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2.懺悔

◇◆


 小さな冒険に味をしめたのは少年ではなかった。

 その事実が私にとっては意外だった。

 シャルは外の世界を興味深いと思ったことは事実として、それだけで満足したようだった。

 元々、この街の者ではなかった彼は自らの領地を去るまで二、三度くらいしか顔を出さなかった。考えてみると二度も三度もお忍びという体で抜け出す人間は奇特と言っても良いだろう。

 しかし、それ以上に変な貴族がいたのだ。それがお嬢様、リリエ様だった。

 街の者が領主様と慕う伯爵家のご令嬢。箱入り姫と裏で呼称がつくほど表舞台に一切立ってこなかった。そのため巷には存在しないかもしれないとまで言われていた伯爵の愛娘。

 街中ではリオと名乗り、私のへりくだりを全て否定する。

 リリエのときの彼女は傲慢でいかにも貴族のお嬢様という姿であるというのに、リオを騙る彼女は生意気な少女に見えた。



 リオは私の家に護衛を引き連れてやってくる。

 その姿がどうにもこうにも平民には見えない異様な光景なのだが、私の家族も護衛騎士も慣れてしまいお茶を出す始末だ。公認を勝ち取ってくるあたりリオは伯爵家の娘であることを隠したいのか隠したくないのかよく分からないが、自分の立場を考えて行動しようとしているということだけは分かる。空回りというか、それならばこんなところにきてはいけないと思う。

 リオは自分の衣装棚のなかで一等地味だと本人が思う召し物を着てくる。それは意外と街の可愛い子がお誕生日に親に買ってもらえる服と言っても良いくらいのもので、リオのことを毎日お誕生日の子と思う幼子もいる。花屋のスフィは『カシイのおひい様』という始末だ。

 街を歩くときは護衛の人々はお嬢様よりも街に馴染み私もその存在を忘れるほどだ。



「カシイ、この本がとても面白いのよ」

「前のもまだ読めていないよ」

「そうなの。ではまた置いておく。ねえ、私の渡した問題集解いた?」

「それはやった。君の覚書は分かりやすいね。それを参考にしたらすぐわかる」

「覚書ではないってば。私が勉強中にとったノート。それで解けたの?」

「参考にしろというからね」


 私に勉強をさせたがる。

 また騎士の一人と手合わせ、といっても剣術ではなく体術をさせたがる。

 お嬢様が来ない日にも私は一定の時間に敷地内の訓練場に行っている。時給も出るので破格の待遇である。

 防衛手段は覚えていて損はないので甘受している。師匠との鍛錬はキツいことが多いが出来ることが増えるのは楽しい。

 リオは、私の成長に日々目を輝かす時がある。

 自分が平民を育てましたという優越感に浸りたいのだろうとぼんやりと考えていた。

 貴族が平民に優しくするという風潮が流行り始めていた時期だった。王妃がそういう気風の人らしく、全土の女性がこぞってマネをしだしたのだ。

 自惚れるのはよくないと両親が言っていた。一時の興味に踊らせていては体がもたない。領主様のお人柄はとても善いがそれがその家族に全部が全部適用されるとは考えられない。

 冷静になれば、こんなお戯れ長くは続かないだろうと分かっているのに、私はリオの笑顔を見る度に、もっと頑張りたいと思ってしまっていた。誰かに期待されるのは気分が良く意欲が湧いた。それがお誕生日の時に着るような綺麗な装いをした可愛らしい少女ならなおさら、特別感が湧くだろう。

 でもそれは、恋とかそういう感情では全くない。リオに対して恋情を抱くことはあり得ない。婚約者がいるから身分が違うから、建前上の理由は多々あれど、僕は花屋のスフィに恋していたので、単純に眼中になかった。

 リオは私の焼いたクッキーを頬張りながら甘いコーヒーを飲み、会わなかった間にあった良いことや運の悪かった出来事を話す。それに相槌を打ったり、時折私の話をしたりする。

 そのあと、決まって婚約者であるシャルから届く手紙の内容の相談に移り、私のスフィへのアプローチへのダメ出しが続く。

 シャルはリオや私とは年齢が一つ上であり、今年度から全寮制のアカデミーで生活している。確かリオ、リリエの兄であるカイト様もそこで勉強に励んでいる。

 無意味なシャルの素晴らしさから始まるはずのリオの声がいつもと違っていた。


 「カシイ、学校に行きたくない?」


 「なに?本気?」


 突拍子のない言葉に驚く。リオの瞳には真剣さが滲んでいたし、懇願するような声音だ。後ろの方でテーブルについている護衛騎士も会話が聞こえているだろうに、誰もなにも反応せずこちらをうかがっているように見える。

 ルイズアカデミーは名門中の名門でありながらその門戸は広く開かれており、留学生への受け入れに柔軟であり能力ある国民の学びの場も設けている。その実、国民と言ってもお金のある国民ばかりである。どこの馬の骨とも分からない一般人が入れるとこではない。

 何事にも例外中の例外があるとすれば、貴族の御子息ご令嬢の家元が推薦した実力者兼お世話係、護衛者はお金持ちの国民とは限らない。


「リオが僕の家を訪ねてきていたのって、このため?」


 自分の声が一段と低くなった。

 私はリオが小さな箱庭できゃっきゃと喜んでいるだけの少女だと思っていたが、彼女には彼女の考えがあって私を養成していたと知り、なんでか悲しくなった。私が出来ない人間だったら彼女は違うトモダチを選んだんだろうと思うと急にリオの輪郭がぼやけて貴族の顔に見えてきた。

 私はここまでお世話になってきて、興味がないとも言えない自分の立場をよく理解していた。上の人間に何をいわれても付き従うしかない。それはリオも承知しているはずだ。それだから、口籠ったのだろうか。分からなかった。

 よく分からないままに、話は進行していった。

 私には密かな自負があった。本当はお嬢様であるリオの友人であり心の拠り所であるという変な誇りがあった。リリエが私を育てる優越感に似た感情に近いモノだろう。



「カシイ、私の従者になって」



 この時、私とリオは、決壊して

 リリエ様と私の主従が始まった。


 私は彼女に親しい言葉遣いをしなくなった。

 そんな私を、傲慢なリリエ様は許容した。


 その姿に私は不敬ながら痛ましい気持ちを覚えていた。

 私が支えなければと傲慢なことは思っていなかった。でもそれが一番彼女にとって酷い心持ちだと気づいていなかった。精一杯伸ばした手を私は掴んで抱きしめる場面だったのかもしれないけど、私は傅いた。



 あのとき静かに頷いたことを私は後悔している。あのとき泣きたかっただろう君を抱きしめればよかったと、今も夢に見る。




ルナアカデミーに連れていくならば、アナタしかいないって私は思っていた

実際は侍女となるルナも連れて行ったけど護衛は絶対アナタだってお父様とお母様に頼み込んだ

お二人はアナタの素質と承諾次第と言っていた

(※上記は黒のインクでグシャグシャに塗りつぶされている)


私は本当に我儘だという自覚がある

でもそれを認められない傲慢さも持ち合わせている

アナタが私の従者になることを嫌がることは何ともなく分かっていた

でも断らないだろうし笑顔でうなずくだろうし、一生傍にいようとするだろうと見越していた

それも私が伯爵家の娘である限りはそうだろうと思っていたの

あの時、伝えていたシオン様からいただいたお手紙の内容、ほとんどが私の想像上のものだったってアナタ、いつから気づいていた?

不安でいっぱいだった

シオン様の心は私から離れていっていることに焦っていた

その状況で同じ学校に行くなんて嫌だった

行きたくなかった

私がいない間にアナタがスフィと仲良くなってしまったらどうしようと

私が手紙を送ったらそれを無視するかもしれないと考えて寝られなかった夜をアナタは知らないでしょう

私は最低だ

こうして文字にうつすとより実感する

シオン様の代わりになるはずないアナタを代わりにしようとして連れて行こうとした

どうしようもない人間

分かっていたクセに

アナタ分かっていたくせに 何も言わない責めないから

私はもっと傲慢になってしまった

私 アナタの焼く質素なクッキーを食べるのが好き

私のために不格好な猫だが熊だか分からない形を再現しようとした形跡が好き

あの時コーヒーの良さは分からなかったけどアナタが自慢げに香りがいいという言葉を否定したくなくてちょっと我慢して飲んでた

飲めないと思われるのは癪だったから

でも気づいていたんでしょう

甘いコーヒーを飲んだところを見たことがない

スフィが言ってた

私は全然気づけなかった


あの時間が安らぎなのに分かってなかったのかな

あーあそうだ

壊したのって私だったわね


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