第1話 逃げるなモフ子
本作の舞台は、“大和国”と呼ばれる異世界の日本風国家です。
歴史・文化・風習 • 地名の多くは日本、特に江戸時代を基礎としてモチーフにしていますが、あくまで異世界であり、史実とは一致しない点が数多く存在します。
(地名はそのまま使うこともあれば、呼び名を変えていたりもします)
町並みや衣装、身分制度などは日本史を参考にしつつも
・本来の江戸時代には存在しない言葉や表現
・魔術・霊力・魔物討伐・怪異が日常に溶け込む世界観
・人間以外の種族が自然に暮らす社会
・異国との往来が盛んな多文化都市
これらが日常に溶け込む世界観・人間以外の種族が自然に暮らす社会・異国との往来が盛んな多文化都市といった、フィクションならではの自由な要素を取り入れています。
大和国は他国との交流が盛んで、エルフ、ドワーフ、リザードマン、獣人、異国の旅人、海の向こうの商人など、さまざまな人種・種族が行き交い、江戸の情緒と、多文化が混ざり合う賑やかさが同居する、独自の世界を目指しています。
史実の日本とは全く異なる部分も多くありますが「和の雰囲気を楽しみつつ、異世界ならではの自由さも味わってほしい」そんな思いで“もうひとつの江戸”大和国を描いています。
どうぞ肩の力を抜いて、この世界を楽しんでいただければ幸いです。
新小岩 茶太郎
世界に点在する大陸のひとつ、四方を海に抱かれた島大陸――大和王国。
その王都・江戸の一角に広がる大都市『浅草』もまた、さまざまな文化と種族が交わる“世界の縮図”として息づいていた。
南北へと悠然と流れる大河・隅田川。その広い水面は朝日を受けて金色に輝き、澄み渡る青空が浅草の街並みを包み込んでいく。
古来より商工業の大動脈として栄えてきたこの川沿いには、今や多種多様な文化と人々が流れ込み、王国随一の賑わいと美しさを誇る境界線が形作られていた。
川辺の土手には磨き上げられた石畳の歩道が続き、そこを歩けば、この街の「2つの貌」とも呼べる景色が自然と目に飛び込んでくる。
東岸には、赤煉瓦の壁と天を突く時計塔が並ぶ西方建築の街並み。煙突から立ち昇る白煙が空へとたなびき、大和建築の商家や民家が混ざり合うことで、独特の異国情緒を醸し出している。
対する西岸には、古より建立された浅草寺や雷門、五重塔、二天門といった名所を中心に、重厚な瓦屋根と木の温もりが息づく大和建築の街並みが広がる。軒先には無数の提灯や看板が吊るされ、江戸情緒あふれる風景が連なっていた。
夜明けを迎えたばかりだというのに、四方へ伸びる大通りはすでに人で溢れ、まるで祭りの始まりを告げるかのような活気を帯びている。
そう、この街は今日も、多種多様な命の足音と熱気で彩られているのだ。
パーティメンバー数名と共に冒険に出発する只人の侍。
地図を片手に、異国の雰囲気に好奇の眼差しで歩く森人の魔法士。
重厚な鎧を鳴らし、巨大な斧を背負った屈強な鉱人の戦士。
かつては鱗であった皮膚を朝日に輝かせ、荷車を引いて歩く竜人の魚売り。
人混みを器用に縫う犬人や、屋台の香りに鼻を鳴らす猫人の町人。
そして、大人たちの足元を賑やかに駆け抜けていく、小さな草臥の子供たち。
ふと見上げれば、春先の新緑が覆う山々と、小高い丘にそびえ立つ四重五階の白亜の巨城が街を見下ろしている。
川面に浮かぶ屋形船からは陽気な笑い声が漏れ、三味線の音色と異国の調べとが心地よく溶け合う。
古い大和伝統と異国の文明、そして異なる人種や種族同士が共存する場所。
それこそが至高の街、浅草の象徴であろう。
屋台通りに入ると焼き鳥、焼き魚、寿司、蕎麦、うどん、団子などの屋台が連ね、通りすがりの江戸庶民や訪れる旅人の食欲を刺激して大盛況。
魔除けの香を焚いている妖市の露店では森人の陰陽師が、店主と呪具などの値切り交渉をしている。
別の一角では子供向けの面や風車、模造刀などの玩具、飴、饅頭の屋台が所狭しと並び、群がる大勢の子供たち。
頭上には、書簡や荷物などを運んで飛び交う式神。
そんな巨大な生き物のように脈動する街中に、冒険者ギルド“浅草雷支部”はあった。
かつて王国の旗本が住居に構えていた武家屋敷を大規模改修したもので、土地の敷地面積も浅草でも指折りの広さを誇る。
長屋門を改修した入口には、門の中央に"雷"と力強い太字で描かれた、巨大な赤い提灯が存在感を示すようにぶら下がり、ギルドの組紋となる"三雷紋"を刻んだ金具が朝の光を受けて重厚さ放つ。
門をくぐると、目に入るのは広々とした石畳の前庭。
武家屋敷時代の名残である白砂利の庭には、依頼を求めて来る多くの冒険者たちが往来している。
式神が郵便物を運んで飛び交う空の下、庭の中央には雷支部の象徴である“雷神像”が鎮座し、参拝する者も少なくない。
母屋にあたる建物は、2階建ての巨大な和洋折衷建築だ。
武家屋敷の骨組みをそのまま活かしつつ、外壁の一部には西方大陸の石造りが取り入れられ、屋根には瓦と銅板が混在している。
それは、まるで大和と異国がひとつの建物に同居しているような、不思議な迫力を醸す。
中に入って正面には依頼を受ける伺い所と呼ばれるカウンター。
受付嬢たちも和洋さまざまな服装に身に纏い立ち並んでいる。この場所も、武家屋敷の“御用部屋”を改装したものだ。
伺い所左手に進むと畳み120畳分もある大広間。
高い天井、むき出しの太い梁、そこに吊るされた無数の提灯が柔らかい光を落とし、落ち着いた空間を醸し出している。
床は冒険者が土足で入れるよう、漆塗りのケヤキ板が敷き詰められており、檜で作られた大小様々なテーブルと長椅子が左右一列に並ぶ。
広間の側面には、小上がりの座敷と囲炉裏もあり、履物を脱いで寛ぐこともできる。
情報交換やパーティ編成の場として、夕刻から深夜まで酒場として営まれるので、多くの冒険者で埋め尽くされ大賑わいである。
そんな浅草の喧騒の中にある、この広大な雷支部。
まるで小さな城郭のように堂々と構えているが、その威容こそが、冒険者ギルドとして、周辺の治安と冒険者社会を支える“要”であることを物語っているかのようだった。
時計の針が午前8時を指すと同時、母屋の入り口が重い軋みを立てて開け放たれた。
春先の朝の冷気で満たされた前庭で待っていた冒険者たちが、我先にと中へ雪崩れ込む。その喧騒に負けじと、素材商人も客寄せの声を張り上げ始めた。
「おーい!受付のねーちゃん。今日の討伐依頼をよこしてくれや」
「こっちは盗賊討伐に行くから、侍と陰陽師の空きがありゃ回してくれ!」
「薬の知識のある神道士か巫女いねえか!?いたら手ぇ上げてくれ!」
広い籠屋のような屋内は冒険者でごった返しとなり、伺い所のテーブルて、受付嬢達が、殺到する冒険者の対応に奮闘中であった。
そんな賑やかなギルドの大広間の片隅で、純白と赤を基調とした巫女装束を纏った犬人の少女が、尻尾を巻きながら、太い柱にしがみついて怯えていた。
大陸渡来の犬種トイプードルの相貌そのまま。
小柄で線は細く華奢な身体は先祖由来の体毛に覆われ、そこから覗く愛嬌ある整った顔立ち。
赤みの入った杏子色のハーフアップの髪型と垂れた両耳。
額からサイドに流れ落ちる大きな縦ロールの前髪は、可憐でもあり特徴的といえた。
名はあんず――冒険者ギルド“雷支部”の受付嬢であり神道術を扱う16歳の巫女である。
目下、修行中で階位は五段階中、最下位の“拝鳴”。
普段は伺い所の受付嬢である傍ら、神道術の才に恵まれていることから冒険者としてパーティメンバーの回復や支援を担う欠かせない存在……なのだが、彼女には致命的とも言える欠点があった。
それは、自他共に認める筋金入りの”怖がり〟であること。
魔物、盗賊(悪党や外道)、怪現象――とにかく“怖い”と形容されるもの全般に対し、あんずは例外なく逃走を図る。
依頼中だろうが、日常だろうが、ギルドの倉庫であろうが、関係ない。
戦用の祓串を構えず「怖い=逃げる、隠れる、やり過ごす」が世界の真理として成立しているのだ。
戦闘に入ると神道術を施すまでもなく、逃走するか物陰に身を潜めたるその動きは、もはや神速。
敵より先に、仲間が見失うレベルである。
「無理!絶対無理!アタシは今日は絶対に行かないんだから……地鬼討伐なんてタケくんと向日葵ちゃんで充分でしょ?」
朝の喧々轟々とした大広間に、彼女の情けない声が響き渡る。
「いいから来やがれモフ子!今回の依頼、パーティに巫女のお前がいなきゃ話になんねェんだからよ」
柱にしがみつく、あんずを力づくで引き剥がそうと奮闘する武者鎧を纏った只人の侍・武三郎
その後ろでは、同じく只人で陰陽師の少女・向日葵が苦笑いを浮かべて屈みながら、あんずを見ている。
北神 武三郎は18歳。
江戸っ子気質の若侍にして、喋れば雄弁、笑えば不敵、黙れば精悍。
黒髪を無造作に後ろ手に結い、女性好みの顔立ちをしてはいるが、思ったら気の向くまま一直線に突っ走る頑固さと、デリカシーに欠ける性格が、その良さを隠してしまっていると言える。
だが、目の奥には活気盛んなやんちゃさと、人を思う情の深さが同居しており、その愛嬌も相まって、気づけば周囲の者を惹きつけてしまう不思議な魅力を持つ。
身に纏う黒漆の武者鎧と浅葱色の糸威しが揺れ、大太刀と小太刀を腰に携えた姿は、若武者らしい爽やかさと、戦場や死地に立つ者の覚悟が同時に滲む。
斬るべき敵には容赦なく、守るべき者には誰よりも熱い……のだが、2年来の仲間である犬人の巫女による"出発拒否"には、いつも苛まれている。
「いやです いやです いやです!アタシはギルドの受付嬢だよ……冒険者は本職じゃないもん……」
「うちの師匠からの要請なんだから蹴れねえだろう……引き摺ってでも連れて行っからな」
柱に張り付くあんずを引き剥がし、右手を引っ張りながら、早口の江戸弁で捲し立てる武三郎。
「あんず。タケは一度、言い出したら頑固なのわかっているでしょう。逃げ場はないんだから一緒に行くよ」
同情とも宥めととも取れる口調で、あんずの左手を引っ張る向日葵。
陰陽師の少女・深谷 向日葵は、あんずとは幼馴染みで同い年の16歳。
赤から橙へと燃えるような髪。
左右に流れるツインテールの結び目の金の房飾りがきらりと光を散らす。
明るい翡翠色の瞳は、黒縁の大きな眼鏡の奥で柔らかく輝き、知性と優しさをそのまま映し出していた。
黒と赤を基調とした陰陽衣装は胸元まできちんと閉じられ、金糸の紋が霊力の流れを描くかのように走る。
腰の宝珠飾りは淡く光り、短い丈から伸びる脚はすらりと美しく、黒の脚衣がその線をいっそう引き立てている。(西方や北東のララリカではミニスカートというらしい)
均整取れた体つきに柔らかな曲線を残すその姿は、可憐でありながら、どこか凛とした美しさを纏っていた。
「とっとと、来やがれコノやろう!」
武三郎はあんずの右腕を掴んだまま、ずるずると引きずり出す。
必死に床に踏ん張るあんずだが、2人に両手を掴まれては抵抗も虚しいだけ。
あんずは低い呻きを漏らしながら、半泣きで出口へと引きずられていく。
「ううう神様仏様助けててぇぇぇ………」
「巫女が仏様を唱えてどうすんだバカやろー!」
「今日も強制連行だね……」
ただただ、苦笑するしかない向日葵だった。
浅草の出入口の1つ"南門"を出ると、平坦で幅広の街道が隅田川沿いに南下している。
街に向かう旅人や冒険者、行商人達とすれ違うも、先程まで喧騒とした浅草と違い周囲は小さな集落や田畑など長閑で静寂な大地が広がる。
町の喧騒が遠ざかるにつれ、土の匂いと田んぼを渡る風が3人の頬を撫でる。
新緑の季節である5月。
朝の光を受けた田んぼの水面はきらきらと揺れ、菅笠を被った米農家の者達が全員、腰を落として苗を植えながら田植え唄を口ずさみ、秋への豊作の願いと豊穣神への讃歌を響かせ、青々とした早苗は春の風に優しく揺らいでいる。
小高い山々の方向に目を向ければ、遠くから白鷺が舞い降りる姿も拝める。
季節織りなす美しい情景とは対照的に、浅草のある方向を悲しそうに、非常に未練がましく振り向くあんずの心は凍てつく極寒の大地。
先頭を進む武三郎と、あんずの腕を引いたまま向日葵が後を追う。
「さようなら……おっとちゃん、おっかちゃん。さようなら......私の故郷。さようなら……伊勢屋のみたらし団子......」
「"伊勢屋のみたらし団子"って何なんだよ!?この前、引っ張り出した時は"さよなら与太兵の桜餅"って言ってたじゃねえか!」
喧嘩口調にも聞こえる江戸弁だが、あんずの凹みっぷりと口にすることが何とも可笑しくて、ツッコむ声も吹き出し笑いになる。
「タケくん……さかい屋のおばあちゃんの作る、お稲荷さんとおはぎも美味しいんだよ」
「知るかバカヤロウ!モフ子の好物なんて聞いてねえよ」
”モフ子〟。
あんずのあだ名であり、その名付け親は他でもない、この武三郎本人である。
容姿の見た目そのままのあだ名なのだが――そこに至るまでの経緯は、あんずにとって「悲劇」の一言に尽きる。
きっかけは、武三郎が『浅草雷ギルド』に入りたての2年前の頃に遡る。
当時、16歳の武三郎がギルドの門を叩き、伺い所に立つ当時14歳のあんずを一目見るなり好奇心は爆発した。
"可愛い女の子"としてではなく"珍しい生き物"として。
ララリカ大陸のお菓子マシュマロのように膨らんだ毛並み。
トイプードル系統が先祖となる犬人であれば、柔らかさと膨らみある巻き毛が特徴的であることは知っていたが、巻き毛が少なく、波立つような、柔らかい毛並みをしている犬人(あんず)は珍しい!
「うおっ、すげえな、ねえちゃん!全身モフモフじゃねえか!」
武三郎は卓上に身を乗り出し、その大きな両手で、あんずの頭や顔をこれでもかと撫で回し、わしゃわしゃとかき混ぜた。
まるで道端の犬を愛でるように……。
乙女のプライバシーもへったくれもない、無礼千万の振る舞いも度が過ぎる。
「『モフ子』良い毛並みじゃねえか!」
「えっ、何、何なの……モフ子?」
あまりの出来事に、あんずは言葉を失った。
未知の生物に襲撃されたかのような衝撃に、彼女の華奢な体はブルブル震え、瞳にはうっすらと涙が浮かぶ。
「お、お触り……禁止です……っ」
蚊の鳴くような声でようやくそれだけを絞り出し、彼女は恐怖のあまり完全に硬直してしまった。
武三郎にとっては何気ない「可愛がり」のつもりだったのだろうが、あんずにとっては、ギルド生活に刻まれた消えないトラウマ。
そもそも種族が違えど、年頃の少女が初対面の男性に撫で回されるなど、到底ありえないことである。
これが、浅草雷ギルドの名物(?)デリカシー皆無侍と、お触り厳禁を必死に訴えるモフモフ受付嬢との出会いであり、"モフ子"という不名誉なあだ名を付けられた瞬間でもある。
ちなみに武三郎は、この様子を見てすぐ様駆け付けた向日葵にスネを蹴られて怒涛の如く怒られたのだが、何の因果か2人とパーティを組むきっかけとなった。
当のあんずにしてみれば、心の奥に封印しておきたい想い出となっている……が今じゃ破天荒な武三郎の行為と共に、ギルド内では笑い話のネタにされている。
「でもさ、あんずが選ぶ和菓子屋ってハズレがないから、どのお店も美味しいんだよね。さかい屋さんのお稲荷さん、おはぎ、団子も……また食べたいよねえ」
陰陽師装束に身を包んだ向日葵がクスッと笑みを浮かべて、左右で結んだ髮束がそよ風に小さく揺れる。
「うん。それなら一緒に戻ろう!さかい屋さんも、今ならまだお店開いているし食べに行こ!」
向日葵を言いくるめれれば希望は見える……と思ったのも束の間。
「駄目よ。ダ〜メ」
「……だよね」
親友の考える事などお見通し。軽く一蹴する向日葵に、怖がり巫女はしゅんとうな垂れる。
「しょ〜がないなあ。依頼が終わって無事に浅草に戻ったら、みたらし団子もおはぎも奢ってあげるね」
「……ほんとに?やった……!じゃあ、がんばる!約束だよ」
ぱっと顔を上げたあんずに、向日葵は小さく肩をすくめて笑った。
よく見ると、尻尾は千切れんばかりに左右に振り回し、左右の垂れ耳が垂直に立っているので余計に可笑しい。
「おう、おめえら遅ぇぞ」
田園の分かれ道で腕を組んで待っている江戸っ子鎧武者の武三郎。
口調は荒いが、しょうがねぇなあと言わんばかりの苦笑を湛えていた。
「ごめんタケくん……怖くて、どうしても腰が引けちゃって……」
あんずが申し訳なさそうに縮こまると、武三郎は鼻で笑った。
「そんなもん浅草に置いてきちまいな。それよりモフ子ほら、足元気ぃつけろよ、畦道ってのは、端っこ寄り過ぎると、草に足元取られて田んぼに落ちるぞ」
「うん……ありがとう」
「タケ。今日は優しいじゃん。」
向日葵がからかい半分の笑顔で言うと、武三郎は眉をひそめた。
「別に意味はなんざねぇよ。ただ──」
ちらりとあんずを見る。
「このビビリが泣き出して、逃げねえように少しは気ぃつかわねぇとよ」
「......アタシ、これでも巫女だし、皆を置いて逃げないよ......ヤバかったら、敵とは反対方向に走るだけ……かな?」
「かな?じゃねえよ、バカやろー!思いっきり逃げる気ぃ満々じゃねえか!そいや、思い出した!前の依頼で豚鬼の集落で連中とやり合った時、防御術式張らずに、あっという間にトンズラしやがって」
「そう言えば、そんな事あったね」
その光景を思い出したかのように、クスッと笑い片手で口を抑える向日葵。
「笑い事じゃねえよったく。オイラもキヨさんも、回復も防御支援もないまま、あの馬鹿デカい旗本豚鬼とやり合って、喰われかけたんだぞ。冗談じゃないよ」
ゲンナリとした顔をする武三郎。
2週間に武三郎、清志郎、向日葵、あんずのパーティは、浅草から北東に位置する水元水源と呼ばれる緑地帯に集落を張る豚鬼集団の討伐依頼を受けたことがあある。
数十匹を数える豚鬼と渡り合い、これを何とか殲滅した直後に、長と思われる旗本豚鬼が、怒りと威嚇の咆哮を上げながら現れたのだ。
西方では豚鬼君主や豚鬼将軍の側近として仕える精鋭部隊から"ヴァンガード オーク"と呼ばれているが、大和では武士階級の呼称から旗本豚鬼、または"旗豚"と呼ぶのが一般的だ。
180cm以上ある武三郎の2倍の身長と体躯を持ち、精鋭らしい精度の高い武者鎧を身に付け、戦斧を手に振りかざす旗本豚鬼に対し、防御支援の神道術をあんずに要請しようと後ろを振り向いた瞬間……。
目に映ったのは「いやぁぁぁ!あんなの無理ぃぃ!」と悲鳴を上げて全力で遠ざかる、あんずの後ろ姿。
「あっ……おい、逃げるなモフ子!!」
武三郎の悲鳴が空く響いたのだった。
「結局、向日葵も逃げるモフ子を連れ戻しに追っかけるわで、おいらとキヨさん2人でやり合うハメになったしよぉ、六等級冒険者のやることじゃないよ……ったく」
「まあまあ……それでも旗本豚鬼を2人だけで倒したんだし凄いじゃん」
「慰めにもならねぇよ、バカやろー……キヨさんなんて肋骨ヒビいっちまったんだからな」
宥める向日葵に憮然とする武三郎。
「でも、旗本豚鬼が動かなくなった後、アタシちゃんと戻って、2人を治療したもん……」
「動いている時に、いなきゃ意味ねえだろ!」
そんな不毛なボケツッコミとも言える会話も交わしながら、三人は田園の一本道を進んでいく。
今回の依頼先、浜芝村までは浅草から歩いて3時間強。
交易の要衝である隅田川沿いの街道には、治安維持のために国侍の詰め所が点在している。
その恩恵もあってか、道中には集落や宿場、茶屋が賑わいを見せ、盗賊や山賊、ましてや魔物の類が出没する気配は一切ない。
武三郎が「あくびが出ちまうなあ」とぼやくほど、その道のりは平穏そのものだった。
「そう言えば、キヨはもう芝浜村にいるのよね」
向日葵が空を仰ぐ。
「夜が明ける前に出てったから、とっくにいるだろう。現場の偵察や情報集めでもやってるんじゃねえか?」
「ウチにキヨくんみたいな忍者がいて良かったよ……タケくんよりはずっと優しいし」
あんずが当てつけに呟くと、向日葵も「うんうん」と納得するように頷いた。
「悪かったな。どうせ、おいらは優しくねえんだから、全身モフられても文句いうなよ!」
「ちょ......どこ触ってんの!?」
「なんだよ、尻尾はパサついてんじゃねえか」
「お触り禁止です!」
からかい半分で尻尾を弄ぶ武三郎の頭を、あんずはポカポカと叩く。
「タケ……あんずが逃げちゃうからやめて」
呆れ顔の向日葵。
そんなわちゃわちゃとした、パーティ仲間のいつものやり取り。
傍から見れば微笑ましいじゃれ合いにしか見えないが、当の本人たちは至って真剣(?)に騒いでいるのだった。
皆さん、初めまして。新小岩 茶太郎と申します。
ゲームやファンタジー世界への憧れが高じ、このたび和風ファンタジーを舞台とした物語を書き始めました。
「小説家になろう」は、社畜として日々を走り抜ける私にとって、心をほぐす大切な場所です。
これまで多くの作品を拝読し、どの投稿者様も創造力・世界観・展開・感動、どれも素晴らしく、刺激を受けてばかりでした。
そんな数多の名作並ぶ中に、私のような新人が投稿してよいものか……と長らく迷っておりましたが、「まずは楽しんでもらいたい。そして形として残したい」その思いを胸に、震える手で一歩を踏み出してみることにしました。
更新ペースは決して早くありません(仕事終わりに少しずつ書いているため)。それでも「あ、茶太郎の作品あったな」と思い出していただければ、この上なく嬉しいです。
未熟な点も多いかと思いますが、どうぞ温かく見守っていただければ幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。
新小岩 茶太郎




