第12話 仮説は、刃になる
「この国には、欠点がたくさんあります」
夕刻。城壁の上。
風が強く、旗が音を立てていた。白石快人は、外を見ながら言う。
「まず軍事」
フィリアがぴくりと反応する。
「騎士団は強い。これは事実です。でも――戦争になったら負けます」
「……」
即座に反論は来ない。来ない、というより。できない。
「数で押されたら終わり。補給線を断たれたら終わり。長期戦になったら、確実に消耗負けです」
フィリアは唇を噛む。
分かっている。だからこそ、守りに徹してきた。
「……それでも、我々は戦ってきた」
絞り出すような声。
「ええ。だから今は生きてる」
快人はあっさりと肯定した。
「でも、未来は別です」
沈黙。
風の音だけが響く。快人は振り返る。
「ただ」
指を一本立てる。
「いいところもあります」
フィリアが顔を上げる。
「……何だ」
「人」
一言。
「この国の人間、真面目です」
「……」
「宰相は例外でしたけど」
苦笑。
「現場の兵士も、商人も、文官も。基本的に誠実で、ちゃんと働く」
これは大きい。とてつもなく大きい。
「組織って、これが一番大事なんですよ」
フィリアは少しだけ考える。
「……確かに、不正は少ない」
「でしょ?」
快人はにやりと笑う。
「つまり」
パン、と手を叩く。
「素材はいい」
「素材?」
「はい。問題はレシピです」
フィリアの眉が寄る。
「料理の話か」
「似たようなもんです」
快人は歩きながら、次々と言葉を投げる。
「エレベーターピッチでいきますね」
「……何だそれは」
「短く要点だけ話すって意味です」
そして指を立てる。
「一つ。騎士団の教える力を売る」
「前にも聞いたな」
「二つ。甘味で士気と資金を回す」
「それもだ」
「三つ。流通のボトルネックを潰す」
フィリアの頭が追いつかない。
「四つ。外貨の入口を一つに絞る」
「五つ。意思決定を速くするために、非公式ラインを作る」
「六つ――」
「待て!」
ついにフィリアが叫んだ。
「多い! 多すぎる!」
頭を押さえる。
「煙が出そうだ……」
本当に出そうだった。快人は笑う。
「全部やりませんよ」
「……は?」
「優先順位つけます」
さらっと言う。
「今やるのは一つ」
フィリアが顔を上げる。
「どれだ」
快人は一瞬だけ間を置いた。そして、静かに言う。
「外と繋ぐ」
風が止まる。
「この国は閉じてる」
「……守るためだ」
「結果、詰まってる」
否定しない。ただ事実を置く。
「だから」
快人は城壁の外を指す。
「最初の一手は、外です」
フィリアは目を細める。
「具体的には」
快人は笑う。
「近隣都市に、騎士団のお試し指導を売り込みます」
「……売り込み?」
「はい。営業です」
また知らない言葉。
だが――意味は多少は分かる。
「そんなもの、受けると思うか?」
「受けさせます」
即答。その迷いのなさに、フィリアは一瞬だけ言葉を失う。
「どうやってだ」
快人は肩をすくめる。
「そこが腕の見せ所です」
にやり。その顔は、完全に何かを企んでいる顔だった。
◇
「そろそろ実行に移しますよ」
城内の廊下。快人は歩き出す。
「おい、待て」
フィリアが追いかける。
「まだ会議も通していない!」
「通りませんよ」
「なに?」
「だから先に結果を作るんです」
振り返りもせず言う。
「結果があれば、後から全員賛成します」
「そんな都合のいい話が――」
「あります」
断言。フィリアは足を止める。
この男は。いつもそうだ。無茶を言っているようで。どこか、現実的だ。
「……どこへ行く」
快人は振り返る。その目は、まっすぐだった。
「まずは一件」
指を一本立てる。
「小さく勝ちます」
それがすべての始まり。弱小零細王国アストレア。国家未満のこの国を。動く組織に変える。
その第一歩。
フィリアは息を吐いた。
そして――
「……分かった。付き合う」
剣を軽く叩く。
「だが無茶はするな」
「保証はできません」
「する気がないな!?」
二人は並んで歩き出す。夕陽が長い影を落とす。
仮説は、もう頭の中にはない。現実に降りてきた。
そしてそれは。この国を、確実に変え始める。
「さあ」
快人は笑う。
「実験開始です」
アストレア王国再建計画。
最初の一手が、いま放たれた。




