第23話 冒険者ギルド
「ずいぶん長く待たせちゃった? ごめんね」
僕の溜息を聞いたのか、受付の彼女……例のアンさんらしき女性が、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた後、ニコッと人懐っこい笑顔をこちらに向けてきた。
ああ、なるほどね。これは確かに人気が出るわけだ。
この屈託のない、明るく爽やかな笑顔。危険な冒険に出る日の朝や、あるいは命懸けの仕事を終えて疲れ切った後にこの笑顔を見たら、そりゃあ男共は癒されるだろうさ。やっぱり笑顔って大切なんだと、改めて再確認。
「えっと、すみません。ギルドを利用するのは、これが初めてなのですが」
「あら、初めてなの?」
「そうなんです」
「冒険者ギルド・リヨン支部へようこそ。私、受付を担当しているアンよ。これからよろしくね」
自らをアンと名乗った女性は、そう言って親しみを込めるように頭を下げる。
その瞬間、彼女の豊かな胸が動きに合わせてぷるんと揺れた。
「……!?」
ミ、ミニエッタさんのば、倍はあるだと!?
陽光を浴びた新緑のような、穏やかな緑色の髪と瞳が印象的で、明るくハキハキとした倍サイズの女性。そ、そりゃ人気が出るのも分かる気がする。
だ、だ断じて、ぼ、僕には関係ないけどね。
「それじゃあ、冒険者登録を進めさせてもらうわね。それでいい?」
「はい、よろしくお願いします」
「まず、この用紙にね、名前とか年齢、出身地なんかを、分かる範囲でいいから書いてもらえる?」
「わかりました」
「あ、もし字が書けないようなら、私が代わりに書くこともできるから、遠慮なく言ってね」
「いえ、字は書けますので大丈夫です」
「じゃあ、書いてもらっている間に、いくつか質問させてちょうだい」
「はい、どうぞ」
彼女から一枚の用紙を受け取り、カウンターに置かれたインク壺とペンで、必要事項を埋めていく。……僕が今こうして、この世界の文字をスラスラと書けるようになったのも、全てアンリエッタさんが、教えてくれたお陰なんだよな……。
あぁ、僕の唯一無二様に会いたい。
今頃、何をしているだろうか。
「お名前は、フェリクス・コンスタンツェ君、で、年齢は十六歳か、若いのね」
おっと、記入中の用紙を覗き込んで、アンさんが確認するように読み上げる。僕は書きながら、ペコリと軽く頭だけを下げて応じた。
「ふふ、それにしてもフェリクス君。男性にしては、ずいぶんと綺麗で整った字を書くのね」
アンさんが、感心したように僕の書いた文字を眺めている。
「え? そうなんですか?」
「ええ、そうよ。とても綺麗な字だわ」
「字を教えてくれたのが、その、女性だったもので……」
僕の字のお手本は、アンリエッタさんのあの流れるような美しい筆跡だったから。こんなところにまで、彼女と過ごした日々の証が、深く刻み込まれているのだと思うと、また自然と目頭が熱くなってくる。
……駄目だ駄目だ。ここで泣くわけにはいかない。
しっかりしろ、気持ちを切り替えるんだ。
「ふぅん。……何か訳アリみたいね」
目頭を熱くしてしまった僕の様子を見てか、あるいは何かを察したのか。アンさんが意味深な言葉を小さく呟き、少しだけ探るような視線を向けてくる。
「何か言いました?」
「ううん、別に? こっちの話だから気にしないで〜」
何か、はぐらかされたような気がするけど、まあいいか。
「じゃあ、フェリクス君。冒険者ギルドでは、これから主にどういった活動をしていくつもりなの?」
アンさんが、すぐに仕事モードの表情に戻って尋ねてくる。
「活動、ですか?」
「ええ。例えばね、街の住民の方からの依頼を専門にこなしていく人もいるの。そういう場合は、案内する仕事内容も探し物だったり、誰かへのお届け物とか、ちょっとしたお掃除や力仕事の手伝いなんてのもあるわ」
「へぇ、そんな仕事もあるんですね」
「いわゆる街の『便利屋さん』みたいな仕事ね。危険は少ないけれど、その分、報酬はお安めなことがほとんどかな」
町の人たちに感謝されそうで、とても良い仕事内容だけれど、今の僕が受けるべき依頼ではないと思う。
「……僕は、とにかくお金を稼がなければならないんです。理由があって、まとまったお金ができるだけ早く必要なんです。何か、おすすめはありませんか?」
僕が真剣な表情でそう答えると、アンさんは少しだけ驚いたように目を見開くも、すぐに事情を察してくれたのか、こくりと頷いた。
「なるほど、稼ぎたい、と。そういう方には魔物の討伐依頼や、商人に貴族の方からの護衛依頼。あるいは危険な地域での希少な素材の採集・納品依頼など、ある程度の戦闘能力が求められる依頼を案内することになるわね」
「へえ、そういう仕事もあるんですね」
「ただ、当然だけど。その分危険が伴うし、命の保証はできないわ」
彼女が、少し心配そうな目で僕の顔を覗き込む。──会ったばかりの他人とはいえ、まだ年若い僕のことを気遣ってくれているのかもしれない。その優しさが、アンリエッタさんを思い出させて、また胸がチクリと痛んだ。
「その……大変失礼だけど、フェリクス君。戦闘の経験なんかはあるの?」
「剣術と、あと魔法を修めていますので、大丈夫だと思います」
僕が自信を持ってそう答えると、アンさんは再び少し驚いたような表情を見せるも、すぐに「それなら安心ね」と納得したように頷いた。
「ふぅん。その年で剣も魔法も使えるなんて、すごいじゃない。それが本当なら、すぐに活躍できるかもね。ただ、それでもね。ギルドの規則で、登録したばかりの方に、いきなり難しいお仕事は斡旋できないことになってるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。冒険者ギルドにとっても、将来有望な冒険者さんを無謀な依頼でみすみす失ってしまうのは、大きな損失だから。皆さんにはできるだけ安全に、そして長く活躍していただきたいと思ってのことなのよ。だから、自身の実力に見合った依頼から受けてもらうってわけ」
「なるほど……。じゃあ、最初は難易度の低い依頼から始めて、コツコツと実績を積み上げていく。という感じですか?」
「ええ、基本的にはそういう流れになるかな。では早速だけど、冒険者として正式に登録を進めていくわね」
「はい、お願いします」
「冒険者としての身分を証明する『冒険者票』はどうする? この票の発行には、手数料として銀貨一枚が必要になるんだけど……」
「それは、必ず無いとダメなものですか?」
「いいえ、冒険者登録自体は必須だけど、冒険者票の所持は義務ではないの。ただし、もしこの票が無いと……万が一、依頼中に事故かなんかで亡くなった場合は、身元が判明しなくて、どこの誰とも分からない『名無しさん』として処理されてしまう可能性もあるから注意して」
死か……。コンスタンツェ領で暮らしていた僕には、全く縁のなかった言葉。
冒険者になるということは、それだけ危険が伴うということなんだろう。
アンさんが続ける。
「そういうこともあって、基本的には作成することをお勧めしてるんだけどね。……まあ、作らなくても、このリヨンのギルド内で活動する限りは、登録書類でちゃんと管理されてるから、活動自体に特に支障はないわよ」
「なるほど……」
「もし今後、フェリクス君が他の町のギルドで仕事をしようって時には、その票が無いと、また一から全くの新人として下積みを始めなきゃいけなくなっちゃうから、ちょっと不便かもしれないわね」
ふむ。要するに、ギルド公認の身分証明書みたいなものか。
持っていれば、他の町でもスムーズに活動できる、と。
「その票があれば、他の街の冒険者ギルドへ行っても、ここリヨンで上げたランクや実績がそのまま引き継がれて、同じ難易度の依頼が受けられる。ということですね?」
「ええ、その通りよ。ふふ、フェリクス君は察しが良くて、説明が楽で助かるわ」
そう言って、アンさんがまたニコッと人懐っこく笑う。
世の中には、本当に話の通じない、それこそ道理も何も弁えない輩も中にはいるんだろうな。そういう奴らに、ちょっと複雑なギルドのルールを、一つ一つ丁寧に説明して理解させるなんて、考えただけでもゾッとする。
僕なら……絶対やりたくない。
こういう受付の仕事は華やかに見えるけど、存外大変そう……。
アンさん、お疲れ様ですッ。
「では、作成してください」
銀貨一枚は今の僕には痛すぎる出費だけど、先行投資だと思うことにする。アンリエッタさんを取り戻すためには、リヨンだけでなく、もっと遠くまで足を延ばす必要が出てくるかもしれないし……。
「冒険者票は作成に少し時間がかかるから、後日、出来上がり次第ギルドで渡すわね。これで冒険者登録は完了よ。早速だけど、何か依頼を紹介しましょうか?」
「はい、ぜひお願いします」
「通常はね、あそこの掲示板……ギルドに入ってすぐの広間に貼ってある依頼の中から、自身のランクに合ったものを選んでもらうんだけど。フェリクス君の場合は、今日登録したばかりの『青銅級冒険者』になるから、依頼書の右上に『青銅』って印があるものから選んでちょうだいね」
「青銅、ですね。わかりました」
「そうよ、初めての人はみな青銅から始まるの。自身の等級以下の依頼しか受けることはできないから、その点は気をつけて。あ、もし今後、他の冒険者とパーティーを組む場合は、また別のルールがあるんだけど……まあ、必要になったらその時にまた説明させてもらうわ」
「ありがとうございました。じゃあ、掲示板で探して来ます」
礼を言って去ろうとすると、アンさんが、
「あっ、ちょっと待って」と僕を呼び止めた。
「フェリクス君は初めてだから、今回は特別に私が一緒に探してあげる。ここに現在、青銅級の方が受けられる依頼の一覧があるから」
そう彼女は言うと、机の下の棚から既に用意されていたのであろう、分厚い紙の束を取り出し、ドスン、とカウンターの上に置いた。
結構なボリューム。
思った以上に、依頼の数は多いのかもしれない。
「えーっと、初めてだけど、剣術も魔法も得意、なのよね? ……うーん、そうねぇ、だったら、この辺りの依頼はどう?」
アンさんは慣れた手つきで紙束をパラパラとめくり、いくつかの依頼書をピックアップして僕に見せてくれる。
色々と見せてもらったけど、何もかもが初めての僕には、どれが自分に合っているのか。報酬と危険度のバランスはどうなのか、いまいち判断がつかない。
それに冒険者の仕事は、おそらく今日一日で終わるような、単発のものばかりではないはず。できれば、ある程度継続して受けられて、安定して稼げるようなものがいい。
僕は、正直にそう要望を伝えた。すると、アンさんはしばらく腕を組んでうーん、と長考した末、「それなら、ひとまず……」と、三つの依頼を紹介してくれた。
依頼一:武器屋からの依頼。インゴットの運搬(安全、重労働、報酬はまあまあ)
依頼二:ゴブリンの討伐(危険あり、数が多いことも)
依頼三:薬師からの依頼。ポーションの材料となる薬草の採集(討伐のついで可)
僕は彼女へ改めてお礼を言い、その三つの依頼内容を書き写してもらうと、活気と熱気の渦巻く冒険者ギルドを後にした。
さあ、これからが、アンリエッタさんを取り戻すための本当の始まりだ。
……それにしても、さっき腕を組んだアンさんの、アレが、ぐっと持ち上がって更に強調されてたのは、なかなかどうして。
彼女が、この冒険者ギルドの人気受付である理由を、早くも一日目にして色々悟ってしまう一日だった……。




