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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第一章 転生で初めて人の温もりを知る

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第13話 カボチャ、お前は許さん

「やっ」「はあっ!」

 ガッ、ゴガッ、ドガガガッ!

 木剣同士が、まるで火花を散らすかのように、激しくぶつかり合う。

 其々の想いを載せ、疾しる剣閃は、激しいリズムとなって静謐(せいひつ)な庭に響いていた。

 

 その瞬間だけを切り取れば、黒曜のような髪に蒼玉の瞳が神秘的な麗人と、朝日煌めく金髪と爽やかな青眼の美少年が織りなす、まるで絵画のような一幕に違いない。


 アンリエッタさんが繰り出す連撃は、彼女が持つ細身の木剣から放たれているとは思えないほど鋭く、そして水が流れるように華麗。その細身から放たれる高速に迫る切っ先を、僕は必死に受け止め、時には体勢を崩しながらもいなし、後退しては紙一重で躱す。


 ──いまだ! 稽古を重ねる中で、ほんの僅かに読めるようになった彼女の呼吸の間。ほんの一瞬だけ生まれた彼女の隙を見逃さず、僕は持てる限りの力と速度を込めた渾身の剣閃を、彼女の細い胴へと見舞った。

 ヒュンッと、木剣が空気を切り裂いて、彼女の美しい肢体へと迫る。

 勝利を確信したその瞬間、僕の渾身の一撃はまるで風に舞うように『ヒラリ』と、信じられないほど優美な動きで、またしても(かわ)されてしまった。


「くっ、だめか」

 これで本人は『剣は嗜む程度』だって言うのだから、嫌になる。

 ふっ。小さく毒づいたように見えて、口元には笑みが綻んでいた。やはり、真剣に向き合ってくれる相手がいるというのはいい。素振りとはまるで緊張感が違う。

 

 空を切った僕の剣先、振り抜いたことで生じた僅かな硬直に、がら空きの胴体。それを見たアンリエッタさんが「今が好機」とばかりに、勝負を決すべく大きく動き出す。

 タンッ、と力強く地面を踏み込み、その華奢な肢体を軸にして、独楽(こま)のように鋭く回転しながら、薙ぎ払うような苛烈な一閃を放つ。

 その激しい回転が生み出す遠心力に、彼女のスカートは、これまで見たどの瞬間よりも高く大胆に翻る。バサッと音を立てて舞い上がった裾は、一瞬、かなり危うい角度までめくれ上がるのが見えた。


 ひらりと宙を舞うスカートの裾。

 その奥に垣間見える白い太ももさんの、さらに奥深く。何人(なんびと)たりとも侵してはならない聖域……いや、『絶対禁域』が覗くか、覗かないか──!? その刹那の光景に、僕のけしからん意識は完全に奪われてしまった。あまりにも致命的な隙。

 

 ──なあお前、稽古とは言え戦闘中だろ? うん、そうだよ……。

 見てる暇なんてあるのか? いや、ないね……。

 お前って、もしかして馬鹿なのか? うるさーい、ほっといてくれ。


 我に返った時には、もう全てが手遅れだった。

 アンリエッタさんがその大きな隙を、決して見逃がすはずがない。

 翻ったスカートが回転運動から落下へと、空中で形を変えつつある、まさにその瞬間。がら空きになった僕の胴へ、吸い込まれるように鋭い薙ぎの一撃が完璧なタイミングで放たれていた。


 ドゴッッ!!

「ぐああああっ!」

 鈍い衝撃と共に、脇腹に走る強烈な痛み。

 息が一瞬で止まり、視界がチカチカと白む。

「だ、大丈夫ですか!? ぼっちゃま!」

 僕の呻き声を聞き、アンリエッタさんが血相を変えて駆け寄ってくる。

 その顔には、先ほどまでの剣士然とした格好のいい表情ではなく、いつもの心配そうな優しい眼差しが浮かんでいた。


 苦痛に顔を歪めながら、僕はなんとか声を絞り出す。

「だ、だいじょうぶ、だよ……、いたたた……」

 木剣で打たれる痛みは、前世で経験した竹刀の比ではない。骨を粉砕するような、重く強烈な痛みが容赦なく襲ってくる。……まったく、こんなハードな稽古、治癒魔法が存在しない世界だったら、恐ろしくて絶対に無理だね。


 アンリエッタさんが、打たれた僕の脇腹にそっと手を翳し、澄んだ涼やかな声で詠唱を始めてくれた。

「森の恵みよ、傷を癒したまえ【シルウァヒール(森の癒し)】」

 彼女の手から柔らかな緑色の光が溢れ出し、痛む箇所を優しく包み込む。

 森の癒しが具現化したような、清らかで温かい光。うん、まさにアンリエッタさんらしい光。

 その光に触れていると激しい痛みが和らいで、打撲の熱がすうっと引いていく。


 ……彼女のお陰で、僕自身も治癒魔法は使えるようになったけど、やっぱり、こうして想いを寄せる女性に直接癒してもらうのは、格別なものがあるよね。ふふん。

 これは、僕だけのささやかな喜びであり、役得でもあるのだ。

 (めちゃくちゃ痛いのは勘弁してほしいけど)


「……よし。それじゃあ仕上げに、っと」

 痛みが完全に引いたのを確認した僕は、自分の体に、そして労わるようにアンリエッタさんにも強化再生魔法をかける。

「断たれし我が血肉よ、内なる力を以てその身を癒し、不動の礎となれ【インターヴェンション(強化再生魔法)】」

 淡い光が僕たち二人をそれぞれ包み、打ち合いで傷ついたであろう肉体を、筋繊維をより強く、よりしなやかに修復・強化していく。


 それにしても、改めて思う。

 アンリエッタさんはどこからどう見ても華奢で、力が強いようには到底見えない。けれど、実際にこうして剣を合わせてみると、彼女は本当に手強い相手なのだ。

 騎士のような一撃の重さこそない。

 その代わり、目で追うのがやっとというほどの、驚異的な剣速と、流れるような体捌きを持っている。アンリエッタさんにこうして稽古の相手をお願いするようになってから、僕の剣の腕が、以前とは比較にならない速度で上達していくのを、はっきりと実感していた。


 気のせいだろうか? 徐々に彼女の動きの鋭さ、剣の速度が増しているように感じるのは。もしかして、これって、僕が日夜彼女に掛け続けている【インターヴェンション(強化再生魔法)】の効果が、地味~に蓄積されてるせいだったり?

 おいおい、思ったより凄い魔法なのかい? お前さん……。


「アンリエッタさん、僕、先に井戸に行ってるね」

「はい、ぼっちゃま。私も片づけたらすぐに参りますね」

 汗を拭い、木剣を片付けながら声をかけた。


 ギシギシ、と古びた滑車が、朝よりも少しだけ甲高い音を立てる。

「相変わらず、煩い滑車だなぁ。──よいしょっと」

 井戸から冷たい水を汲み上げては、井戸端の台に置かれた大きなたらいへと注いでいく。アンリエッタさんに稽古の相手をお願いするようになってから、僕は自発的に洗濯の手伝いもするようになっていた。

 しかしまぁ、人生、何が起こるか分からないものだね。

 こんな風に彼女と並んで洗濯物をゴシゴシ洗うことが、こんなにも楽しくて、心が満たされる時間になるなんて、誰が想像しただろうか。前世じゃ、洗濯なんて面倒くさいものの代表格で、全部クリーニングに出すのが当たり前だったというのに。不思議なものだね。


「お待たせいたしました」

 両手に洗濯物の入った籠を抱えて、アンリエッタさんがやってくる。

 洗濯のたらいを挟んで、向かい合う僕たち二人。石鹸を泡立て、服の生地が傷まないように、力加減に気を付けながらジャブジャブと洗っていく。

 おそらく、服そのものが貴重品だからだろう。

 この世界では毎日洗濯をする習慣はないみたい。だから、たまに行うこの洗濯は結構な量となり、なかなかの重労働だったりする。

 僕としては、もうちょっと洗う頻度を増やしたいところ……。

 

 そんな中、僕の手に、ごわごわとした感触の白い布製の何かがあたった。

 ……ん? なんだこれ?

 形からして女性用の下着──所謂(いわゆる)ドロワースというやつかな?

 正直に言って、色気もへったくれもない。デザインなんて何も考慮されていない、ぼてっとした風体。

 てっきり、これは年配のオデット婆さんの肌着だろうと、僕は無意識にそう思い続けていたんだ……。

 そう、さっきまでは……。

 

 ──アンリエッタさん、まさか貴女も、これを履いていたのですか!?

 

 ああ、今語ろう。辛く悲しい物語を。

 先ほどの稽古で、彼女のスカートは高く大胆に翻った。あの瞬間、バサッと音を立てて舞い上がった裾は僕らの想いをも載せて、高く、高く舞ったのさ。

 ほんの一瞬、白い太ももさんの奥に見えた『絶対禁域』を僕らは見逃さない。

 そうだろう? 

 だが、あの刹那、世の男達が望んだのは……決してお前の姿じゃあない。

 

 ──白いフリルの付いた、可憐なショーツではなかったのか?

 いやいや、彼女なればこそ、艶やかな黒のショーツが望ましい。

 何を言っている? お前ら子供かよ。ここはやはり、レース仕立てのガータベルトに決まっているだろうが! この、凡夫共が!

 落ち着こうよ、みんな。ここで僕たちが争っても仕方がない。

 だがしかし、ああ、そうだね。

 今日初めて皆と僕の想いが、一つになった気がするよ。


 神が精魂込めて創りたもうた至高の存在たる貴女が、こんな物を履いてはいけないッ。僕は、男達のささやかな夢と希望を打ち砕いた、カボチャが憎いッ!

 

「ああっ、ぼっちゃま。そ、それは、私が自分で洗いますから」

 僕の手に握られ、今まさに最大級の呪詛を込められし白き悪魔(ドロワース)を見て、アンリエッタさんが顔をトマトのように真っ赤にしながら、慌てて僕の手からひったくるように取り上げた。

「ど、どうしてわざわざ、そんな風に持ち上げるのですか……もうっ」

 ん? 君は、洗濯たらいの中で、じゃぶじゃぶと水面下で洗われている間はまだ許せても、衆目に晒すように水面から上げるな。といいたいのか?

 ふん、別に構わないだろうに。たかだか、カボチャではないか。


「別に、そんな恥ずかしがらなくても。ただのカボチャパンツじゃないか」

 つい、先ほどの『絶対禁域』での裏切りに対する、男たちの憤りが口をついて出てしまった。だが、後悔はしていない。

「か、かぼちゃ……? この形が、かぼちゃですか……?」

 アンリエッタさんが、信じられないものを見るような目で、手の中の肌着と僕の顔を交互に見比べる。

「うん、そうだよ。カボチャみたいでしょ。それ」

「…………ぼっちゃま、ひどいです」

 蚊の鳴くような声で呟くと、彼女はぷいっとそっぽを向いてしまった。その耳も、首までもが真っ赤になっている。


 しまったあああ!

 つい、カボチャパンツへの個人的な憤りを、彼女本人にぶつけてしまった!

  これは完全に僕が悪い!

 ごめんなさい、アンリエッタさん。


 ……まあ、そんなこんなで。

 今日もまた、庭の物干し紐には、アンリエッタさんの……あの、ちょっと不憫なかぼちゃパンツ(ドロワース)の隣に、僕のパンツが並んで仲良く風に揺られている。

 こんな、なんてことない、少し間抜けでくだらない日常。

 それが、今の僕にとっては、かけがえのない幸せなんだ。


 幸せには色々な形があって、甘くてキラキラしたものばかりじゃない。

 こんな風に少し不格好でも温かくて穏やかな幸せもあるのだと、この世界に来て、愛すべき家族やアンリエッタさんと出会って、僕はようやく知ることができたんだ。

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