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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
二章 取り戻すために

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第38話 奇妙な出来事

 今日は稀に訪れる、マリーさんの仕事が休みの日。

 昨日の約束通り、僕たちは朝早くから魔の大森林へと分け入っていた。僕が鉄級冒険者へと昇格を果たしてから二人の主戦場は、以前のゴブリンが主だったエリアよりも、少しだけ森の奥深くへと移っていた。

 

 戦いの場を奥深くへ移したことが、先日のミレーユさんたちの危機を救う一助となったのは間違いないと思う。これほど広大な大森林で、都合よく声が届く距離にいられたのだから、互いにとって幸運であったことは疑いようもなかった。

 

「マリーさん、あれ、オークの集落じゃないですか?」

 先行していた僕が小さな声で呼びかけると、マリーさんは「どれどれ?」と慣れた様子で身を屈め、僕が指し示す方向へと視線を向けた。

 この、敵に気づかれないよう作戦を練る何気ないやり取りは、相変わらずお互いがすごく近くて、ちょっと気恥ずかしい。

 そんな僕の内心を敏感に察したのか、前方の集落へと向けられていた真剣な眼差しを、マリーさんはほんの一瞬だけ僕へと移し、その大きな緑色の瞳を細めて、くすりと微笑んでいる。

 ……もう、本当に敵わないな、この人には。

 

「ほら、あそこです」

 僕は照れを誤魔化すように、集落へ向けて指を差すも、

「……おかしいわね。確かに集落のようだけど、生き物の気配が全くしないと思わない?」と、マリーさんが、怪訝そうに眉を(ひそ)めていた。

 

「確かに。言われてみるとそうですね。ちょっと、見てきましょうか」

「ええ、でも気を付けるのよ」

 彼女の忠告に頷き、僕は慎重に集落へと近づく。

 マリーさんの言う通りだった。遠目に粗末な小屋がいくつか集まっているのは確認できたけど、魔物たちの騒がしい声がちっとも風に乗ってこない。そう、ここはあまりにも静かすぎるんだ。

 

 このまま集落に突入して、仮にオークが多少いたところで物の数ではない。

 僕はマリーさんに目配せし、音を立てないように、しかし大胆に集落の中へと足を踏み入れた。

 そして、周囲を見渡してすぐに状況を理解する。

 ──何のことはない、魔物たちは既に何者かによって討ち取られた後だったのだ。

 (おびただ)しい血痕と、無造作に転がるオークたちの亡骸が、ここで繰り広げられたであろう戦闘の激しさを、生々しく物語っていた。

 

「マリーさ~ん! ここ、もう誰かに狩られた後でした〜」

 僕が声を上げると、茂みを出たマリーさんが周囲をキョロキョロと警戒しながら近づいてくる。そのまま僕の所へ真っすぐやって来るのかと思ったら、途中で一体のオークの亡骸の傍らに立ち止まり、屈み込んで何かを熱心に調べている。

 何か気になることでもあったのだろうか?


「マリーさん、どうかしましたか?」

 僕が駆け寄ると、彼女は険しい顔でこちらを見上げた。

「フェリクス君、これ、おかしいと思わない?」

 彼女が指差すのは、オークの胸部。

 そこは、無残に切り開かれている。

「ほら、見て。魔石が無いでしょ? でも、オークの肉や皮、それに立派な牙も、手つかずでそのまま残ってるのよ」

「確かに……魔石以外すべてを残していくなんて、普通じゃありませんね」

 

 オークの魔石は、確かにゴブリンと比べれば多少の価値があると言えるものの、それ以外にも、あの頑丈な牙や大量に取れる肉や皮も、武具や食料の素材としての利用価値が高かった。

 それらを全て無視して、わざわざ手間のかかる魔石だけを綺麗に抜き取っていくというのは、一体どういう了見だろうか……。

 

 なんとも解せない奇妙な行動に、僕とマリーさんはお互い顔を見合わせ、(いぶか)しむしかなかった。

「念のため、他の亡骸も調べてみましょうか。何か手がかりがあるかもしれないわ」

「わかりました。気を付けていきましょう」

 僕たちは、まだどこかに残敵が潜んでいないか。最大限の警戒をしつつ、二人で手分けしてオークの集落全体を調べていくことにする。


 集落は、まるで時が止まったかのように、不気味なほど静まり返っていた。

 僕は一体一体の亡骸を検め、その胸に空いた不自然な穴を、眉を(ひそ)めながら観察する。マリーさんも、集落の周囲をくまなく調べてくれているものの、原因の究明に繋がるような、決定的な手掛かりは見つけられずにいるようだった。


 僕も彼女とは別の場所を調べていた、その時だった。

 あるオークの亡骸の、そのすぐ傍のぬかるんだ地面に、僕は、あるものを見つけたんだ。

 

「どう? フェリクス君、何かあった?」

 僕が別の亡骸を調べていると、マリーさんが声をかけ近づいてくる。

「マリーさん、これ見てください。足跡です……それも、かなり新しい」

 僕が地面に残る微かなブーツらしき跡を指差すと、マリーさんは僕のすぐ傍らに立ち、それを注意深く見ようと上半身だけをぐっと、僕の方へと屈めたんだ。

 

 ──ああ、真に感謝すべきは、重力という名の偉大なる物理法則様よ。

 その御力によって、マリーさんの豊かな双丘は彼女の動きに合わせて、ぶらりと魅惑的な弧を描いているではありませんか。

 それが『たわわわん』と、豊満かつ艶かしく揺れるその様を、この僕が見逃すはずもないのです! ふんす!

 いや、参りました。本当に参りましたよ。

 アンリエッタさんだけかと思ったら、違ったんです……。この目ん玉はっ

 オイタばかりして! もう!

 

 拝啓

 麗しのアンリエッタ様。

 これは決して、二心などという、やましいものではございません。

 ハハ、一体、何と申し開きをすればよいものやら……。

 その……そこにあれば、健全な男子として、つい見てしまうのは、もはや不可抗力というか、生理現象とでもいいますか……。そう、これは、ただの純粋な探究心のようなものなのだと、何卒、何卒ご理解いただければ、これ幸いに存じます。


 そもそも、目の前に現れた『たわわさん』を見ずにおれる男など、果たしてこの世に存在しましょうか? いるはずがありません!(断言)

 もしいたとしたら、そんな奴はもはや健全な男子とは到底言えませんよ。それはもう、完全に枯れています。枯れ木の境地です。

 

 ……いや、ひょっとすると、枯れ切っていたとしても……。それでも、無意識のうちに見てしまうのが、我ら、悲しき男子(おのこ)の定めなのかもしれませんね。

 どうか、どうかご理解ください。そして、お許しください。

                     ──あなたのフェリクスより


「これは、足跡で間違いなさそうよ。深く残っているものと、浅くて少し小さいものがあるみたいだわ。おそらくは男性と、もう一人は小柄な人物? 女性? それとも子供かしら」

 僕が内心で必死に、麗しのアンリエッタ様へ向けて『たわわさんについての詫び状』を書きあげる間も、マリーさんは至って真面目に、冷静に状況を分析してくれていたみたい。

 さすが元冒険者様、貴女は本当に有能です。尊敬します。

 

「この集落を壊滅させて、魔石だけを綺麗に持ち去る。それ以外の、価値がありそうな戦利品は全て放置して去った……で、その二人のうち一人は女性、もしくは子供という組み合わせですか? 一体、何が目的なんでしょう。魔石だけを専門に集めている集団とか?」

「さあね。これ以上ここで調べても、分かることはなさそうよ。何だか気味が悪いし、他の戦利品だけ頂いて、さっさとここから離れましょうか」

「え、頂くって、いいんですか? 魔石がないとはいえ、結構な量ですよ?」

 

「だって、見ての通り、完全に捨てられてるじゃないの。これを私たちが有効活用してあげるのは、むしろ良いことでしょ?」

「まあ……確かに、そうですね」

「ギルド職員である、この私が言うのだから大丈夫よ。安心してちょうだい」

 マリーさんは悪戯っぽく片目を瞑ると、自分の胸を「任せなさい!」と言わんばかりに、自信満々にトンと叩いてみせた。


 あら、さっきぶりですね『たわわさん』。

 本日はよくお会いする日ですこと。ふふ、二枚目の詫び状はご勘弁。


 どうにも釈然としない気持ちは残った。

 とはいえ、マリーさんの言う通り、これらは『廃棄品』のようなものなのだろう。僕たちは、中でも状態が良く、評判も良いとされるオークの肉と、まだ使えそうな牙や武具を、戦利品として多少頂いていくことにして、謎のオーク集落を後にした。


「マリーさん、あんなことって、この森ではよくあることなのですか?」

「ううん、ないわ。戦利品を回収する余裕もなく、命からがら逃げ出すっていうなら、まあ、ある話でしょうけど。わざわざ魔石だけを丁寧に抜き取って、他の素材を全部残していくなんていうのは、私も初めて聞いたわね。ちょっと気味が悪いわ」

「そうですか……」


「そうだ。まだ時間はありますし、もう少しだけ探索を続けてみてもいいですか?」

「もちろんよ。どんどん行っちゃって!」

 僕の提案に、マリーさんは元気よく応じてくれた。


 先ほどの謎のオーク集落を起点にして、僕たちはさらに魔の大森林の奥深くへと、慎重に探索を続けていく。道すがら単発的にオークや、ダイアウルフといった魔物に襲われはするものの、マリーさんの的確な弓の援護と、僕の剣技の前には敵ではなかった。

 さして大きな集団に当たることもなく、ただ、時間だけが過ぎてゆく。

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