恋愛ゲームは場違いすぎる。
私は突然、目の前に広がった煌びやかな世界に、面食らって気を失いそうになった。
ここは、ど、どこですか……。
すみませんが、どなたか状況を分かりやすく説明していただきたいのですか!
革のバッグを抱き締めて、キョロキョロする。
品のあるダークグレーの制服を着た生徒たちが、続々と宮殿の如く立派な建物へと入っていく。
みんな、明るい表情で、楽しそうに笑い合っていた。
ハッとして自分の格好を見れば、同じ制服だ。
手足は長いけれど、ゴボウのように細い。肌は我ながら不気味なほど青白く、長い黒髪が簾のように視界を遮っている。この体は確かに、見慣れた私のものだ。
試しにウネウネと手足を動かしてみると、可動域にも問題ない。この体はかなり柔軟だ。
通り過ぎる生徒たちが、「何あれ……」、「気持ち悪!」と、囁きながら逃げるように避けていく。
それもそうだ。私はちょっと前まで、ホラーゲームの中にいた。
それも、ホラーゲームの亡霊役として生み出された存在だ。『赤い鏡のメアリーさん』という都市伝説を元にしたホラーゲームだ。現代が舞台で、メアリーさんは鏡から鏡を移動して現れる。鏡から出現するシーンがあまりにも怖いと、評判になったくらいだ。
あれは、頑張って練習したからなぁと、私は自分の小さな苦労を思い出して鼻の下を指でこする。
なんて、思い出に浸っている場合じゃない。
私はゲームの亡霊役として生み出された存在だ。
けれど、その『赤い鏡のメアリーさん』は人気が凋落し、ゲーム会社も破産したため、サ終になった。
私はそのまま、ゲームと共に消滅するはずだったのに。
気付けば、この場違いなキラキラ世界の真ん中に立っていた。
ここは、どこ?
さっぱり見覚えがない世界に、動悸が激しくなってくる。
そもそも、こんな明るい日の光の下にさらけ出された事なんてないのに!
日差しで溶ける。眩しくて目が潰れる! 日光、怖い!!
陽のエネルギーが襲いかかってくる~~~~!!
私は気分が悪くなり、フラフラと日影を求めて大きな木の陰に移動する。
そしてゼーゼーと息を吐きながら、木の幹に手をついた。
確認しないと……。
まず、私『メアリー』は亡霊である。いや、あったはずだ。
けれど、確認してみたところ、手足はちゃんと触れられる。透けてはいない。
そもそも、私がいたホラーゲームの設定では、メアリーさんは日暮れからしか現れない。
こんな朝っぱらから、姿を見せたりはしなかったのだ。
「私……ぼ、亡霊じゃなくなっている?」
もしかして、ゲームがサ終になって、別のゲームにでも移植?でもされたのだろうか。
それとも、おかしなウィルスにも感染してバグが発生!?
よく分からないけれど、この世界が私の知っている『赤い鏡のメアリーさん』ではないのは確かだ。
ホーラーゲームが、こんなに明るくキラキラしている訳がない!
とにかく、ここがどこで、私が誰かなのか、確かめないと……。
情報収集が必要。けれど、そのためには誰かに話しかけなければならない。
私はのそっと顔を上げて、簾のような髪の隙間から別世界に生きる生徒たちを眺める。
「……話しかける?」
今まで、話しかけるといえば、背後から忍び寄り耳元で囁いたり、電話越しに奇怪な笑い声を聞かせたりするばかりだった。そもそも、亡霊に話しかけられて平気でいる人なんていない。みんな悲鳴を上げて逃げていくばかりだった。
その私が、話しかける?
ここにいる人達に!?
こ、怖い……。
私は鞄を抱き締めたまま、ブルブル震えた。
今までは、私がみんなを震え上がらせる役だった。けれど、今は違う。
私にはキャハキャハ笑って歩いている人たちが、ゾンビの群れに等しく思える。
「……あの、大丈夫? 気分が悪そうだけど」
不意に声を掛けられて、私は「ひいっ!」と声を迸らせた。
素早く木の幹の裏に隠れて顔だけを覗かせると、困惑した顔の少年が立っていた。
ひええええっ、美少年!!!!
サラサラの金髪でブルーの瞳が印象的な、いかにも王子様風の男の子だ。
私は直視できずに目を手で覆った。
なんて美形!! こんな顔立ちの人、ホラーゲームの中には一人だっていなかった。
容姿端麗で、瞳はお星様が宿っているように輝いている。
全身に纏った光のエネルギーに当てられて、吹き飛ばされて消滅してしまいそうだ。
この人は間違いなく光属性!
死んじゃう……いや、もう死んじゃってたし、亡霊だったんだけど。
私はフラッとよろめいて、両手と膝を地面についた。
「君! 大丈夫かい!? 本当に具合が悪いんじゃ……医務室に行こう」
光の王子様は汚れるのも気にせずに膝をつくと、私を支えて立たせようとするように手を伸ばしてくる。
「まぁ、ご覧になって! ユーイン殿下が、あの女子生徒にお声を!」
「何ですの、あの陰気の塊のような女!」
「ユーイン殿下が汚れてしまいますわ!」
途端に離れたところから、騒がしい声が聞こえてきた。女子生徒たちが足を止めて、すごい形相で睨み付けている。今にもボロ雑巾のように捻ってやりたいというような思念を感じて、私は震え上がった。
「……け、結構です……かまわないでください……というか、あっち行ってください!!」
私は急いで立ち上がり、彼の手をはね除けるようにして逃げ出した。ポカンとしている殿下は、すぐに女子たちに取り囲まれていた。中にはハンカチを差し出している生徒も見えた。
あの光の王子様はユーイン殿下と言うらしい。
ん? そういえば、どこかで聞き覚えが。
私は必死にその名前を記憶の中から捜し出す。
ようやく一際陰気な、枯れ草に覆われた裏庭に辿り着いたところで立ち止まった。
ここまでくれば大丈夫だろう。草木が鬱蒼と茂っていて、生徒は私以外にいない。
「ユーイン……アッシュクロフト……?」
私は暗い日影に立って、アリの行列が這う地面を見つめる。
それは大手ゲーム会社が出している大人気の恋愛ゲーム!!
ゲームイベントで、一度コラボした事があるから間違いない。
そのメイン攻略キャラの一人の名前が、ユーイン=アッシュクロフト。ゴートア王国の第三王子だ。
まさに光属性の魔法を得意としていて、アンデット系モンスターを薙ぎ払う。
私は震え上がった。
「私の…………天敵!!」
絶対、近付かないようにしよう。けれど、これでようやく分かった。
私は恋愛ゲームに移植? 転生? とにかく、入り込んでしまったらしい。
「なんで…………よりにもよって、恋愛ゲームに…………」
こんな世界に入り込んでしまって、ホーラーゲームの亡霊役の私に何をしろと!?
もしかして、私はヒロインや攻略対象に打ち倒される雑魚キャラの一人として召喚されたのだろうか。
いくら、『赤い鏡のメアリーさん』がサ終したからといって、そんな扱いはあんまりだ。
開発者(神)様、どうしてこんな仕打ちを…………!!
今まで一生懸命、亡霊役をこなしてきたというのに。
私は跪いて、嗚咽をもらす。
せめて、別のホーラーゲームに召喚してくれていたなら、活躍の場もあっただろう。
でも、ここは恋愛ゲーム。私の出番なんてない。
嘆いている間に、始業時間を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
「そこの生徒。早く教室に戻りなさい!!」
窓が開いて、メガネをかけた女の先生が顔を出し、厳しい口調で命令する。
「は、はい、ごめんなさい!」
教室に戻れと言われても……。
私は自分が何者かも知らないし、どこの教室に向かえばいいのか知らないのです。先生!




