074 TRIGGER 切っ掛け,脱線,余談
「リーグベルさん、いま、忙しい――ですよね」
王都結界維持の要でもある中央制御陣の観測盤を睨みつけながら、リーグベルは一向に反応の返ってこない、通信具を片手でもてあそんでいる。
不意に差し出された平たく丸い形をした魔道具らしきものの残骸と、添えられた青い石それぞれ二組ずつ。思わず手に持っていた通信具を取り落としそうになる。
「それ、は……」
「前、リーグベルさんと王都に来るとき、拾いましたよね大街道で。それがこっち」
ユウは左手にもっていたものに視線を落とす。
「それよりずっと前に、カイさんが大街道で拾った石と、私とアルジェントさんが拾った道具の残骸がこちら。調べるって言ってましたけど、やっぱり、お忙しいですよね……」
余りにもユウが悲し気な顔で続けたため、リーグベルはやや言葉に詰まりながら答えた。
「調べた、は一応調べたんだが、出所が結局不明で。石の方は確かに魔石の様相を呈している。だが――」
ユウは手近な椅子を引き寄せ座ると、声を潜めた。
「同じものが何個も何個も、見つかっています。ただの残骸とか塵として処理されちゃったものもあると思いますが、国を横断する大街道の至る所と、各都市を結ぶ主要街道が交差する場所にも」
「……それは、誰からの情報だ?」
「えーっと、王宮に居るけれど、属さないモノから。もしかしたら研究所の文献にも似た記載があるかもしれないので、少し書庫見てきてもいいですか? 禁書庫の扉も……壊れて入口が崩れ落ちてますが、隙間から入れるんで、絶対捕ったり壊したりはしないので!」
リーグベルは、今は安定を見せている観測盤に視線を戻しながら思案する。
唐突な話に裏があるのかないのか。
判断するには、ユウの言葉が足りなすぎる。
しかし、彼がこの場所を長く離れるのは得策ではない。
「――半刻程度でいいか? 今研究所には手が空いている人間が居ない」
「ワシが見張っておこう、ユウを。こやつは目を離すとすぐに物を壊すからの」
「アルジェントさん酷い!」
暗闇から突如現れた小姓姿のアルジェントが、偉そうに腰に手をあてている。
リーグベルは彼が何者であるかは、正確には判っていない。
しかし、彼らがテンシア以前から行動を共にしていたこと、そして現在この黒髪の少年がロシュディの小姓である事は事実だった。
「判った。念のため報告は王城にあげるぞ」
「問題無いです! たまたまこの混乱の中、迷い込んだ一般人が居たっておかしく無いと思いますし! 本当に見るだけ!」
そんなこんなで、ユウは魔術研究所の一角に設けられている半壊した禁書庫の中で、三冊の本を手にしていた。
夜の帳が王都を包むころ。
ユウは研究所の屋根の上で、本を両手に抱えていた。
背後ではアルジェントがやけに人間臭い仕草で、片方の足を立てて座っていた。
「本当に行く気か」
「はい。……やっぱり、他の都市がどうなってるか、確かめたいんです。テンシアの皆も心配だし、あの丸い板の魔道具が、今の術式構造とは別のもので作られたっていうのも気になるし、主要路のいろんな所に時限的に発動するよう設置されているなんて、意地悪すぎます」
アルジェントは目を細めた。
「ロシュディは止めるじゃろうな」
「どう、だろ……彼もまた彼しかできない事をやっているわけだし……。運良く私は今のところ、どこにも所属してないから」
風が吹き、金の箔押しがちらりと光る。
花護りの宵夢――恋の物語。
ページをめくると、どの章も、花と魔法と、再会を願う物語ばかりだった。
「願いが叶う場所に導く……やっぱりテンシアかな」
そう呟きながら、ユウは本を胸に当てた。
――その瞬間。
本の文字が淡く輝き、空気が震える。
足元に展開した光陣が、ユウとアルジェントを飲み込むように浮かび上がった。
「わっ、ちょ、ちょっと待って!? これ、本当に起動――!」
「むおっ!? は、早すぎるわ!!」
異変に気が付いた誰かがあげた声が遠ざかり、視界がぐにゃりと歪む。
光の粒が花びらのように散り、景色が反転する。
そして――
――風が冷たい。
ユウは目を開けた。
見上げた空は曇り、地平線の向こうには灰色の山並み。
古い石畳、傾いた街灯。
「……テンシアじゃ、ない」
周囲を見回す。
寂れた市場、閉ざされた店の扉。
街の入口には、見慣れない旗――黒と紅の双翼――が千切れ落ちていた。
「カーネリア国章じゃの」
「……ここ、国境近く!?」
「おぬし、願い方が悪かったのう」
すたすたと歩き出した黒髪の少年は、落ちていた布切れを拾い上げ、しげしげと眺める。
「フェルギス王国とカーネリアの緩衝地レインフォード。かつて両国の前線だった場所じゃ」
ユウは唾を飲み込んだ。
確かに、街の外には半ば崩れた砦跡。
風の中に、奇妙なざわめきが混じる。
魔物の気配とも違う、何かのうごめき。
「アルジェントさん、あの影……」
「ふむ、カーネリアの魔術師どもが何かを封じておるな。運が悪ければ、封印が解けるのう」
「う、運が悪ければって、しかもそんな気軽にに言わないでください!」
その時、石畳の奥――瓦礫の影から、誰かの声がした。
「……そこの君はフェルギスからそれともカーネリア?」
振り向くと、そこにいたのはぼろぼろのローブ姿の青年。
彼の袖口に縫い込まれているのは、カーネリアの紋章。
だがその目は敵意ではなく、どこか絶望と疲労に満ちていた。
「あなたは……?」
「僕は……の……魔術師――もう限界だ……頼む、見たところかなりの魔術師とお見受けする。手を貸して、もらえないだろうか」
ユウは戸惑いながらも、アルジェントと目を合わせる。
黒髪の少年はため息混じりに言った。
「やれやれ、また厄介事の匂いじゃな」
――テンシアへ行くはずが、なぜか因縁ある国の門前。
けれど、ここで起きていることが、王都の異変と無関係とは思えなかった。
「……できる範囲で、手伝います」
その一言に、青年は安堵の息を漏らし、アルジェントは額に手をあてて「お人よしめ」と暗い天を仰ぐ。
遠くで雷鳴が轟き、曇天の向こうで、封印陣が赤く閃いていた。
降りしきる灰のような霧が、街を包んでいた。
レインフォードの外れ、崩れた聖堂の尖塔をくぐると、ひどく冷たい空気が肌を刺す。
ユウは手にした魔導灯を掲げた。
ルクスと名乗った青年が低く囁く。
「……この下。五年前に使ったアレの代償で、この街は昼でもすっかりこんな天気なんだ」
「五年前……ってゼリスの大災害のころでしょうか」
「ゼリスを襲ったものの余波をうけた、というか……ここが起点となったというか」
ルクスは胡乱な瞳で空を見る。
ユウはその言葉に、ゼリスの大災害は天災ではなく、人為的な悪意だったのかもしれない、と考える。アルジェントはただ二人の後ろを無言で付いてきていた。
足元に続く螺旋階段は、石が黒く焦げ、ところどころに焼けた文字が刻まれている。
古代語で書かれた文字を見た瞬間、胸の奥で微かな痛みが走った。
「……この文字列、見たことある。ていうか、来る直前に見たやつ」
魔石の紛い物が嵌め込まれていたであろう、コンパクトのような魔道具。
同一ではないが、似ている文字列が、ところどころ確認できた。
封、呼、壊、など不穏な言葉ばかりだ。
ルクスはユウの呟きに項垂れたように視線を落とした。
そのとき。
地下の闇の奥から、音がした。
鉄鎖が、何かに引かれるように鳴った。
「やっぱり……封印が!」
叫ぶように言葉を発したルクスが駆け下りた先。
空間は球状に歪み、中心に浮かぶ巨大な魔法陣が、血のような赤を帯びて明滅していた。
その中央に――少女が立っていた。
銀色に近い淡い水色の髪。
膝までの黒衣。
瞳は、光を映さない灰色。
まるで時間の外に取り残されたように、微動だにしない。
ユウは息を呑んだ。
「……人形、みたい」
ルクスは頷く。
「災厄の魔女シルヴェリアの断片――。五年前、彼女の魔力の奔流にこの地が飲み込まれて。その後、核だけを封じた……はずだったんだけど、今年に入ってから」
その言葉を終える前に、封印陣の輝きが一段と強くなった。
――ユウの体から何かが、呼応していた。
「えっ……これ、私の魔力、引かれて――!?」
「まずい、共鳴している!」
ルクスが魔法陣に駆け寄ろうとした瞬間、風が逆巻き、闇が裂けた。
少女の瞼が、ゆっくりと開く。
灰色の瞳が、ユウを捉えた。
何の感情もないはずのその瞳が、確かにこちらを見ている。
その一瞬、ユウの頭に、誰かの声が響いた。
――『……』
声とも息ともつかない微かな響き。
そして次の瞬間、封印が砕け散った。
冷気が奔り、石壁が裂ける。
ルクスがユウを庇って倒れ込む。
「くそっ、封印が切れた……!」
「――止める!? どうすれば!」
ユウは両手を突き出した。
とっさに口から零れ落ちたのは、リーグベルに教わったばかりの、結界安定の詠唱。
しかし、既に結界は砕け散りそこに存在していない。
衝突が色を纏って、聖堂の天井を吹き飛ばす。
そこへ、どこからともなく小さな黒い影が舞い降りた。
黒龍の姿となったアルジェントがユウの肩に降り立つ。
黒い翼をたたみ、灰を払うように尻尾でぱたぱたと叩く。
『残滓』
「え、なに?」
『残滓』
アルジェントから届く言葉はどこか悲哀に満ちている。
やがて、渦巻いていた魔力がまるで霧に溶けていくかのように散っていく。
「核が……消失」
ルクスはそう呟き立ち尽くした。
なお宙で揺らぐ少女の影は、風に散る花のように儚かった。
「――あの子、助けられないのかな、このまま散っていくだけなの?」
ユウの問いに、ルクスは一瞬だけ沈黙した。
「魔女を助けるなど愚行。核が消失したのならば、これ以上、彼女を利用する事もできないね」
どこか嘲るような言葉ながら、同情するような声音にユウは再度問う。
「魔女って、魔女も人間、ですよね?」
「……うん」
空虚な瞳には光彩も無い。どこまでも灰色である。
どうすればいいのだろう。ユウは考えながら少女を見、ただ両手を合わせる。
刹那、掌が光に包まれた。
ユウの魔力と、魔女の残滓が混ざり合い、静かな光が聖堂を満たす。
少女の瞳が微かに揺れ、口が小さく動いたようにも見えた。
静寂の中で、ユウの肩で黒龍が小さくため息をつく。
遠く、崩れた天井の向こうに、夜明けの光が差し込んでいた。
どうやら、レインフォードを包み込んでいた霧が晴れたようだった。




