021 TWITCH! TWITCH! ②
「アルジェントさん……」
「お前、何か知っているのか」
ユウとロシュディの声は同時に発せられた。
ミニサイズの黒龍は羽をパタパタと動かし上下に浮遊する。
『是――否』
「どっち! というかロシュディさん、黒龍さんとの会話ってこんな感じなんですか?」
「そうだな……声を発する機関自体が我々とは異なっているため、音を作るのは難しいらしい」
「そうなんですか……」
がっかりしたようにユウは黒龍を見、それからその下にある黒いファイルに視線を移動させる。
異世界移住パッケージプランの発案者に心当たりがある存在がいるかもしれない、というのを知ることが出来たのは、ある種の成果でもある。しかし、そんなユウの心中を急かすように追い打ちをかける、意味のある言葉に追撃を受ける。
【――登録移住者より応答無し】
【お試しプランに続き、本プランへの移行を希望しますか?】
いくら何でも急すぎる。
本プランに移行したら、いったいどうなってしまうのだろうか。
お試しプランの間は、ただファンタジー映画のような世界の片隅をうろうろするだけったのだが、それでもユウにとってはかなりの冒険譚にもなるような出来事がいくつも有った。
希望しなかったら、今までの日々がまたもや泡沫のごとく、ユウの掌から零れ落ちていくのだろうか。あの日、恋人との決別した日のように。
【重要意思を確認】
【メインクエスト追加:封印された知識を解読しましょう】
【達成報酬:書棚拡張キット】
「え! どっち! まだお試し!?」
しかも相変わらず、良い線をついてくる報酬に立ち上がりかけたユウは、ロシュディの不信感あふれる顔を捉え、座りなおした。
「どうした、さっきから……」
「せ、説明しづらいんです……あの、ともかく、私はこことは違う世界から来て、何だか色んな課題に強制的に取り組まされている状況なんです……」
「課題とは例えば?」
「今、ちょうど新しい課題を出されたところで、封印された知識を解読しましょう。って」
やや落ち込んでいるようなユウの様子に、ロシュディは腕を組み、深く息を吐いた。
「アルジェント。球を」
名を呼ばれた黒龍がゆっくりとロシュディの元に浮遊していく。
そしてロシュディが上向きに広げた掌上に、ぱかっと大きな口を開き黒曜石のような球を落とす。
角度を変えると煌めく球をユウに見せるよう指先で持ち上げる。
「――魔石ですか?」
ロシュディは、皮肉気に笑う。
「王位継承の神器とされているモノのひとつだな。一つはこの黒星石と呼ばれる魔石。もう一つは始祖が生み出した聖銀の天秤。それから月水晶の冠。だが、かつての災厄で、すべて失われた。とされている」
「なんでロシュディさんが……それを持つことに」
「俺ではなく、アルジェントが持っていた。この魔石は」
「ロシュディさんは、えっと……」
ユウは、知っている。
だがしかし、この話の流れ的に、ロシュディの存在は、物語に登場する感じの軽い役割ではなさそうである。
「レイシベック=ロシュディ=ティ=フェルギス。記録上の俺の名称だな。フェルギス王国第三王子」
自嘲するような声音で、掌の球を弄ぶ。
「王子様……するの嫌になっちゃったんですか?」
深く考えずに言ってしまったユウは、失言したといった具合に両手で口元を抑える。
ついつい、大怪我をした青年を非常に苦労して川から引き揚げた記憶が、蘇ったのだ。
ロシュディは意外にも嬉しそうに声をあげて笑った。
「そうかもしれん。逃げたのかもな。知りえた真実の断片があまりにもおぞましくて。君は……今も、俺の名より、人としての俺を見てくれている。それを有難く思っている」
彼は、王子の身分では決して得られない、純粋な親愛をユウに見出していた。
身分を隠し、一人の人間として受け入れられたことが、彼にとって何よりも尊いものだったのだ。
ユウは一度目を伏せてから、ふっと息を吐いた。
彼女の中で、ロシュディの言葉がゆっくりと咀嚼されていく。
「……まあ、騎士様でも王子様でも、ロシュディさんは、私にとっては現、共同生活者であることに変わりはありませんけど。それに……私の秘密……打ち明けた唯一の人ですし」
その言葉は、ロシュディにとって何よりも心強いものだった。
彼女の視線には、彼が身分を明かしたことに対する咎めや、軽蔑は一切なく、ただただ、彼を彼として受け入れようとする純粋な心が宿っていた。
知らぬうちに、彼が最も恐れていたのは、ユウの目から人としての彼が消え、王子を役割を演じる事になっていた。だが、彼女は違った。
「もしかして、最初っから高地の魔女さんに救援求めに来た感じでしたか」
「いや……アルジェントには心当たりがあったのかもしれんが。少なくとも俺自身が意思を示したことは無い。そもそも襲撃を受けた直後で瀕死だった」
ロシュディの視線の先では、ファイルの上で再び微睡む黒龍の姿が在る。
「手当てされた後は……魔女の知恵を借りられれば、助けにはなるのかもしれないとは思った」
「私、思ったんですけど……その魔女さんが、私をこっちに送り込んだ仕掛け作ったんじゃないかなって……アルジェントさんはもしかしたらその魔女さんを知っていて、ロシュディさんを助けて貰うために、ここまで」
ロシュディの瞳は、まっすぐユウを見ていた。彼の視線には、彼女への信頼と、この先に待ち受けるであろう困難への覚悟が宿っていた。
「……君が、ここにいる理由は俺にもわからない。が、ここに居たのがユウ。君で良かったと思う」
その言葉は、運命とまでは言わない。
だが、誰かに導かれた偶然だとしたら――悪くない。
ユウは、そんなことを少しだけ思った。
彼女の異世界での生活は、もはや単なるサバイバルではない。見えない糸に導かれるように、この世界の深奥へと引き込まれていく予感。そして、その道筋の先に、彼女自身の存在意義があるような、そんな不思議な確信が芽生え始めていた。
朝日はすでに高く昇り、森の湿った空気を乾かし始めていた。ユウとロシュディの間に生まれた新たな絆は、この場所の空気とは異なり、深まるばかり。彼らは、それぞれの過去と、この世界の秘密が複雑に絡み合う中で、共に未来へと踏み出すことを、無言のままに誓い合ったのだ。




