── 本編 ──
川国 慈成我は死んだ。
階段の一番上でふらついた女性を助けたら、逆に自分が落ちてしまって打ち所が悪くて死んでしまった。
慈成我は助けた女性に心底申し訳なく思った。きっと彼女は自分を責めるだろう。彼女は酷い顔色をしていた。きっと凄く疲れていたのだろう。ふらついたのは仕方のないことだし、階段の一番上だったのは偶々で本人の意思じゃないはずだ。それなのに自分がふらついた所為で赤の他人が死んだのだ。きっと凄く思い悩むだろう。本当に申し訳ないことをした。もっと体幹を鍛えておけばよかった。そうすれば彼女を支えきれずに自分が階段から落ちるなんて無様なことにはならなかっただろう。
慈成我は死後の世界で助けた女性のメンタルを心配していた。自分が死んだのは、まぁ、そういう運命だろうと受け入れていた。というか、拒んだところで既に死んでしまったのでどうすることもできない。嫌だと叫んで生き返るのなら叫ぶがそんなことはないはずなので無駄なことはしない。戻らないことに捕らわれても仕方がないので受け入れるしかない。それだけだった。ただ……、やっぱり彼女には申し訳ないなぁと思った。
階段から落ちて、自分の視界に空が映って、あ、これヤバいな、と思った後に頭に衝撃が走った。
そして気が付くと白い世界に居た。
死んだことは直ぐに分かった。手が透けていたし、あの高さから落ちてあの衝撃を受けて、そしてその後にこんな状態になっていたら死んだと思うのが普通だろう。死んでなければ今頃自分は病院のベッドの上で寝ているだけだ。時間が経てば目が覚めるのだから、それまでは『自分が死んだものとして振る舞う』ことも別に何も問題ないはずだ。だから慈成我は先ずは自分が死んだのだとして考えることにした。
「地獄じゃなくて良かった」
そんなことを呟いた慈成我の前に光が落ちてきた。最初はバレーボールくらいの大きさだったそれは徐々に大きくなって人型になった。
そして一人の美しい女性の姿になった。
煌めく美しい桃色の髪と陶器のような肌、西洋の美少女人形のような美しい顔に並んだ不思議な色をした瞳が慈成我の目と合うと、美女とも美少女ともとれる美しい女性は小さな口元を綻ばせて柔らかく笑った。
お、神様だな。
慈成我は本能で悟った。信心深い人生ではなかったが神社などには行っていたので多神教の国の人間として慈成我は目の前の女性を神の一柱だと思った。
女性……弁天様とかかな……?
慈成我が女性と目を合わせながらそう思った時、女性が口を開いた。
「違いますよ」
その言葉を聞いて慈成我は目を見開いた。
おぉ、心の声が通じている。
「はい。貴方の声が聞こえます」
凄いですね。やはり私は死んだのですか?
「えぇ、貴方は死んでしまいました」
やはり。あの時助けた彼女は無事か分かりますか?
「貴方の助けた女性は無事ですよ」
それは良かったです。それだけが心配だったので。
「貴方は良い人ですね」
いえいえ、普通のことですよ。偶々私が一番近くに居ただけで他の人が側に居たならその人が助けてましたよ。自分が死んでしまってるんですから、そっちの方が大事にならずに済んだでしょうね。
「そんなことはありません。咄嗟に動ける人ばかりではありませんから。貴方が居たからあの方は助かったのです」
そうであれば嬉しいですね。
「ところで。そろそろ口で話しませんか?」
「あぁ、失敬。考えただけで伝わるなんて面白い体験でしたので」
そう言って笑った慈成我に目の前の女性は少しだけ眉尻を下げて笑い返した。そんな女性から視線を離して周りを見渡した慈成我は視線を戻して質問する。
「……死んだ私は何故こんなところに?」
「ここはわたくしの空間です」
「貴女の?
えぇっと…………、貴女はどちら様で……?」
その質問に女性はやっと目当ての質問が来たと言わんばかりに笑顔を深め、慈成我の前でフンワリと浮かんだと思うとその身体が少しだけ光り、そしてキラキラと小さな粒子を飛ばしながら全体で煌めいた。
「わたくしは女神です」
「おぉ、やはり弁て」
「違います」
「わたくしは貴方の世界で言う“異世界”の神です」
それを聞いた慈成我はさすがに驚き、目も口も開いて女神を凝視した。そんな慈成我に女神は微笑む。
「死んだことには驚かないのに、異世界という言葉には驚かれるのですね」
「……いや、そうでしょう。死ぬことは誰にでも訪れますが、異世界なんて漫画や小説の世界でしかないので……」
あぁやはり私は寝ているのか。頭を強く打った影響で変な夢を見ているのだな。普通は三途の川や幽体離脱の夢なんかを見たりするのに私は異世界転生の夢を見るのか……私はそんなに異世界転生ものの作品が好きだっただろうか……?
「違いますよ」
つらつらと考え出した慈成我の思考を女神は笑顔で遮った。え?、っと思った慈成我が女神に思考を戻すと女神は笑っていない目で慈成我をじっと見ながら微笑みを浮かべた口元から説明を始めた。
「これは夢でも幻覚でもありません。貴方は完全に死んでいます。期待を残させてしまうのは心苦しいのでハッキリとお伝えしますが、貴方は完全に死んでいます。直ぐに火葬されて肉体もなくなるでしよう。貴方が元の肉体で目覚めることは二度とありません。これは夢でも幻覚でもありません。
貴方は死にました」
そんな何度も言わなくても……
「えっと……、では死んだ私が何故ここにいるのですか?」
「話が早くて助かります。
貴方がここにいる理由は、わたくしが呼んだからです」
「貴女が?」
「えぇ。貴方にわたくしの世界の手助けをして頂きたいのです」
それはやはり創作によくある
そう慈成我が思考を始めようとした時、女神の眉がピクリと動き、そして口も開いた。
「えぇ、貴方の世界で人気のあった“異世界転生”と考えて頂いてかまいません。そもそもアレが流行ったのも他の異世界からの干渉があったからです。きっと異世界から帰った人も居たのでしょう。わたくしはそちらの世界で亡くなった方しか呼んではおりませんが、転移を選ぶ異世界の神も居ると聞きます。そういう方は帰還を選ぶのでしょうね、貴方はもう帰れませんし、帰る肉体もありませんが」
私は
「わたくしが貴方を呼んだのは先ほどもお伝えしたようにわたくしの世界の手助けをして欲しいのです。わたくしの世界は貴方の世界に比べてまだまだ幼く、人の数も少ない。そして貴方の世界には存在しない魔物が存在します。こればかりはわたくしにもどうにもできず、貴方のような方にわたくしの世界に来ていただいて知恵や能力を貸していただきたいのです。貴方の世界は複雑で深く、そして全ての異世界と繋がるというとても特殊な存在でもあります。わたくしは神と言ってもとても若く、貴方の世界からすれば幼過ぎる。だから助けて頂きたいのです」
すごい喋るじゃん……
「喋らないと貴方とは話が進まないと思いましたので。
貴方の世界の方々は不思議なことに、異世界へ渡るとどんな形であろうとも不思議な力に目覚めます。転移であっても、転生であっても、魂だけ転移する憑依であっても……です。わたくしはどうしてもそのお力を借りたい。折角作ったわたくしの世界を……わたくしの“子”らを、もっと幸せにしたいのです。
貴方は元の世界で死にました。事故です。誰が悪いとかではありません。強いて言うならば『運が悪かった』と、そうなりますね。その事実は代わりません。貴方の世界の神々は不干渉を貫き、平等に全てを愛しております。だから、誰か一人だけ……貴方一人だけ、を特別に生き返らせたりは致しません。ですが、平等だからこそ、『他の世界の神の目に触れて引き抜かれる運』、も穏やかに受け入れて下さいます。ただ死ぬ魂が、新たに異世界の神の元で生き直すことも、貴方に許された自由なのです。
貴方がこのまま死にたいと望むのであれば、仕方がないでしょう。
ですがもしまだ生きてもよいと思うのでしたら、わたくしの世界で生きてください。
貴方が生きることで、新たに生まれる何かが必ずあるでしょう」
そう言って女神は慈成我に手を伸ばした。
握手を求めるように伸ばされたその手をジッと見つめた慈成我は、少しの沈黙の後に、その手を握った。
女神は慈成我の手を取って嬉しそうに笑った。
「歓迎します、慈成我」
「私に何ができるか分かりませんが、まだ生きてよいと言うのなら……私はまだまだ生きていたい」
「えぇ、生きてください」
「貴女の世界で……、もう一度頑張ってみます」
「フフ、……ようこそ、異世界のアナタ。
是非わたくしの世界で人生を謳歌して下さい」
◇
次に慈成我が目を覚ました時には、
目の前には大自然が広がっていた。
目を閉じる前に女神は言った。
『新たな世界に降りた貴方には、貴方の世界で言う“チート”という能力が目覚めていることでしょう。今までの方がそうでした。
そのチートの力で貴方は望むままに自由に生きることができるでしょう。是非その力を使ってわたくしの世界の人々を導いてあげて下さい。でもそれは強制ではありません。貴方が導くに値しないと思ったのならば見捨てていただいても構いません。
どう生きるかは貴方次第です。
貴方がわたくしの作った世界に居るというだけで価値があるのです。ですので何も気負うことなく、自由に生きてくださいね』
自由に……
その言葉を慈成我は噛み締める。
新しく貰ったこの世界の身体は高校生くらいの年齢だった。死んだ自分が三十代後半だったのでだいぶ若返っているが、こういう世界だときっと成人したての年齢くらいなのだろう。子供でもなく大人でもない、生き直すには丁度いい年齢なのかも知れない。
ひとしきり自分の身体を確認してから慈成我は自分の能力に気持ちを向けた。
チート能力。
それは何でもできる魔法の言葉だった。この力があれば神にも悪魔にでもなれるだろう。そんな力……
私はこの力でどう生きようか……
慈成我は気持ちを落ち着かせるように視線を空に向けた。
今は夜だった。
空には無数の星たちが輝いていた。
大きな月が一つに、その奥に小さな月が3つ……
輝く星々は地球から見上げる星空とは全然違う。
視力の良くなった目が大きな星たちの表面の柄さえも脳に映し出す。
美しい……、美しい星たち…………
「な……、なんてことだ……」
慈成我は目を見開いた。
息が止まるほどに驚いている心は夜空から目が離せない。
そして……
「チートがあれば宇宙空間が何でできていようとも無関係なんじゃないか?
……望めばあの月まで行けるんじゃないのか……?」
思った時には慈成我の姿はそこにはなかった。
え?
と女神が言った気がした。
「あぁ……っ!!! 宇宙が直ぐそばにある!!!!」
慈成我は両手を広げて叫んでいた。
涙で歪む視界には……
地球と同じ色をした、知らない星が見えていた。
慈成我は月の上に居た。
「チートがあればロケットなんて要らないじゃないか!?! 距離も時間も関係ないんじゃないのか?!? 私は何処までも行けるんじゃないのか!?!!!!!!」
興奮した慈成我はもう止まらなかった。
チートで自分の身体を守り、無酸素も圧力も磁力も何もかもを無効化して宇宙の中を泳いでいた。
「あぁ、あぁ、あぁ!!!!!
私は、私は宇宙の最果てをこの目で見てやるんだーーー!!!!!!」
そう叫んだ慈成我は宇宙の彼方へと飛んでいってしまった。
自分の星を育てようと考えている女神はその姿をただ唖然として見送ることしかできなかった。追いかけることはできるが説得できる気がしないからだ。
自由に生きろと言ったのは自分なので今更それを違えることは“神”としてはできなかった……
「…………えぇ〜……
なんでみんな外に行っちゃうのよ…………」
女神は半泣きになってその場に崩れ落ちた。
異世界から人を呼んだのは慈成我で4人目だった。しかし4人とも宇宙へと消えて行った。
一人目は昼に転生したにも関わらず、夜になって夜空を見上げた途端に「宇宙が俺を呼んでいる」と言って飛んで行った。
二人目は夜に転生させてしまった所為で慈成我と同じように空を見上げて感極まった後に「異世界の宇宙人って地球に来ているタイプと違うのかな?」とか言って変な乗り物を作って操縦して飛んで行った。
三人目はまた昼間に転生させたので数年は地上に居たが、ある時不意に夜空を見上げて「いや、星の数なんぼあんの?! 異世界で宇宙旅行とかめちゃオモロイやん!!!」と叫んで恋人と一緒に飛んで行った。
そして4人目……
女神は自分の星以外に興味がないのでその異世界人たちの宇宙への興奮の仕方がさっぱり……、さっ、っっっっっぱり理解できなかった。本気で意味が分からなかった。三人どっか行っちゃったけど、四人目はさすがに大丈夫でしょうと思ってたらコレなので、女神はしばし空気の抜けた風船のようにふにゃふにゃになって唖然としてしまっていた。
何が悪かったんだろうか……?
女神には全く分からなかった。
慈成我は、いや、異世界人たちはいったい何処に行ったのだろうか? もしかして宇宙の何処かで出会ったりしているのだろうか……? 宇宙……
宇宙……、宇宙…………って、何……?????
女神は次の異世界人を探す前に地球の文化を知るべく地球の図書館へと向かった…………
知識を得た女神は五人目にちょっと抜けてる女性を選んだ。
四人目までは男性だったので宇宙にロマンを感じてしまったのだろうと気付き、今度はあまり学生時代の成績も宜しくない、彼氏の本命彼女を怒らせてしまって起きた事故で亡くなった女性を選んで転生させた。
女神はコレで自分の世界が少し平和になると思った。
しかし転生させた女性は頭に少しお花が咲いていただけでなく、性に奔放だった為にとある国で異性問題を起こし王位継承権問題を滅茶苦茶にしてしまい、なんと、なんと異世界で処刑されてしまったのだ。
これには女神も頭を抱えた。
何故なのか、何故なのかと。
そもそもなんでチート能力があるのに処刑されているのか、と。
女神は意味がわからずちょっと泣いた。
宇宙に飛んで行った四人の転生者たちはまだ戻ってこない。
ちょっと疲れた女神は自分も宇宙に行こうかな……とか少し思った……
現実逃避から戻っきた女神は次はちゃんとした人を呼ぼうとまた地球の図書館へと籠もった。
女神はまだインターネットの存在を知らない…………
[完]




