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第3話 全員、構えろ!!

 浜芝村から海竜の祠を目指す、武三郎パーティの4人。

 道はやがて、草木の生い茂る磯山道へと姿を変えた。片側には青い海がちらりと覗き、足元からは山から海へと流れ落ちる細い山水がいくつも道を横切っている。 

 時折、現れる濡れた岩肌の足下に気を配りながら、一行は岩窟のある岬を目指して歩を進めた。


 木々の間を抜ける風は、どこかひやりと冷たく頬を撫でる。


「真紅の陰陽師......か」

 武三郎が腕を組みながら呟くと、向日葵が静かに答える。


「黒幕の可能性、充分にありそうね」

 

「俺もそう思うべさ。地鬼(ゴブリン)だけじゃ、三等級の集団を全滅させるなんて、考えられねぇべよ」

 清志郎の声は朗らかだが、目は鋭かった。


「それって……三等級のパーティにいた真紅の陰陽師さんのこと?」 

 あんずが不安げに向日葵の袖をつまむ。


「うん。三等級パーティにいた陰陽師のことよ。断定はできないけど……情報から見ても、何かしら関わっている可能性は高いわね」 

 向日葵はあんずの手をそっと握った。


地鬼(ゴブリン)って聞くと嫌だな……今まで何度もみんなと討伐したけど……うっ、思い出したくない」


 あんずの嫌悪を込めた言葉に、武三郎が静かに口を開く。

 いつもの軽口とは違う、低く重い声だった。


「奴らは異常なほど残忍な思考を持つ種族だ。弱ぇ者を獲物に弄ぶ癖がある」


 あんずがびくりと肩を震わせる。

「3月に討伐に向かった時も酷かったね……」


「そうだな。3月の時も巣穴を襲撃したが、捕虜も生きてきたとはいえ……酷かったからな。奴らは老若男女、誰彼構わず襲いかかる。“命を壊す行為”そのものを楽しみやがる」


 武三郎の目が細くなる。過去の戦いの記憶がちらついていた。

 特に根城を構える徒党の大半は、種族問わず攫っては犯すか、なぶり殺しのどちらかしかない。

 攫われてから救出する時間が長引けば、その危険度はかなり増すのだ。

 3月に武三郎一行が攫われて、1週間経過した冒険者6人パーティを救出に向かった際も、1人を残して惨殺体と化しており、4人も後味の悪さは今でも残る。


「特に徒党を組んだ時の狡猾さは、他の魔物とは比べもんにならねぇ。囚われた者は……誰であろうと無事じゃ済まねぇ。野党の極悪人並みに胸糞悪ぃ」


 清志郎も真剣な顔で頷く。


「初級冒険者の死亡原因の一つに、地鬼によるもんだとあるべ。知識が浅く油断して近づいたら最後……生還率の高い訓練相手になるとは言え、無闇に絡むと悲惨な結末しかねぇべ」


「……何であんな生き物がいるんだろうね?」

 向日葵が嫌悪感を込めて唇を噛む。


「そうだな……何でいやがるんだろうなあ」 

 武三郎は静かに続けた。


「何度も奴らの巣を潰して……生きて救い出された者は僅か。それって運が良いと言ってよいもんかね?後は……」


 言葉を濁す。

 あんずも、向日葵も目を伏せた。


「言葉にできねぇほどの……酷ぇ殺され方をしてやがる。こう言っちゃあ何だがよ、モフ子が逃げたくなる気持ちも少しはわかる気するわ」


 重い沈黙が落ちる。


 あんずは震える声で呟いた。

「……タケくんも恐ろしいと思う時があるの?」


「……当たり前だ、恐ろしいに決まってんだろバカやろー」 

 武三郎は刀の柄に手を置き、祠の方角を睨む。


「少しの油断が命取り。それが冒険者には付き物よ。でもよ……オイラもキヨさんも、モフ子と向日葵のために命を落とす覚悟くらいはあるからよ……だから、絶対に酷え目になんてあわしゃしねぇよ!」


 あんずや向日葵に顔を向けることのない、照れ隠しの後ろ姿ではあるが、力強く何よりも頼りになる言葉だったに違いない。


「馬鹿言わないで。タケの気持ちは凄く嬉しいけど……命を落とすなんてパーティリーダーとして許さないからね!タケもキヨもあんずも全員生還するんだから!」

 戦用の扇子で武三郎を小突く向日葵だが、その表情には仲間想いの彼への感謝が滲んでいた。


「んだな。向日葵な言う通り、暗れぇ話なんてしないで、全員で生還して喜ぶ村人を囲って美味いもん食わねえとな」


 武三郎が鼻で笑う。

「へっ、そん時は上手い酒もあればいうことねぇやな」


「……うん。アタシもタケくん、キヨくん、向日葵ちゃん、村人の人達と美味しいものを食べたいな」


 笑顔で、そして励まして送り出してくれた村人達の顔がよぎる….. 出会って間も無いのに、ましてや見ず知らずの冒険者の自分達に、芝浜村の人達は本当に暖かかった。

 なればこそ、その暖かい場所を守りたい!

 あんずはぎゅっと拳を握るのだった。

 





 祠へ向かう山道の途中。潮風に揺れる草むらの中で、向日葵がふと足を止めた。

「……これ、見て」


 彼女が指差した先には、革の小袋が落ちていた。冒険者が腰に下げる、符や薬草を入れるためのものだ。

 清志郎がすぐに前へ出て、しゃがみ込む。


「ちょい待て。まずは罠だべ」


 彼は草をかき分け、地面の凹凸、糸、仕掛け石、落とし穴の兆候を素早く確認する。忍としての鋭い目が、周囲を一瞬で読み取った。


「……よし。罠はねぇ。安心して近づいていいべ」


 武三郎が頷き、小袋を拾い上げて手のひらで重さを確かめる。

「おそらく、三等級の連中のもんだな。けどよ……」


 清志郎は立ち上がり、周囲を見回しながら眉をひそめた。

「……変だべ。戦った跡が、まるでねぇ」


 確かに、草は踏み荒らされておらず、血痕もない。足跡すら薄く、誰かがここで揉み合った形跡は一切なかった。


 「落とした……ってことじゃないよね?」


 あんずが不安げに口を開くと、向日葵は首を横に振る。

「落としたにしては不自然よ。冒険者が戦闘中に落とすなら、もっと乱れた跡が残るはず。それに......」


 彼女は道の先を指差す。

「ほら、一定の間隔で物が落ちているじゃない。薬草袋、布切れ、矢筒の破片……まるで“道しるべ”みたいに」


 清志郎の目が鋭くなる。

「……誘導ってことだべか?」


 武三郎が険しい顔で頷いた。

「地鬼は狡猾だが、ここまで手の込んだことはしねえ……もしかすると、もっとタチの悪ぃ何かじゃねえか?祠に引きずり込むために、わざと餌を撒いたってわけだ」


 あんずの肩がびくりと震える。

「そんな……じゃあ、三等級の人たちは……」


 向日葵はあんずの手をそっと握り、静かに言った。

「まだ断定はできない。彼らの持ち物が撒かれているとすれば、全滅している可能性は視野に入れないといけない」


 その時、清志郎が草むらの奥を指差した。

「……タケ、あれ……見てみろ」


 そこには、鞘に収められたままの侍刀(さむらいがたな)が落ちていた。

 武三郎が慎重に拾い上げ、鞘を軽く傾けると、鞘口から乾いた黒い血がこびりついているのが見えた。


「……血だな。抜いてみるぞ」

 刀を鞘から静かに抜くと、白刃にもべっとりと血が付着していた。鉄臭い匂いが風に乗って漂う。


「地鬼の血……だと思うが、鞘の血は……わからねぇな」

 武三郎は手拭いを取り出し、丁寧に血を拭き取る。


「刀は侍にとっちゃ己の命だ。鞘ごとほったらかしにする訳がねえ」


 その横で、清志郎が別の落とし物を拾い上げた。

「……数珠だべ。僧侶のもんだな」


 数珠にも血が飛び散っていた。清志郎は広げた手拭いで丁寧に拭き、忍装束の懐にしまう。

「これも返すべ。持ち主がどうなっててもな」


 向日葵は険しい表情で祠の方角を見つめた。

「侍や僧侶が意図して得物を手放すとは到底考えられない……やっぱり、誰かが“意図して”落としているね」


 清志郎が低く呟く。

「俺ら祠さ誘い込もうとしてんだべ?そう考えんのが一番しっくりくるべな」


「アタシ……言っていいかな?」

 遠慮がちに声を掛けるあんずに、向日葵は優しく「うん、いいよ」と答える。


「地鬼は村の魚や果物には、手を出していたけど、今まで村人が手を出さない限り、襲う事はなかったよね」


「言われてみれば……」


「アタシ気になっていたんだ。群れをなしている地鬼が村を襲撃しない理由……黒幕さんがいるとしたら……狙いは私達、冒険者。海竜さんの神域で待ち構え"贄"を求めているんじゃないかって」


 3人の顔がみるみる青ざめ険しくなる。

 武三郎のような荒武者ですら、膝が少し震えていた。


 向日葵も、あんずの言う"贄"を考えないこともなかったが、祠という神聖な場所で、そのような所業を行う者などいないと頭で否定していたくらいだ。


「へっ!ビビって何になるってんだ!上等だ、バカやろー。誘ってんなら、乗り込んでやるっての」

 武三郎は拾った刀を脇差しに収め、短く言い放つ。


「"贄"よこせって言うなら、キヨさん差し出すから"金"よこせって言おう」


 向日葵とあんずは「ぶっ!」と吹き出す。


「タケ!やめなさいって!俺を"贄"に出すとか、"金"出させるとか、相変わらずネタ振ってくんなオメェは!場所と状況考えれ」


「うるせえなコノやろー。相手も訛り酷いから要りませんって言って来たら、祭壇に放り投げてやるからよ」


「やめれや!お前が言うと、本当に放り込まれそうに聞こえるからよ」


 極度に緊張が高まっていただけに、武三郎の毒舌とも言えるネタは、向日葵とあんずのお腹に直撃してしまい、のたうち回るように笑い転げた。


 笑うだけ笑い平静を取り戻すと、祓串(はらいぐし)を掲げ祈りの形を取った。

 そっと目を閉じ、息を整え、祓串(はらいぐし)を左右に振る。


「……和慈なごみの天姫命あまひめのみことよ。どうか、人の子である我らに御身の加護を……」

 風が一瞬だけ止まり、あんずの袖がふわりと揺れた。


 まるで、目視叶わぬ存在が、彼女の祈りに応えるように。


「仲間の命を、どうかお守りください……災厄の影より遠ざけ、我ら迷いし魂を正しき道へ導き給え……」


「……ありがとう、あんず」

 向日葵がそっとあんずの肩に手を置き微笑む。

「うん!」

 あんずも柔らかい笑みで返すと、武三郎も清志郎も、何も言わずに頷いた。


 あんずの祈りと笑顔が、武三郎の毒舌が、4人の極度な緊張と恐怖を払拭したような感じがした。


 そして、互いに頷き合うと、不気味な静けさが漂う祠の方へと歩みを進めるのだった。









「とうとう着いたな……」


 祠は村から小高い磯山道を歩けば30分ほどの距離と聞いていたが、妙に長く歩いたような錯覚に陥っていた。


 潮の香りが村といた時より濃くなり、風に混じって海鳴りが聞こえ始めると、4人の前には、幅の広い緩やかな石畳の下り坂が現れた。


「ここを下れば……祠だべな」 

 清志郎が草を払いながら呟く。


 ゆっくりと降りていくと、視界が一気に開ける。 

 その先には、高波から守るように鋭く突起した高い岩場が欄干のように囲っている。

 そして更に進むと、巨大な巌窟が、まるで口を開けて待ち構えているかのようにそびえていた。


 波が岩肌にぶつかり、低く唸るような音を響かせ、潮風は冷たく、どこか湿った気配を帯びている。


「……ここが、海竜の祠……」 

 あんずが胸元のお守りを握りしめながら呟く。


 巌窟へ続く地面にも、砂地が混じった古い石畳が続いており、長い年月を経て角が丸くなり、ところどころ苔がむしている。


 その石畳の先に、色褪せ、年季の入った鳥居がぽつりと立っていた。


 朱色はほとんど剥げ落ち、木肌がむき出しになっている。しかし、どこか厳かな気配をまとっていた。


「鳥居……ってことは、ここから先は“境内(けいだい)”みてぇなもんか」

 武三郎が刀の柄に手を添えながら言う。


 四人が鳥居をくぐると、巌窟の内部は思いのほか広々とした境内のような空間。

 くぐった瞬間、空気がひやりと変わると、4人の視界の先には、海竜の祠が静かに佇んでいた。


 祠は巌窟の奥に寄り添うように建てられ、潮風に晒され色褪せた木造の社殿が、長い年月を物語っている。屋根は海風で削られ、板葺きの端は白く乾き、ところどころ欠けていた。


 しかし、朽ちているわけではなく、むしろ荒れる海を200年間、見守ってきたような、古社特有の重みと威厳を漂わせている。


向日葵が小さく息を呑む。

「……思ったより、ずっと古いわね」


 祠の前には、潮で白くなった石の狛犬が左右に座していた。

 片方は鼻が欠け、もう片方は苔むしているが、その眼光は今も鋭く、侵入者を睨みつけているようだった。


 清志郎が狛犬の足元を覗き込み、眉をひそめる。

「……砂地にいろんな足跡があるべ。冒険者とも地鬼(ゴブリン)とも判別できないけんども、最近、誰かが、ここさ通ったな」


 祠の扉は木製で、海風で黒ずみ、塩で白く縁取られた独特の風合いをしていた。

 扉の中央には、海竜を象った古い金具が取り付けられている。錆びてはいるが、どこか神聖な気配を放っていた。


 周囲には、岩壁に沿って灯籠台が並んでおり、灯された痕跡もない。

 あんずは祠を見上げ、震える声で呟く。


「……ここ、本当に海竜さまが祀られていた場所なんだね…… 凄く高い神気(じんぎ)を感じる……でも、なんだか、胸がぎゅってなる……」


 武三郎は祠の前に立つと、表情が引き締まった。

「見た目はボロだが……妙に“何か生きてる”感じはするわな。中に何かいるのは間違いねぇ」


「……ここから先が、本番だべな」 

 清志郎が低く呟く。


 向日葵は扇子を握り直し、静かに頷いた。

「気を引き締めていかないとね。この空気……想像以上に普通じゃない」


 あんずは震えながら祠の奥を見つめると、武三郎が一歩前に出る。

「行くぞ。絶対に誰も死なせやしねぇからな」

「うん……タケくんのこと、いつも頼りにしているよ」


 武三郎の言葉と、さりげない気遣いに、不安も幾分か軽くなるあんず。

 4人は祠の前で立ち止まり、静かに息を整えた。


 向日葵が目を細める。

「みんな、少し下がってて」


「向日葵ちゃん……どうするの?」


 向日葵は袖口から小さな呪符を取り出す。

「式神に内部を探らせてみる」


 静かに呪術を紡ぎ始めた。

「影結び、闇に紐解け......急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)黒紐狐(こくちゅうこ)


 向日葵は呪符を地面に向けて静かに落とすと、ぱさりと落ちた護符から“影”が床に黒い水のように広がっていく。


 あんずが小さく肩をすくめる。

「うう……向日葵ちゃん、それ、いつ見ても怖い……」


「何よ今更、私の式神なんて、小さい頃から見ているじゃない。式神は味方なんだから」


 床に広がる黒い影は、やがて、ほどけるように揺らぐと、黒い糸となり、絡まり、形を成し1匹の黒狐が、静かに頭をもたげる。

 輪郭は揺らぎ、尾は影の紐のように分かれて揺れる。翡翠色の瞳が、向日葵の瞳と呼応するように淡く光った。


 式神・黒紐狐(こくちゅうこ)

 “影として溶ける”ことを得意とする隠密式神。

 姿は黒い狐だが、体毛は墨のように黒く、輪郭が“複数に分かれた紐”のように揺れているのが特徴で、暗所、狭所、穢れの溜まりやすい場所などの隠密に適した霊獣として、陰陽師も好んで使う。


「……相変わらず、気配がねぇべ。黒狐さんなら、狭い暗がりで地鬼(ゴブリン)にも気づかれねぇな」

 同じ隠密を得意とする忍の清志郎も感心するほどである。


 黒紐狐(こくちゅうこ)は音もなく向日葵の足元へ寄ると、影の尾で“ちょん”と彼女の脚を撫でた。それは「行ってくる」という合図。


(もぐ)り参る......」


 向日葵の号令と共に、黒紐狐(こくちゅうこ)はすっと影から影へ、糸のように細く伸び、祠の闇へ滑り込むと、やがて完全に姿を消す。


 残されたのは、わずかな霊気と、祠の奥から伝わる“何かの気配”だけだった。


「さて……ここからは何が起きてもおかしくねえ、そろそろ腹ぁ括っとくか」

 武三郎が刀の柄を握り直す。

 あんずは震える手で海竜が彫られているお守りを握りしめ、清志郎は静かに周囲の気配を探る。


 向日葵は意識を集中すると、式神の視界が脳裏に流れ込んでくる。

 その瞬間、向日葵の身体がびくりと震えた。


「向日葵ちゃん!?大丈夫?」

 あんずが慌てて肩に手を添える。


「……平気。今、視界が繋がっただけ……」


 向日葵の瞳は焦点を失い黒紐狐(こくちゅうこ)の視界に意識を集中させる。


 祠の内部は、外からは想像できないほど長い一本道だった。湿った岩肌、滴る水音。


 向日葵の呼吸が緊張で浅くなる。

「……通路の奥……何かいる」


 黒紐狐(こくちゅうこ)が通路を抜けた瞬間、向日葵の肩が大きく震えた。


「っ……!」

「どうした!?」 

 清志郎が身を乗り出す。


「……地鬼(ゴブリン)が10匹以上……焚き火を囲んで寝てる……弓鬼(ゆみおに)術鬼(じゅつおに)もいるわ」

 弓鬼(ゆみおに)術鬼(じゅつおに)とは言葉通り、弓を携え狙撃することに特化した地鬼(ゴブリン)と、陰陽道や魔法に特化した地鬼を指す。

 前衛をカバーする後衛と言ったところで、短期決戦で叩けないパーティも1度や2度は苦い経験をした者も少なくない。

 いづれにせよ、先に叩き潰さないと厄介ではある。

 

「この数ならタケと、キヨだけで前衛を崩しながら余裕で対処できそう。さらに進んでみるね」

 黒紐狐(こくちゅうこ)に進むよう意思伝達を送り、その視界を追い続ける。


「今の玄室の先を進むと……次の部屋はもっと広い……地鬼が……10、15?いや、もっといる。弓鬼、術鬼」


「群れの数が多いのか……?」

 清志郎が低く問う。


「……上位種が2匹いる……大きい……多分、地鬼郡長(ホブゴブリン)かもしれない……地鬼は20匹以上いそう」


「20匹に地鬼群長(ホブゴブリン)とは、やけに大所帯過ぎやしねえか?」

「んだな、ここまで来ると地鬼の群生地といってもいいべな」 

 清志郎が身を乗り出す。


「当然のことながら弓鬼、術鬼もそこそこの数を揃えているわね。戦闘前に作戦を練る必要ありか......」


黒紐狐(こくちゅうこ)に、更に奥の通路を進ませ、次の玄室が視界入った瞬間、向日葵の身体は震え、顔は血の気を失い、唇が白くなっていた。

 喉が詰まり、言葉が出ない。


「向日葵ちゃん……?」

 あんずが不安げに覗き込む。


「……只人(ヒューム)の侍と思われる死体が……ひどい……原型がほとんど……」


 武三郎の拳が音を立てて握り締められた。

「下衆どもやってくれるじゃねえか……!」


「三等級冒険者……侍の人だべな」

 清志郎が低く呟くと唇を噛み、拳を震わせる。

 

「じゃあ、三等級の冒険者さん達も......」

 あんずの声は掠れ、恐怖に全身が震え出した。


「向日葵、無理すんなよ」

 武三郎が低く声をかけるが、向日葵は首を横に振る。


「大丈夫……まだ行ける……」

 必死に意識を保ちながら、黒紐狐(こくちゅうこ)の視界を追い続けた。


 向日葵の額に汗が滲む。


「向日葵、もういい。ここまで見れりゃ十分だ」

 武三郎が止めに入るが、向日葵は頑なに首を振った。

 全員で生還するためには、無理をしてでも祠内部の状況を把握したいからだ。


「……まだ、最奥がある……中央と左右に通路が分岐している......中央通路に歪んだ呪力を感じる。黒幕がいるなら……そこ」


黒紐狐(こくちゅうこ)が中央通路を進むと分厚い扉が立ちはだかる。その隙間を黒い影が紐状に解かれ、染み込むように入っていくその瞬間。

 向日葵の呼吸が一瞬止まり、大量の冷や汗が顔中に浮かんでいた。

「……うっ!」


「向日葵!」

「オメェ、顔色が……!」


「……祭壇が見えた……そこには大きな壺……血が滴り流れている。祭壇の周囲は蝋燭がいっぱい灯ってる……」


向日葵の声は震え、涙が滲んでいた。

「……床に、人の血で描かれた五芒星……これは一体何?」


あんずが口元を押さえ、涙をこぼす。

「うっ……ひどい」


 黒紐狐(こくちゅうこ)は祭壇の最奥に立つ、人の後ろ姿を捉える。そして緩やかに岩場の天井を這うように忍び込んで見下ろすと、そこには真紅の陰陽装束を身に纏った若い女の姿だった。

 

「……いたよ黒幕。真紅の陰陽師……若い女だ」

 向日葵が伝えた次の瞬間……視界に捉えた真紅の陰陽師は黒紐狐(こくちゅうこ)に、顔を上げ視線を向けると残忍な笑みを浮かべた。


「あっ!!」

 向日葵は短い悲鳴を上げながら、身体が突然跳ねた。

 視界が途切れ、膝をついた。


「向日葵ちゃん!!」

 あんずが駆け寄ると、向日葵は胸を押さえて苦しげに息を吸った。


「……式神が……消された!」


 武三郎が肩を支え、清志郎が背を押さえ、あんずが涙目で向日葵の手を握る。

「向日葵、しっかりしろ!」


「ごめんね……見つかっちゃった。式神の存在にも気付いていたし、相手はかなりの術者みたい」

 向日葵は胸を押さえ、荒い呼吸を整えようと必死だった。  黒紐狐(こくちゅうこ)との繋がりが断たれた余波が、まだ身体の奥でじんじんと痛む。


 向日葵の声は震え、悔しさと恐怖が混ざっていた。


 武三郎は向日葵の肩をしっかりと支え、労うように微笑んだ。

「何言ってやがんだよ。謝るこたぁねぇよ向日葵。むしろ、十分すぎるくらいだ」


 清志郎も頷き、背中を優しく押す。

「んだんだ。式神を消すなんて……相手は相当な化け物だべ。 向日葵が悪いわけじゃねぇ」


 あんずは涙目のまま、向日葵の手をぎゅっと握った。


「向日葵ちゃん……怖かったよね。でも、ありがとう……そして、ごめんね。危険な目にあわせて」


 向日葵は三人の顔を見て、かすかに微笑んだ。だが、その瞳の奥には、式神を消された衝撃と、真紅の陰陽師の“笑み”が焼き付いて離れない。


「……あの女……黒紐狐(こくちゅうこ)を見て笑ってた……馬鹿にしたんじゃない。殺めることを快楽にしているかのように……」


武三郎の表情が険しくなる。

「つまり……黒幕は間違いなく人の姿をした“本物の化け物”ってわけか」


「んだべな……」 

清志郎の額から頬にかけて汗が落ちる。

「向日葵の式神を消すなんて……俺らも気ぃ引き締めねぇと死ぬべ」


 あんずは震える声で続けた。

「向日葵ちゃん、もう無理しないでね。身体が壊れちゃうよ……」


 向日葵はゆっくり首を振った。

「……大丈夫。無理はしないよ。黒紐狐(こくちゅうこ)が消され時の呪い返しもキツかったしね……」


 その言葉に、3人は息を呑んだ。


 “呪い返し”。それは、術者の魂にまで干渉する危険な行為だ。

「あの女、私の式神に"魂縛返滅(こんばくへんめつ)"という絡め手を使ってきたみたい」


 あんずが涙目で問いかける。


魂縛返滅(こんばくへんめつ)って……?」


 向日葵は胸の痛みに耐えながら、ゆっくり説明を始めた。


「……陰陽道では“禁呪”に分類される術のひとつよ。本来、式神っていうのは霊獣が呪符を依代に現世うつしよに実体化するのだけど、攻撃されたり、解呪されたりしても……普通なら、霊獣は元の世界に帰るだけで、術者には負担はないの」


 向日葵は苦しげに胸を押さえた。


「でも……魂縛返滅は違うの。式神の魂の核を“縛って”逃げられなくして……そのまま“滅して”砕けた霊力を術者に“返す”術。俗に言う"呪い返し"ね。だから、式神が消える瞬間の痛みが……全部、私に返ってきたみたい」


 あんずは青ざめ、向日葵の手をぎゅっと握った。


 清志郎も険しい顔で頷く。

「……式神を消すだけじゃなく、術者にまで苦痛を与えるなんて……完全に“対・陰陽師殺し”の術だべ」


 武三郎は怒りを隠さず、祠の奥を睨みつけた。


「ウチの向日葵をこんな目に遭わせた代償は高くつくぜ、バカやろー……真紅だか何だか知らねえが、絶対にぶっ潰す!」


 向日葵は3人の顔を見て、かすかに微笑んだ。


「……ありがとう。でも、まだ終わってない。あの女は“儀式”を始めようとしてる。急がないと……凄く悪い予感がする」


武三郎は刀の柄を握りしめ、祠の奥を睨みつけた。

「……お前ら広い場所まで下がれ。お迎えが来やがった」


 清志郎も頷く。

「んだな。殺気がビシビシっと伝わってくんべな」


 4人は一旦、境内の広間に下がると、祠の奥から風に乗って下卑た笑い声が響いてきた。


 ケタケタケタ……


 地鬼(ゴブリン)の笑い声だった。


「あんず、後ろにいろ。絶対に前に出るな」

 武三郎が真剣な声で言う。


「う、うん……!」


「向日葵、行けるか!?」


「大丈夫!薬丸(やくがん)を飲んだところ。苦過ぎて痛みどころじゃないわ」


「黒幕の奴、とうとう地鬼(ゴブリン)を差し向けて来やがったべな」


「アタシ……震えが止まらないよ」

 

「俺たちが命張って守ってやるから、お前は自分の出来ることに集中しな」

 武三郎が不敵な笑みを浮かべながら、あんずの頭を軽く撫でる。


 暗闇の奥から、黄色い光がいくつも揺れた。

 地鬼(ゴブリン)の目だ。


「ケタケタケタケタ!!」


 甲高い笑い声とともに、小柄な影が次々と姿を現す。


 緑色の肌、鋭い爪、濁った黄色の眼。

 そして、裂けた口元からは涎が垂れていた。


「全員、構えろ!!」

 武三郎が鞘から大太刀を抜きながら、号令を出す。

 清志郎は腰を鎮め背中の忍者刀に手を掛ける、向日葵は右手に戦用の扇子を左手に護符を手に取る。


「ひっ……!」

 あんずが後ずさる。


「大丈夫よ。私の後ろで支援してくれれば良いからね」

 向日葵が前に出ると、あんずも震える手で祓串(はらいぐし)を握る。


「数は……6、7……いや、奥からまだ来るわ」

 ゆっくり溢れ出す地鬼(ゴブリン)達を、向日葵は落ち着き払った様子で数を数え、構成を識別する。


「へっ、上等だ!」


 祠の入口から、まるで溢れ出すように姿を現す。


「えっ、こんなに……!」

 あんずが震えながら立ち尽くす。


 向日葵の声が声を上げる。

「タケ、キヨ!弓持ちと術者がいる!」


 その瞬間だった。


 祠の奥から出てきた地鬼の1匹が、向日葵を見た瞬間に弓を引き絞り、即座に放った。


 ヒュっと放たれた矢は向日葵に向かって一直線に飛ぶ。

 向日葵は反応が遅れ、目を見開いた。


「っ!」


 矢は向日葵に届かなかった。


 武三郎が刀を横薙ぎに振り抜くと、カンッ!! と火花を散らして弾き返した。


「やってくれるじゃねぇか、コノやろー!」


 弾かれた矢が地面に突き刺さると同時に、清志郎がすでに動いていた。


「返すべよ……!」


 清志郎の左手から苦無が閃くと、弓を放った地鬼(ゴブリン)の喉元へ深々と突き立った。

 地鬼は呻き声を漏らし、喉を押さえて痙攣しながら崩れ落ちた。


「タケ、キヨ!ありがとう!」

「気にすんな!それより構成はわかったか?」


 向日葵は胸を押さえながら、再び構成を確認する。

「前衛9、術鬼1、弓鬼2……全部で12匹!」


 武三郎が刀を構え直し、清志郎が忍者刀を抜き、あんずが 祓串(はらいぐし)を握りしめる。


「よし……数も構成も把握できたな」 

 武三郎が低く呟く。


「んだべ。ここからが本番だべよ」 

 清志郎が笑うが、その目は鋭い。


 向日葵も再び扇子を握りしめた。


 祠の前にずらりと並んだ12匹の地鬼。牙を剥き、涎を垂らし、武器を構え、こちらを見据えている。


 その圧に、あんずの膝がかすかに震えた。祓串(はらいぐし)を握る手も、より一層の力が入る。

 それでも、彼女は仲間の背中を見て、必死に声を絞り出した。

「……みんな、気をつけて!前衛が密集してる。多分……後衛の守りに入ってる!弓と術でアタシ達、後衛を仕留めるつもりかも!」


 声は震え、今にも泣きそうだった。それでも、逃げずに向日葵の袖を掴みながら、必死に仲間へ警告をした。


 武三郎がちらりと振り返り、あんずの震える姿を見て、口元をわずかに緩めた。

「……おう!モフ子の割に、状況がちゃんと見えてるじゃねぇか」


 清志郎も短く頷く。

「んだ。モフ子の言う通りだ。こいつら……最初っから後衛を()る気満々だべよ」


 向日葵はあんずの肩にそっと手を掛け、優しく微笑んだ。


「あんず、助かる!お陰で指示し易くなったし、皆の気を引き締められたよ」


「……うん。みんなで生きて帰ろうね……」

 あんずは涙をこらえながら、祓串を胸元に抱きしめた。


 か弱き巫女の勇気と行動は、確かに仲間の心を強くしている。


 向日葵は一歩前に出て、扇子を握り直す。翡翠色の瞳で、鋭く見据えると、矢継ぎ早に指示を出す。

「タケ!まずは前衛の地鬼を崩して!出来るだけ引きつけて、お願い!」


「おう、任しときな!」


「キヨ!左の弓鬼(ゆみおに)を仕留めたら、術鬼を狙って!」


「了解だべ。左は俺に任せれ!」


「あんず!すぐに防御術式を展開して!その後は、回復か攻撃かは、あなたの判断で動いてくれて構わない!」


「う、うんっ……!」


 向日葵の声を合図に、4人は即座に動き出す。

 

「おらっ!かかって来やがれ、クサレ鬼共っ!」

 武三郎の雄叫びと同時に、土鬼たちが一斉に飛びかかる。


 冒険者六等級4人の、海竜の祠における最初の戦闘はこうして幕を開けた。




 あんずは胸の前で祓串(はらいぐし)をぎゅっと握りしめた。指先はわずかに震えている。それでも、仲間の背中を見つめる瞳だけは揺らがない。

 小さく息を吸い、喉の奥で震える声を押し出すように詠唱を始める。


和慈(なごみの)天姫命(あまひめのみこと)……清らけき御光、此処(ここ)に集いし者らを守り給え。月霊つきのたまの羽は静かに舞い降り、影を祓い、身を包み、心を結ぶ」


 あんずの祓串(はらいぐし)が淡い青みを帯びた光を紡ぎ出す。


「……天姫(あまひめ)光羽の結衣(こううのゆい)


 詠唱が終わると同時に、淡い月光の羽が空よりふわりと舞い降り、4人の身の上に静かに降り注ぐ。

 光の羽は触れた瞬間、柔らかな衣となって身体を包み、薄い光の層が重なりながら浸透するように消えていく。

 残されたのは、胸の奥に灯るような温かな守護の気配だけ。


 神道術……天姫(あまひめ)光羽の結衣(こううのゆい)


 術者である巫女が意識する者達を対象範囲とし、天姫の神気が集約された光の衣を纏わせ、物理攻撃による衝撃を緩衝する防御術式である。


「おお……!助かるべ、あんず!」

 清志郎が笑う。


「やるじゃねぇか、モフ子!」

 武三郎も嬉しそうに叫ぶ。


 武三郎は真正面から突っ込み、2匹の地鬼(ゴブリン)を同時に引きつけるように踏み込む。


「おらあぁぁっ!!」


大太刀が横一文字に薙ぎ払われると、2匹の地鬼(ゴブリン)の胴体が真っ二つに裂け、大量の血飛沫が弧を描く。

 続けざまに武三郎は刀を上段に構え、迫ってきた別の地鬼(ゴブリン)の頭上へ振り下ろす。


 脳天から股まで、地鬼(ゴブリン)の身体は一直線に割れ、そのまま崩れ落ちた。

 血に濡れる大太刀の切れ味は、凄まじいものだった。


「タケ、派手にやるべな!ほいじゃ、俺も行ぐべよ!」


 清志郎は赤い襟巻きを(なび)かせ、左へ滑り込むように疾駆すると、飛びかかってきた地鬼(ゴブリン)の懐へ忍者刀を突き立てた。


地鬼(ゴブリン)が呻き声を上げて倒れると、その奥で弓を構えた地鬼(ゴブリン)が清志郎を捉え弓を引き絞る。


「あの弓鬼(ゆみおに)は俺の獲物だべ!」

 清志郎の左手から苦無が一直線に飛ぶと、スブッ!という音と共に、弓鬼(ゆみおに)の右目に突き刺さり顔を抑え、もんどり打つ。


「動き止まったべな……!」

 清志郎は一気に距離を詰め、倒れた弓鬼の首を忍者刀で一閃すると首が跳ね飛び、地面に転がった。


「次の獲物はっと……あの汚ねえ陰陽装束を纏った術鬼(じゅつおに)だべな」

 生首となった弓鬼(ゆみおに)の右目から苦無を引き抜くと

狙いを定めるように睨みつけた。


 術鬼は武三郎に切り伏せられている前衛の仲間に激しく動揺していたが、咄嗟に片手で印を結び始め、攻撃術式を展開しようとしていた。


 念による理力と霊力の集約が始まり、術鬼の手前に炎球が形成されていく。


「やばい……!間に合わねえべか!!」


 清志郎が駆ける。だが前衛の1匹が小刀を振りかざし、清志郎の進路を遮る。


「どけやァ!!」

 武三郎も新たに3匹の地鬼(ゴブリン)を斬り伏せていたが、残りの前衛1匹と、弓を捨て短刀に得物替えした、もう1匹が側面から遮る。

 

 術鬼の詠唱は最終段階に入り、赤い炎球がその周囲の空気を燃えたぎるように実体化し始めた。


 その時、後方から澄んだ声が流れる。


 清志郎の視界に飛び込んできたのは、祓串(はらいぐし)を振翳し神術を展開しようとするあんずと、片手で素早く印を組み、呪術を念じる向日葵の姿だった。


和慈(なごみの)天姫命(あまひめのみこと)……(そら)舞う星の粒、瞬け紡がれ矢となれ」


 その声が響いた瞬間、あんずの周囲に数多の色粒がふわりと浮かび上がる。


 淡い光は、まるで呼吸するかのように脈動し、3つに分離して、ゆっくりと矢の形へと変わっていく。


向日葵が小さく囁く。

「……あんず、頼んだよ」

「うん。任せて」


 光の矢は、あんずの背に寄り添うように静止した。その姿は、まるで天から遣わされた巫女のように神秘的に映る。


 あんずは術鬼(じゅつおに)をまっすぐ見据え、小さく息を吸い込む。


「……天姫(あまひめ)星紡(ほしつむ)ぎ」


 術式を呟いた瞬間、3本の光矢が鋭い光の尾を引いて、術鬼(じゅつおに)目掛けて飛び出した。

 標的となった術鬼は驚愕の声を上げる間もなく、光矢は 胸・肩・眉間 へと正確に突き刺さる。


 術鬼は短い悲鳴を上げると、練り上げていた炎球は霧散し、そのまま崩れ落ちた。

 突き立った光矢は、穢れを祓うように淡く静かに消えていく。


「タケ!キヨ!下がって」

 一方、向日葵は前衛2人に退避を指示すると同時に、結んでいた印が静かに形を変え、その周囲の空気がわずかに震え始めた。


「あさぼらけの淡焔(あわほむら)……(かす)かなる光をもて、我が前に宿り給え.....」

 翡翠色の瞳が細く開き、向日葵の前方の空間そのものが淡く揺らぐと、霊力が一点に収束し、淡い橙の光がぽうっと灯る。


それは“焔の欠片”から生まれたような、静かな熱。

息を整え、静かに詠唱を紡ぐ。


急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)......焔ノ礫(ほむらのつぶて)

 詠唱に呼応するように、淡焔の光はふわりと膨らみ、3つの炎球がゆっくりと実体化していく。

 静かに燃える炎、しかし確かな熱を秘めた光。


 向日葵が扇子を軽く払い、締め句を発した。

 「放つ!」


 次の瞬間、三つの炎球は、地鬼(ゴブリン)たちを狙いを定め、赤みがかった橙色(だいだいいろ)の軌跡を描いて飛び出した。

 ひとつは武三郎の前に立ち塞がる地鬼(ゴブリン)へ。

 もう ひとつは側面へ回り込もうとした地鬼(ゴブリン)へ。

 最後のひとつは、清志郎の進路を遮る地鬼(ゴブリン)へ。


 炎球は逃げ場を与えぬ速度で迫り、めり込むように地鬼の眉間や胸部に突き刺さると、ボウッ!!と小さな爆ぜる音とともに、炎が噴き出す。


「ギャアアアッ!!」


 地鬼たちは呪術の炎で身体を燃やされ、苦痛にのたうち回りながら地面を転げ回る。

 皮膚が焼け、肉が焦げ、橙の焔(とうのほむら)がじわりと広がっていく。


 やがて動きは弱まり、3匹とも痙攣を残して絶命した。

 淡焔(あわほむら)の炎は、役目を終えたかのように静かに揺らめき、最後にはふっと消えた。


 こうして13匹との初戦は無事に終え、祠の前には焦げた臭いと、岩場を打つ荒波の音、炎の熱と名残だけが漂っていた。


 武三郎は血に濡れた大太刀を手拭いで拭き取ると鞘に収め担ぎ直し、清志郎は忍者刀を軽く払って血を振り落とすと、慣れた手付きで背中の鞘に戻した。


「助かったべよ、向日葵、あんず。術鬼やっつけてくれて、本当ありがとだべ」

 清志郎が笑うと、あんずは小さく手を振り、向日葵は胸に手を当てて微笑んだ。


「なんとか片付いたね。タケ、キヨ、2人とも無事でよかった」


「おうよ。こんくらい朝飯前よ」 

 武三郎は豪快に鼻を鳴らす。

 その横で、あんずはまだ震える指先を隠すように袖を握っていた。


「……みんな、怪我ない?アタシちゃんと、役に立てたかな?」

 その声はか細いが、確かに仲間を気遣う温かさがあった。


 向日葵はそっとあんずの肩に手を置き、優しく微笑む。

「全員、無傷よ。あんたの”光羽の結衣(こううのゆい)〟と”星紡(ほしつむ)ぎ〟の連携に救われたんだから。術鬼も見事止めたし、本当にありがとう」

 

 武三郎も頷く。

「おう!モフ子、支援の連携は見事だったぜ」


「んだんだ。オラも助かったべよ」

 清志郎はあんずの頭をポンポンと優しく叩く。


 あんずは少しだけ頬を赤らめると、小さく「そっか。よかった」と呟いた。



 第3話を投稿いたしました。

 “海竜の祠”にて、あんず、武三郎、清志郎、向日葵の4人は、初めて刃と術を交えることになります。


 たとえ相手がザコであろうと、戦いは常に命のやり取り。踏み出す一歩、息を呑む瞬間、張り詰める空気。

 その緊張感を損なわぬよう試行錯誤しました。


 戦闘前ならび戦闘の緊張感が、少しでも皆さまに伝わっていれば幸いです。

 物語はこの先もしばし戦の只中へ。少し編集期間をいただきますが、続きも楽しみにしていただければ嬉しく思います。

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