第0話 浅草の町と冒険者浅草雷ギルド支部
『怖がり巫女のモフ子』の第1話。
原作者の新小岩 茶太郎の文才が乏しいため、冒頭にある浅草の町や、浅草雷ギルドの下りがあまりに長く、本編への足掛けまでに時間が掛かるとの懸念から、冒頭部分を丸々第0話に丸ごと移動しました。
普段から仕事の休憩時間や通勤の合間を縫っての執筆となるため、公式にアップしても文章といい内容といい酷い有様……。
そんな私にお付き合い下さる皆様に申し訳ない気持ちとなり、このような変更となりましたことを、お詫びいたします。(汗)
これからも、当方の処女作でもある『怖がり巫女のモフ子』と同一の世界観でほぼ、同じ時系列にあたる『悪役令嬢付きのしがない護衛兵士ですが、冷酷な黒太子が彼女にだけ甘すぎるので毎日腹の中で笑っています』も含め、お立ち寄りくださると励みになります。
これからも、よろしくお願い申し上げます。
新小岩 茶太郎
プロローグ 浅草の町
──浅草。
世界に点在する大陸の1つ。
四方を海に抱かれた島大陸──大和王国。
大陸南部中央に位置する王都・江戸。
その一角に広がるのが、ここ大都市の1つとされる浅草。
そこは古くから商工業の町として栄え、今では大和王国のみならず、海の向こうからも、様々な文化と人々が集まるようになり、王国随一の賑わいを誇る街となっていた。
南北へと悠然と流れる大河──隅田川。
朝日を受けた広い川面は金色に輝き、澄み渡った青空が、その両岸に広がる街並みを柔らかく包み込んでいる。
川辺には磨き上げられた石畳の道が続き、そこを歩けば浅草という街が持つ、2つの貌が自然と目に飛び込んでくる。
東岸。
そこには、赤煉瓦の壁と天を突く時計塔が並ぶ、西方建築の街並みが広がっている。
煙突から立ち昇る白煙が空へとたなびき、その合間には大和様式の商家や民家が建ち並ぶ。
異国の建築と大和の町並み。
一見すれば相反する異なる文化が、まるで昔からそこにあったかのように混ざり合い、独特の異国情緒を作り出していた。
そして、西岸。
こちらには1000年以上前から建立された浅草総本寺を中心に、雷門、五重塔、二天門といった歴史的な名所が並ぶ。
重厚な瓦屋根。
太い木材を組んだ町家。
軒先から吊るされた無数の提灯と看板。
朝の光を受けたそれらが、江戸らしい大和の風景を形作っている。
東と西。
異なる文化が隅田川を挟んで向かい合いながら、それでも互いを隔てることなく、一つの街として息づいていた。
夜明けを迎えたばかりだというのに、四方へ伸びる大通りには、すでに多くの人々が行き交っている。
商人の呼び声。
荷車の車輪が石畳を擦る音。
船頭たちの掛け声。
屋台から漂う焼き魚や出汁の香り。
そして、さまざまな言葉が飛び交う人々の声と共に、浅草の朝は、静かに始まることを知らないであるようだった。
パーティの仲間たちと連れ立って歩く、只人の侍。
地図を片手に、初めて見る異国の街並みへ好奇の眼差しを向ける、西方から来た森人の魔法士。
重厚な鎧を鳴らし、巨大な斧を背負って歩く屈強な鉱人の戦士。
進化の過程で、かつての鱗が皮膚へと変化した竜人は、朝日にその身体を輝かせながら荷車を引いている。
人混みを器用に縫う犬人。
屋台から漂う香りに鼻を鳴らす猫人。
そして、大人たちの足元を賑やかに駆け抜けていく、小さな草臥の子供たち。
異種族同士も。
商人も、職人も。町人も。
冒険者も、旅人も。国侍も。
この街では、誰もがそれぞれの目的を胸に抱きながら、同じ朝の中を歩いている。
ふと空を見上げれば、春先の新緑に覆われた山々が遠くに連なり、その麓には小高い丘が広がっている。
その丘の上にそびえ立つのは、四重五階の白亜の巨城。
王都・江戸を見下ろすように建つ、その姿は、浅草という巨大な街の向こうに広がる大和王国の威容を物語っていた。
やがて、川面から音が聞こえてくる。
屋形船の上から響く陽気な笑い声。
三味線の軽やかな音色。
そして、海の向こうから伝わった異国の楽器が奏でる旋律。
異なる音色は互いを打ち消すことなく、朝の浅草に心地よく溶け合っていく。
古くから受け継がれてきた大和の伝統。
海の向こうからもたらされた異国の文明。
そして、異なる人々と種族が共に暮らす、この町ならではの光景。
それらすべてが混ざり合い、一つの町を形作っている。
それこそが、大和随一の大都市と謳われる浅草であるのだ。
そして、この町には今日も数多くの冒険者たちが集まっていた。
妖魔を討つ者。
魔物を追う者。
人々の依頼を受け、まだ誰も知らない場所へ向かう者。
そんな彼らが集い、旅立ち、そして帰ってくる場所がある。
──冒険者浅草雷ギルド。
屋台通りに入ると、焼き鳥、焼き魚、寿司、蕎麦、うどん、団子などの屋台が軒を連ねている。
香ばしい匂いと湯気が通りに立ち込め、行き交う江戸の町人や、浅草を訪れた旅人たちの食欲を刺激して止まない。
その賑わいの中には、魔除けの香を焚いている妖市の露店もあり、森人の陰陽師が店主を相手に、呪具や霊具の値切り交渉を繰り広げている。
別の一角には、子供向けの面や風車、模造刀などの玩具、飴や饅頭を売る屋台が所狭しと並び、店先には大勢の子供たちが、少ないお小遣いを手に握り締め群がっている。
頭上では、書簡や荷物を運ぶ式神たちが忙しそうに飛び交っていた。
そんな巨大な生き物のように脈動する町の一角に──冒険者ギルド『浅草雷支部』はあった。
かつて王国の旗本が住居を構えていた、広大な武家屋敷。
家主が手放したこの屋敷を大規模に改修したもので、その敷地面積は浅草でも指折りの広さを誇っている。
まず、目にするのは長屋門を改修した入口。
そこには、巨大な赤い提灯が冒険者や訪問者の出迎える。
その中央には「雷」の文字が力強く描かれ、朝の光を浴びながら、ギルドの存在を街へ知らしめるように揺れている。
門の随所には、ギルドの組紋である「三雷紋」を刻んだ金具が施されており、重厚な門構えに独特の風格を添えていた。
門をくぐると、広々とした石畳の前庭。
武家屋敷時代の名残を残す白砂利の庭には、依頼を求めて訪れる冒険者たちが絶えず行き交い、仲間と談笑しながら母屋へ出入りする姿も見られた。
庭の中央には、浅草雷支部の象徴である『雷神像』が鎮座し
その前で手を合わせ、冒険の無事と生還を二礼二拍手一礼して祈り、向かう冒険者も少なくない。
母屋にあたる建物は、二階建ての巨大な和洋折衷建築だ。
武家屋敷時代の骨組みをそのまま活かしながら、外壁の一部には西方大陸の石造りが取り入れられ、屋根には瓦と銅板が混在している。
それはまるで、大和と異国が一つの建物の中に同居しているような、不思議な迫力を醸し出していた。
町人の中には「ありゃあ、ずいぶんと出鱈目な建物だな」などと笑いながら冷やかす者も少なくない。
だが、その奇妙な造りこそが、さまざまな文化と種族が行き交う浅草らしさを象徴しているともいえた。
建物の中へ入ると、正面に広がるのは「伺い所」と呼ばれる依頼受付の大広間だ。
幾つもの受付が並ぶカウンターでは、和装から西方風の衣装まで、さまざまな服装を身に纏った受付嬢たちが、次々と押し寄せる冒険者たちを相手に忙しく働いている。
「依頼の受付はこちら壱番窓口からです」
「討伐依頼の報告は参番窓口へお願いします!」
「次の方、どうぞ!」
朝から飛び交う声。
依頼書を手にした冒険者。
討伐を終えて報告に訪れた者。
新しい仲間を探している者。
次の旅へ向けて地図を広げる者。
伺い所は、朝から多くの冒険者で賑わっていた。
そして、この大広間は単なる受付所ではない。
かつて武家屋敷の「御用部屋」として使われていた場所を改装したものだが、もともと120畳もの広さがあったため、その広大な空間を活かして、右脇には酒場が併設されている。
高い天井とそれを支える何本もの太い大黒柱。
頭上には、むき出しになった太い梁が走っている。
そこから吊るされた無数の提灯が柔らかな光を落とし、武家屋敷らしい重厚さの中にも、どこか落ち着いた温もりを感じさせる空間を作り出していた。
床には、冒険者たちが土足のまま上がれるよう、漆塗りの欅板が敷き詰められており、その上には、檜で作られた大小さまざまな卓と長椅子が並べられていた。
酒場の端には、一列に並ぶように小上がりの座敷も設けられ囲炉裏も切られているので、履物を脱いでゆっくりと寛ぐことができる。
朝と昼間は食堂や休憩所として利用されることもあるが、夕刻を過ぎれば、ここは本格的な酒場へと姿を変える。
冒険者たちは酒を酌み交わしながら、その日の依頼や冒険譚などに花を咲かせるのだ。
妖魔の目撃情報を交換する者。
新たなパーティを組もうと仲間を探す者。
次の依頼について地図を広げ、作戦を練る者。
あるいは、ただ一日の仕事を終えて、仲間たちと酒を飲み、笑い合う者。
夜が深まるにつれて酒場は冒険者たちで埋め尽くされ、喧騒はさらに大きくなっていく。
そして、酒場のさらに奥には、もう一つ、この場所を特徴づけるものがあった。
木組みで造られた、ひときわ目を引く舞台である。
舞台は酒場に面するように設けられており、酒を飲みながら、そのまま舞台上の芸を楽しめる造りで、左右には簡素ながらも緞帳(舞台の前や左右に掛ける、厚手の幕)が備えられ、舞台の上には幾つもの提灯や光魔灯(魔力で灯す灯り)吊るされている。
ここでは、芝居や唄や舞、語り物や寸劇など、さまざまな芸が披露される。
旅芸人や芝居一座が興行を行うこともあれば、冒険者が自らの旅の武勇伝を面白おかしく語ることもある。
そして何より、この舞台を使うことを好んでいるのが『芸人』と呼ばれるお笑いを得意とした者たちである
滑稽な漫談や寸劇、客を笑わせる軽妙な掛け合い漫才など、さまざまな芸を披露して、酒場に集まった冒険者たちを楽しませている。
中でも、浅草雷ギルドのギルドマスター自身が芸人として名を知られていることもあり、ここでは芸人たちによるお披露目を日常的に目にすることができるのだ。
依頼を終えた冒険者たちが酒を酌み交わしながら笑い声を上げる。
それもまた、浅草雷ギルドでは珍しくない光景だった。
──冒険者浅草雷ギルド。
冒険者たちが依頼を受ける伺い所。
仲間たちと情報を交わし、酒を酌み交わす酒場。
そして、そのさらに奥にある舞台。
仕事を求める者も、旅の疲れを癒す者も、笑いを求める者たちは全て、ここへ集まってくる。
そんな浅草の喧騒の中に堂々と構える、広大な浅草雷支部。
まるで小さな城郭のようなその威容は、単なる冒険者ギルドの枠を超え、この街の治安と冒険者社会を支える「要」であることを物語っているかのようだった。
今日もまた、この場所から幾人もの冒険者が、それぞれの目的を胸に旅立っていく。
妖魔を討つ者。
魔物を追う者。
人々の依頼を受け、危険な場所へ向かう者。
彼らが紡ぐ物語は、ここ浅草雷ギルドから始まる。
そして。
この浅草雷ギルドに所属する1人の少女もまた、物語を紡ごうとしていた。
犬人の少女、天峰あんず。
怖がりで、ちょっぴり泣き虫。
それでも、誰かが困っていれば放っておけない。
そんな彼女の日常は、この日もいつもと変わらず始まろうとしていた。
これは、そんな1人の少女と、彼女を取り巻く仲間たちが織りなす冒険譚と群像劇。
数え切れない出会いと別れ。
笑いと涙。
そして、ときに命を懸けた冒険。
そのすべてが、この浅草という町から始まっていく。
怖がり巫女のモフ子こと天峰あんずの物語は、静かに幕を開けようとしていた。




