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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: りわ あすか
事端編*暁の境界

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075 TRICK 企み,策略

 夜明けの光が差し込み、聖堂を包んでいた灰の霧が少しずつ薄れていく。


 ユウは肩の上で黒龍――アルジェントが眠たげに尾を揺らすのを感じながら、崩れた床の上に腰を下ろしていた。魔女シルヴェリアの断片――というモノはその姿を消失させた。


 静寂の中にはどこか柔らかな温度が残っている。


 ルクスが、焦げた壁にもたれながら口を開いた。


「……いずれ誰かが壊していた。それは僕だったかもしれないな。この街の下では、結界のひずみが限界だったから」


 ユウはうなずく。


「ルクスさんって、カーネリアの人ですよね」


 ルクスは苦い笑みを浮かべた。


「元。辞めた。……いや、辞めたというより、逃げた、かな。僕の任務も失敗したし、彼女も消えてしまった」

「……逃げた?」


「カーネリアはいま、とても不安定で……議会の中には、他国……との開戦を望む者も多い。僕は争いはどうしても好きになれない。だから……」

「……戦争、になるの?」


「まだ分からない。僕は考える事からも、逃げて来た」

 彼の瞳は、灰色の霧の向こうに沈む朝日を見つめていた。

「そういう君は、いったい何者? 肩にいるのは龍の子供だろ? さっきの少年が変化した姿なのか、そちらが本体なのか」


 急に話題を振られたアルジェントは薄目を開けたが、すぐに閉じる。

 我関せず、といった所だろうか。


 だいたい、なぜ、ロシュディの随獣であるアルジェントが自分と行動を共にしているのか判らない。確かにユウが転移網を発動させたのは急だったが、彼ならばこの不安定な都市間でも自由に行き来できるだろうに。


「この子は、借り物で……私は――テンシアの冒険者ギルドに所属している薬師です。ここにいるのは不可抗力……かな」


 懐かしさが胸を掠める。

 ユウはポーチの中からギルド証を取り出し見せると、ルクスは半分納得したような顔つきになったが、まだ探るようにこちらを見つめ返す。


「テンシアの冒険者ギルドから派遣されてきたってこと?」

「いえ……テンシアに行こうとしていたんですけど、ちょっとした事故で、本当ですよ!?」


 ユウはごそごそとアイテムポーチの中を漁り、一冊の本を取り出した。

 角は少し焦げて、栞紐がちぎれかけている。


「ルクスさんって魔術師なら、転移って出来ますか?」

「ええ、それなりに」

「おお! それなりってどの位ですか? 目的地を考えたら移動できちゃったりします?」


 身を乗り出すユウに対してルクスは、やや引き気味に「転移陣があれば、その指定座標には移動できる程度」と、答える。


「指定座標……とは」


 確かエミールも言っていたような気がする。

 ユウがぐるぐる思考する横で、ルクスは完全に不審者を扱う目をしていた。


「これ、まだ使えるのかな……」


 アルジェントが窘めるように尻尾を打ち付けて来た。

 光の粒が本の表紙に浮かび、ゆっくりと文字が光に変わる。

 次の瞬間、風が巻き上がり、ユウの姿は霧の中に溶けた。


◇◇◇


 王都フェリア、フェルギス王国の中心に建つ王城。

 執務室の重厚な扉が開く音が響いた。


 書状を手にした従者が一礼し、オレリアスの前に膝をつく。


「カーネリアより、国王陛下宛の親書でございます」


 机に置かれた封蝋は、黒赤の双翼――魔術国家カーネリア王家の紋章。

 オレリアスは側近に封を切るように命じる。

 傍らでは宰相に並ぶようグレイドが控え、リーグベルからの報告をまとめた書簡を手にしている。


 静まり返った執務室に、羊皮紙の擦れる音が響いた。


 オレリアスは親書に軽く目を走らせただけで、何も言わずグレイドの反対側に控えていたロシュディに渡した。

 読み進めた彼は、やがて無言のまま書簡を机に置き王を見る。


「カーネリア王家は、両国の和平を望むと明言している。ただし――条件として、第三王女アーディナ殿下と我が義理の息子であるロシュディの婚姻を求めてきた」


 長く重い沈黙が場を支配する。

 宰相が小さく息をついた。


「……つまり、両国の血を一つにして、開戦を避けたいという狙いでしょうか」

「それなら良いが……問題は、あの国が本当に和平を望んでいるのかどうかだ」


 ロシュディは黙り込んだまま、指先で書簡の文字列をなぞった。


「王印が無い」


 そして紙面の奥に、微かに魔術の痕跡が刻まれているのを感じ取っていた。

 どちらかというと魔法や魔術を忌避するこの国では、魔力を込められた罠に疎い人間が多い。こういった親書の類には、ごく稀に、直接的な毒物や刃物以外のまじないが刻まれている。


 つい先日紛れ込んだカーネリアからの密書にも似たような物が刻まれていたが、あくまでも書簡が無事に目的地まで届いたかを確認する程度のものだ


「それに監視印がまだ機能している……」


 ロシュディの言葉に、オレリアスはグレイドとリーグベルにも視線を走らせる。


「カーネリアの魔導術式かと」

「壊しますか」


 リーグベルの問いに、王は無言で首肯した。

 遠隔地の会話を盗み聞くなどという魔術などあると、聞いたことが無いが、念のために。


 少し時間を置いて、グレイドが静かに切り出した。


「カーネリアは近年は権力闘争が激化しております。つまり王家自身がすべてを掌握しているとは限りません」

「それはフェルギスも似たようなもんだな」


 グレイドの言葉に、ロシュディは薄く笑う。


「なれば、まずこちらが動くとするか。和平を拒むつもりは毛頭ない」


 オレリアスは静かに立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

 王都の結界は今も夜空に微かな光を灯し、人々の営みを包んでいる。

 その先で、朝の光が差し始めていた。


 蒼白い光を反射する大理石の床。

 磨き上げられた謁見の間の玉座の脇に立つロシュディの姿は、一国の重みを背負うには、まだ若く心もとない。


 オレリアスの脇に控えていた宰相が、招集された議会の面々の前で文面を読み上げる。


「――両国の恒久的和平を望み、我が国の第三王女アーディナ殿下と、フェルギス次期王位継承者ロシュディ殿下との婚約を提案する」


 読み終わると、重臣たちの間に微かなざわめきが走った。

 長きにわたり魔術の国と魔術を忌避する国として対立してきた相手からの、婚姻提案。


 その真意を、誰もすぐには掴めなかった。


「カーネリアがこのような形で手を差し伸べるとは僥倖」

 最初に口を開いたのは、財務官のラング侯爵。

 年老いた声には、警戒よりも好機を得た者の響きがあった。

「殿下、我が国の現状をお考えください。各都市との通信は途絶え、交易路も寸断されております。この混乱の中、隣国との縁は安定の糸口となりましょう」


 ロシュディは沈黙を守った。

 背後で老宰相がひとつ咳払いをする。


「だが侯爵、この提案がもし王家からのものではないならば、それはカーネリアという国家の意向とは異なる可能性がある。彼らが政変に揺れているのは確かだ――軽々と受け入れるわけにはいかぬのでは」


 マクレイン候が、両手を広げて取りなす。


「とはいえ、宰相殿。和平は我らにとって願ってもない好機。戦を回避し、国庫を保つために……」


「カーネリアは魔術を礎とする国。我々がいま、その力に縋れば――フェルギスの歴史そのものを否定することにならんか」


 ロシュディの低い声が、場の空気を鋭く切り裂いた。

 青年の双眸には、意志の光が宿っていた。


 マクレイン候は肩をすくめて笑う。


「否定ではなく、変化です。魔術を忌む教義に縋るより、隣国の知恵を借りて新しい国を築く方が賢明では? 我々の生活の中に魔術は溶け込んでおりますぞ。この魔導灯も通信具も――結界も」


「しかしそれらの知恵の中に、我々の知らぬ毒が紛れ込んでいたらどうするのだ」

 ロシュディの反問に「しかし殿下には魔力が御有りでは……そして魔術師をこうやって重陽されていらっしゃる」とマクレインは滔々と続けた。


 外から風が吹き込み、長いカーテンを揺らす。

 まるで、古き時代の残響がざわめいたように。

 

◇◇◇


「……つまり、保留だと?」

 マクレイン候の言葉に、ラング侯爵が鼻で笑う。

「若造め。始祖の血統というのも眉唾ものよ。今のうちに、我らで舵を取らねばなるまい」

「ですがオレリアスには老宰相やグレイドが控えています。彼を敵に回すのは得策では――」

「案ずるな。グレイドは時流の行方をよく見ておる。例えば、代行者を立てることなど、そう難しい話ではない」


 部屋の奥で、ラング候の従者が一礼した。

 彼の腕には一通の密書が握られている。


「――これは?」

「カーネリアより極秘に届いた手紙には、第三王女殿下は、婚約を望んでいない。この縁談は議会による策である……と」


 だが、すぐにその沈黙を破ったのは、マクレイン候の乾いた笑いだった。


「ならば、なおさら好都合だ。王女が望まぬ婚姻なら、政変による王女の亡命として書き換えればいいではないか――その時、フェルギスの王冠は完全に我らの元に」


 ラング侯爵が赤いワインを掲げる。


「では、祝杯を。未来の新王家に。古き良き時代に幸あれ」


 杯が触れ合う音が響いたその瞬間、窓の外で、夜風に乗って一羽の黒い影が横切った。

 その瞳は、密談の場をまるで嘲るように見下ろし、暗闇の中へと消えていった。


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