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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第三章 黒が忌諱される理由

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第83話 癖の強い店

 とんがり帽子を被ったアンリエッタさんを、僕は、しばらく見惚れるように眺めていた。よし、帽子はこれに決定だ。となると、残るは服、か。

 ……ふう、ここからが正念場だぞ。

 

 曰く、優雅さは裾に宿り、無粋は(パンツ)に集う。

 我が信条、断固それを許さじ。

 

 鉄のような決意を胸に秘め、逸る気持ちを悟られぬよう平静を装い、あくまで自然に、彼女をパンツが並ぶ一角から遠ざけるのだ。

「魔法使いの服って、やっぱり、丈が長いのが多いんだね」

「ええ。肌の露出が多いと、危険ですから」

「ふぅん」

 僕が、さも感心したかのように相槌を打つと、アンリエッタさんの蒼玉の瞳が久方ぶりに、妖しい光を放つ。どうやら彼女には、僕が先ほどから、どのローブに視線を奪われていたか、完全にお見通しだったらしい。

 

「……フェリクス様は、露出が多いのが、お好きなのですか?」

「えっ? そ、そんなことないよ!」

 予想だにしない問いに、思わず声が裏返る。

 ありえないと、言い切れないのが僕の悲しいところ。でも、彼女のそんな姿を他の男たちに見られてしまうのは、もっと嫌だったりするからたちが悪い。


 僕の狼狽ぶりを見て、アンリエッタさんが楽しそうに僕の言葉を真似た。

「ふぅん」

「ま、真似しないでよ!」

「くすくす、ごめんなさい」

 ……ああ、もう。誰よりも美しい貴女が、そんな風に可愛らしく笑うのは、反則だよ。ん、待てよ? 何か、わかった気がするぞ。

 『ぐうかわ』ってこういうこと?


「それで? 露出がお好きなフェリクス様は、どれが良いと思われますか?」

 なおも揶揄(からか)うような響きを声に乗せて、アンリエッタさんが問いかけてくる。そう『追撃のアンリエッタ』だ。こういう一面は、昔からあったよね。

 僕は慌てて、一番地味で、頑丈そうな深緑色のローブを指差す。これっぽっちも、良いと思ってないというのに。


「こ、これなんて、どうかな! ほら、森の中で隠れやすそうだし!」

「ええ、とても、実用的ですね」

 どこか面白そうな、されど感情の読めない声で彼女が応える。


「……ふん。若い男ってのは、どうしてこう、素直じゃないのかねぇ」

 不意に店の奥から、しゃがれた声がした。見ればカウンターの向こうに、腰の曲がった小柄な老婆がいつの間にか立っている。皺くちゃの顔に、全てを見通すかのような、鋭い瞳が光る。

 この人が、ゴードンさんの言っていた……?


 老婆は深い夜空の色をした、銀糸の刺繍が美しいシュールコーを、こともなげに手に取った。

「あんたさんみたいな別嬪さんには、こっちの方が似合うだろうさ。帽子との組み合わせを考えてもこっちさね。さあ、試着するなら奥だよ」

 

 強引な老婆に背中を押され、アンリエッタさんは簡素な布切れの奥へと消えていった。待つ時間は、どうしてこうも長く感じられるのだろう。

 やがて、試着場の布切れが大きく揺れ、奥から現れた彼女の姿に、僕は呼吸すら忘れた。


 清らかな白のコットを下に、深い夜空の色をしたシュールコーが、彼女のしなやかな身体の線を優しく包んでいる。ともすれば、ふくよかに見えがちなその衣が、銀細工の施された黒革のベルトで腰を締められていることで、驚くほどに繊細な腰つきが浮かび上がっていた。

 銀糸で縫い取られた無数の紋様が、店の魔道具の灯りを反射して、きらきらと瞬いている。

 濡羽色の髪はより深く、青金石の瞳は一層神秘的な輝きを放っている。まるで、星月夜を映し込む、静寂の湖そのもの。

 そんな、侵しがたいほどの美しさが、そこにあったから。


 僕はほとんど無意識のうちに、呟いていたと思う。

「……それ、いただきます」

 

「だろうね。下の、この白のコットだけじゃなく、予備もいるだろうさ。冒険者なんだろう? 汚れが目立ちにくい、こっちの臙脂(えんじ)のコットもいいんじゃないかい?」

 老婆は僕の即決を予期していたかのように、満足げに頷く。

 なるほど、実用性を考えれば、それも必要か。

「はい、それもお願いします」

「ほっほっほ、威勢がいいねぇ。……よし、決まりだ。あとの旅支度は、あんたさんが好きに選びな」

 

 今度は自らの意志で、店に並んだ手袋や小物入れを一つ、一つ、吟味し始めるアンリエッタさん。その横顔にはもう、以前のような遠慮の色はない。

 僕はそんな彼女の姿を、温かい気持ちで見守っていた。

 

「フェリクス様、こちらはどう思われますか?」

 僕がそれを確かめようと、彼女に近づいたその時。アンリエッタさんが僕の耳元にそっと、その魅力的な唇を寄せる。


「……それで、フェリクス様」

 吐息がかかるほどの距離で、甘い声が囁くから。

 僕の脳は、痺れてしまいそうだよ。

「露出が高めの服は、本当に買わなくてよろしいのですか?」

 うおおお、なんだこの展開は!?

 ここは男らしく『うん!』と頷くべき? それとも、紳士として『そんなわけない』と否定すべきなの!?

 

 あ、おバカ……。

 混乱の極みに達した僕の唇ちゃんは、無意識のうちに、本音をこぼしてしまう。だだ漏れじゃないか、コイツめ。

「い、いいの?」


 そんな僕の、お茶目さ溢れる返答に、アンリエッタさんはふわりと、その唇を綻ばせて言ってくれたよ。

「少しだけなら、良いですよ」とね。

 だから冒頭に言ったのさ。ここは天国だって……。

 その囁くような肯定の言葉に、僕の思考は今度こそ、本当に、真っ白に焼け切れてしまった。

 

「あんたら、冒険者なんだろう? 肝心な武器が無いようじゃ話にならないねえ」

 老婆の言葉に、僕たちは我に返る。

 ……いや、語弊があるかも。我に返るのは、きっと僕だけ。

 服だけじゃ確かに足りない。これからのアンリエッタさんには、自分の身を守るための武器も必要。


「嬢ちゃん、魔法使いなんだろ? どんな魔法が得意なんだい」

「一通りは……。好きなのは風魔法に水魔法ですが。あとはそうですね、いざという時は近接での護身も少しなら」

「ふぅん。魔法一辺倒じゃなく、立ち回りもできる口かね。珍しいね。……なるほど、そこの坊やに仕込まれたのかい。それなら、こいつがいいだろうさ」

 いえ、どちらかと言うと仕込まれたのは僕の方だったり……。


 老婆は店の奥に立てかけてあった、一本の、風変わりな杖を手に取る。

 ひと振りすると、杖の先端についた銀の遊環が、シャン、と澄んだ音を立てた。月光を溶かし込んだかのような、美しい銀の杖だった。

 

「近頃は、近接はてんでダメな魔法使いばかりでねえ。こいつの良さが分からんのか、ちっとも売れやしない。どうだい、モノは保証するよ」

「銀、ですか?」

「ああ、銀は魔力を通しやすい。けど、柔らかいだろう? だから柄の部分は鋼で補強して、滑り止めに上等な革を巻いた特注品さ」

「へぇ……」

「これなら、万が一魔物の接近を許しても、柄で受け止めることもできる。おまけにほら、石突は鋭く尖っているからね。いざとなったら、こいつで一突きさね」

 

 すごい……。魔法の触媒であると同時に、護身武器でもあるんだ。

 この婆さん、ただ者じゃないな……。さすがゴードンさん紹介なだけはある。

 

 僕はごくりと喉を鳴らし、おそるおそる尋ねる。そう、金貨百枚を支払ってしまった今、手持ちは潤沢とはいえない我が身なのだ。

「あのう、これ、おいくらですか?」

「こいつの名は銀環杖。特注品でね、お代は金貨三枚だよ。まあでも、頑丈な柄や石突のせいで、魔法使いには敬遠されちまってねぇ。随分と長く売れ残っちまったから、半値でどうだい」


 金貨一枚と銀貨十枚……か。

 正直、それでも僕たちには厳しい金額だ。他に服なども入用だし。

 だけど、これ以上の値切りは……。

 いや、ダメ元で、言ってみるだけ!


「実は、ゴードンさんに紹介していただいたんです。もう少しだけ、安くはなりませんかね? ほら、服も、沢山買うわけですし……」

 僕のその一言に、老婆の皺くちゃの顔が、ぴくりと引きつった。

 

「……なんだい、あんたらゴードン坊の差し金かい?」

 ゴードン坊!? それに何だか低くて、地を這うような声が気になる。

 まずい、地雷を踏んでしまった?

「馬鹿言うんじゃないよ。あいつの名前なんざ出したら、逆に値上げしてやるところさね!」


 ええええ。ここは実は二人仲が良いってオチが、必要な場面でしょうよ。

 ゴードンさんが言ってた、『俺から聞いたって言うんじゃねえぞ』って、ホントだったの!? そんなあ。僕が顔面蒼白になっていると、老婆は、僕のその情けない顔を見て満足したように、けけけ、と喉の奥で笑った。

 

 「……まあ、いいさ。あのクソガキが、わざわざ客をよこすなんて、明日にも槍でも降るかもしれんからねぇ。縁起物だ。そいつは、金貨一枚でいいよ」


「え……良いのですか? あ、ありがとうございます!」

 僕とアンリエッタさんは顔を見合わせて、その、あまりにも気前が良すぎる申し出に、深々と頭を下げるばかりだった。

 

「それで坊や」

 皺くちゃの顔に、悪魔のような笑みが浮かぶ。

「少し露出が多いのがいいなら、そこのほれ、スリットが入っている服にしときな。実際動きやすいよ。あんたも嬉しいだろうしねえ」


 僕とアンリエッタさんの顔が、同時に茹でダコみたいに染め上がる。

 まさか聞こえていただなんて。

「な、ななな、何を……!」

「まあ……!」

 老婆の「けけけ」という、満足そうな笑い声だけが、いつまでも響いていた。

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