤ん坊の幽霊にくっつかれてゾワゾワしているルシアンさんにも、カップとパンを渡す。
「そういえば、この墓地はなんでアンデットが出ないんです?」
私は首を傾げる。
王都中の幽霊がこの墓地に集まってきたのも、アンデットが出ないからだ。
そのため、騎士団もあまり見回りにやってこないらしい。
「俺たちがこの墓地に埋められていた偽物の死者の石を回収したからだろ」
「自警団と葬儀屋に頼んで、定期的に墓を調べてもらっていますからね」
「な、なるほどぉ~~」
私は分かったような顔をして、頷いておく。
「他の墓地は調べる前に、騎士団が自警団の取り締まりを始めたからな……」
埋められていた石を回収する事ができなかったのだろう。
そのため、アンデットが頻繁に現れる事になったみたいだ。
「本当、役に立たねえ……邪魔ばかりしやがって」
殿下はそう言って顔を顰める。
自分の分のホットワインもカップに注いで、パンを囓っていた。
「騎士団長様は……どうして、私たちを見逃してくれたんですかね?」
私はカップを見つめて呟いた。
「……泳がせて、他に協力者がいないか調べるつもりだったのかもな」
鏡を使ったから、足取りは追えないだろう。
「自警団に接触するのも止めた方が良さそうですね」
「となると、この教会に隠れているしかなさそうだな」
「首飾りを取り戻すんです?」
話をしているルシアンさんと殿下に、私は尋ねた。
「ああ……回収して墓に戻すって約束だ」
亡霊の王様たっての願いだ。
それに、怨念の宿った首飾りなんて、災しかもたらさない。
「……騎士団の内部で、対立が起きているようでした」
「対立?」
ジュード殿下が、ルシアンの顔を見て眉を潜める。
「ええ。どうやら、エヴァリー騎士団長に対する批判が高まっているようでした。騎士たちが不満を漏らしていましたから」
ルシアンさんの話では、ユーイン殿下が騎士団長の知らないところで、一部の騎士を勝手に動かしてるらしい。
それによって、騎士団内に騎士団長派閥と、ユーイン殿下派閥ができているそうだ。
「私を捕らえたのも、エヴァリー騎士団長の指示ではなく、ユーイン殿下の命令を受けた騎士団員によるものだったようですね。はっきりとは覚えていませんが……エヴァリー騎士団長と騎士団員が揉めている声が聞こえました」
「……となると、俺たちを逃がしたのもそれが理由かもな」
「ど、どういう事なんです?」
私はよく分からなくて、二人の顔を見る。
「エヴァリーはルシアンに手を出す気はなかったという事だ。だが、騎士団員が勝手に動いて捕らえて、しかも拷問にまでかけた。これがノース公爵家の耳に入ればただではすまない。今、ノース公爵家と王家が対立するような事は避けたかったんだろうよ。だから、あいつは早くルシアンを解放したかった」
「そ、それじゃあ、ルシアンさんにひどい事をしたのは……騎士団長様じゃないんです?」
「そういう事だ。じゃなかったら、俺たちを見逃さない」
私は噛みしめたパンをゴクンッと呑み込んだ。
危うく、助けてくれた人を勘違いで呪ってしまうところだったわ!
エヴァリー騎士団長様にいい事が起こるように、心の中で祈っておこう。
神様、どうかエヴァリー騎士団長の足の小指を守りください!
不慮の事故で机の角や椅子の角にぶつけたりしないように。
でも、それなら、いったい誰に恨みをぶつければいいの!?
ユーイン殿下の命令だというから、ユーイン殿下?
私はローストビーフサンドを分けてくれた心優しい殿下の顔を思い浮かべて、プルプルと首を振った。
ダメだわ。私にはユーイン殿下の小指を呪う事なんて……できないわ!
でも、ルシアンさんを鞭でビシバシしばいたヤツは絶許よ。
野良犬にお尻を噛まれてしまえばいい。いいえ、それくらいでは温いわ。
拷問台に手脚をくくりつけて自由を奪った後、体中のムダ毛というムダ毛をピンセットでジワジワと引っこ抜いてやるわ!!
全身からブワッと恨みのオーラが溢れ出す。
「また、変な事考えてんだろ」
殿下に頭を押さえられて、私は「グフッ」と声を漏らした。
「だ、だって、許せないじゃないですか……ノース先輩をいたぶった人には思い知らせてやらないと……」
「呪うのは後にしろ。先に首飾りの回収だ」
そうだったわ。ルシアンさんを助けて、首飾りを回収する。
それが今回、私たちが王都にやってきた目的だ。




