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【完結済】異世界移住パッケージ~保証付きスローライフだと思っていたら拾った男が訳アリ王族でした  作者: 水月A / miz
追躡編*仮初の玉座と魔女のとなり

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39/90

039 TAUGHT 教えを請う

 フェルギス王国の暦は十二カ月である。ひと月は三十日で、一日は二十四時間。

 その暦の上で、今は一月のちょうど真ん中の十五日となる。


 小屋周辺だけ雪が積もらない、不思議な結界に守られながらも、ユウとアルジェントはほとんどの時間を暖かな地下室で過ごしていた。外に出れば、ユウの背丈を超える雪の壁が世界を隔てている。


 しかし、その隔絶された静寂は、ある日突然、破られることになる。


 最近もっぱら集中している作業は、防御結界に関する調査でも勉強でも無く、魔石の持ち歩き方及び使用方法に関してである。


 いつものようにポケットから取り出した水魔石でカップに水を灌ぎ、次に火魔石で熾した火によって直接ポットを温めるという、かなり乱暴かつ、アルジェント曰く魔力の無駄遣いに、苦言を呈されたのだ。


「其方の魔力は魔術ではないのう、ただの道具扱いはあんまりではないかの」

「だって私魔石の扱い方とか知らないし、取り扱い説明書も無かったし……」


 言いながら、自家製ティバッグをポットにつっこむ。

 まるでベルガモットのような芳香に、ユウはのんびりと微笑む。


「エオルトリア高地の魔女を襲名したなら、其方もそろそろ本格的に魔術行使について考えてみるのもい良かろう」

「えーそれってあの扉の中のやつみたいな感じ? 七十一番めにはちゃんと浴室あるし水圧調整付きシャワーも」

「しかし、どのような原理でそれが使用できるのか、考えたことはないじゃろ?」

「えっとポンプみたいなので、圧力かけて……あ、風魔石使ってるんじゃない?」

「ほら、理解しておらぬ」


 そんなこんなで、目の前には魔石が宝石のように並べられた箱がある。

 アルジェントによる臨時講義が、開始された。

 

 長くなりそうなので、サンドウィッチやスコーンやらをアフタヌーンティー並みに脇に準備した。黒龍の姿の時は、食事をしている様子が殆ど無かったのに、少年姿になったとたん、アルジェントはロシュディ以上に食べる。


 特に甘いものには目が無く、見ていると気持ちいいを通り越して、胸がいっぱいになってくる。


「まず、魔石とは」

「魔力の込められている石です」

「三十点」

「火・水・風・土の四元素の魔力が込められている石です!」

「五十点」


 黒髪おかっぱの講師はなかなか厳しい。目を眇める様にしてユウを見て、スコーンをぱくりと口に放り込む。


「火…」

「魔石とは、火・水・風・土の四元素の魔力が込められている石で、この世界における原初的要素を有する。魔石には、先天的に要素を有しているものと後天的に要素を籠めたものの、二つにわけられる」

「ううう、頭の中を文字が滑っていく……」


 ぺし、とおでこを軽く叩かれ「理解出来ぬなら、記録しろ」とアルジェントが冊子をユウに指し示した。


「ちなみにこの箱の中のものは、すべて先天的に要素を有した魔石じゃな。所謂、天然モノじゃ。ワシらの属性に限りなく近しい」

「それって、かなりのお宝なんじゃ」

「……売るでないぞ」


 その日の午後、ユウとアルジェントは小屋の屋根に積もった雪を下ろす練習をしていた。


 ユウの片手には作成したばかりのお手製の杖が握られている。

 クインの木という非常に硬い木の枝をアルジェントが、自らの手で削り出したものだ。


 先端には、火・水・土・風の魔石が四面に埋め込まれている。


 防御結界のおかげで屋根に雪は積もらないものの、屋根の上には常に薄く雪が舞い降りてくる。ユウは、アルジェントから教わったばかりの、微弱な魔力を行使して雪を払う術を試していた。


 放たれた風魔法によって、ふわりと雪が舞い上げられ、風に乗せて遠くへ運んでいく。


「お、今のは上手くいったんじゃない?」


 ユウは、自身の成果に満足げに声を上げた。アルジェントは、ユウの隣で、漆黒の瞳を細めて屋根の彼方を見つめている。


「まだまだじゃな。魔力の波が不安定じゃ。まるで熱い湯と冷たい水が混じり合うようじゃ。もう少し繊細に」


 アルジェントは容赦なく指摘した。

 ユウはむっとしたが、彼の言う通り、魔力のコントロールは一朝一夕にはいかない。


「というか、アルジェントさん、もっと効率のいい方法でやればいいのに……火魔法で溶かすとか」


 ユウがぼやくと、アルジェントはふんと鼻を鳴らした。


「これは其方の修練じゃ。ワシの力に頼るばかりでは、いつまで経っても己の力にならぬぞ」


 まったくその通りだとユウは反論できなかった。


 その時だった。アルジェントの表情が、一瞬にして変わった。

 彼の漆黒の瞳が、屋根の先、森の奥深くを鋭く見据える。


「……何者かが来るぞ。それも、相当な数が」


 アルジェントの声には、いつもの呑気な響きはなく、獲物を察知した獣のような、鋭い緊張感が込められていた。ユウは驚いて、アルジェントに示す方向を見つめる。


 視線の先に、微かな影が見えた。

 最初は何かの動物かと思ったが、徐々にその影は大きくなり、複数の人影であると分かった。


「誰か来たみたい……」


 ユウの声は、自然と震えた。

 ロシュディが去って以来、小屋を訪れる人間などいなかった。

 まさか、彼を追って、ここまで追手が来たのだろうか?


 小屋の登録者であるユウを脅かす存在には、小屋そのものが不可視となるはずだ。こちらに確実に向かってきている彼らは、小屋を視認できているようだ。つまり、ここに居るユウを敵と認識していないということだ。だとすれば、一体何のために?


 アルジェントはユウの不安を察したのか、普段の口調に戻って言った。


「案ずるな」


 そう言うや否や、アルジェントの体が淡い光に包まれたかと思うと、一瞬で姿を消した。ユウが目を凝らすと、彼の気配が小屋の隅へと移動し、まるで空気に溶け込んだかのように感じられた。彼は完全に人型を維持したまま、不可視状態になったのだ。


「案ずるなって、消えてるじゃないですかーー!」


 小屋に近づいてくる足音と、金属が擦れ合う音が徐々に大きくなる。

 かなりの人数だ。

 

 ユウは、意を決して、小屋の扉を開けた。

 冷たい外気が、小屋の中に流れ込む。


 そこに立っていたのは、白い息を吐きながらも、厳しい表情を崩さない兵士たちだった。彼らは皆、王国兵士団の紋章を身につけており、その武装は厳重だ。


 先頭に立つのは、顔の左半分に大きな傷跡のある、いかにも歴戦の勇士といった風貌の男だった。


 彼の視線は、警戒心に満ちてユウに向けられる。


「こちらの小屋にお住まいの方でしょうか」


 男が重々しく尋ねた。ユウは、彼の声に怯むことなく、冷静に答えた。


「はい。私がこの小屋の主です。何か御用でしょうか?」


「我々は、王都より派兵された結界調査隊です。この高地一帯に、魔力の異常な活性化と、不可解な気象変動が確認されている。あわせて、特定の箇所から強い魔力の反応を探知した」


 男はそう言って、ユウの背後にある小屋の結界に視線を向けた。

 ユウは内心で冷や汗をかいた。

 小屋の結界を感知できるほどの魔術師が同行しているのだろうか。


「私は、ただここで静かに暮らしているだけで……」


 ユウが言い繕おうとすると、男は鋭く視線を向けた。


「我々は、この高地の調査を王より命じられている。不審な点があれば、容赦なく踏み込むことになるが」


 その言葉には、明確な脅しが含まれていた。

 ユウは、思わず身を固くする。

 彼女の背後で、アルジェントの気配が微かに動いたのを察した。


「それでは質問を変えよう。この高地における魔物の異常な活性化について何か知っているか? あるいは、暗黒領域の状況について、何か情報はないか?」


 男の問いに、ユウは、どう答えるべきか迷った。

 氷壁の亀裂、そしてそこから漏れ出る魔力。

 

 ロシュディ達が帰還したあと、アルジェントに連れられて一度だけあの場所を見に行った。だがしかし、ただ、見に行っただけなのだ。


 その程度でも、彼らが探し求めている情報に違いない。

 だが、それを迂闊に話してしまえば、自分たちの身が危うくなるかもしれない。


「この高地で、魔物の活動が以前よりも活発になっているのは感じています。特に、雪が深くなってから、その傾向が強いように思います。なので、殆ど外に出ていないんです。道……除雪されてなかったですよね? ご苦労様です……」


 ユウは、直接的な情報開示は避けつつも、異変が事実であることを伝えた。そして、自身の安全を確保するため、核心的な情報には触れなかった。


 男はユウの答えに、眉をひそめた。完全に満足したわけではないだろうが、無理に聞き出すこともできないと判断したようだ。


「……承知した。我々は、この先の調査に向かう。何か異変があれば、すぐに軍に連絡を入れるように。ここから一番近い詰所は交易都市テンシアだ」


 男はそう告げると、後ろに控えていた一団に合図を送った。兵士たちは再び雪の中へと進み始め、森の奥へと消えていった。彼らの足音が遠ざかり、再び小屋の周りに静寂が戻った。


 ユウは、ほっと息を吐き、膝から崩れ落ちそうになった。

 アルジェントが、ふわりと姿を現す。


「危ないところじゃったな、ユウ」


 アルジェントの声に、ユウは頷く。

 彼の存在が、どれほど自分にとって心強いか、改めて実感した。


 兵士たちが、ここまで深く高地に入ってきている。


 それは、彼女が懸念していた事態が、すでに始まっていることを意味していた。


 のんびりと温泉付き別荘でのスローライフ……が……。


 ユウは、ふとロシュディのことを思いながら、再び小屋の扉を閉めた。

 押し寄せる荒波に、どう抗うべきなのだろう。

 そして自分は、どう、生きたいのだろうか。


 この移住は自発的に受け入れたわけではない。

 いまだ続く夢のような心地で、足元がふわふわと安定していない。帰ることが叶わないのならば、いっそ、この現実を受け止めるべきなのだろうか。


 アルジェントが慰めるように、背を伸ばしてユウの肩をぽんと叩いた。

 

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