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燐火 -オニビー

 大和地方・旧都・大和・郊外―――


「ここが……これから雪月さんが住むお屋敷です」


 まるで踊るように身体を回転させながら、陽菜は旧首都・大和の郊外にあるその日本家屋を指さした。

 カンパニー代表・黒須が俺用に用意したその屋敷はやや古めかしいものだったが、十分すぎるほど立派な家だった。

 現代日本で住んでいた築三十年、最寄り駅から二十分の実家よりも立派。

 隣のビルとか立っていて、ほぼ一日中日陰、洗濯が渇くのがわずか45分(季節によって若干変動)よりだいぶマシだ。


 草木に覆われたがっしりとした正門、漆喰の壁の上には茅葺の屋根。

 奥に見える母屋も、マッチ一本で燃えそうな廃屋ではなく、ちゃんと管理されていることが伺える小奇麗な木造建築。

 壁の長さから、目の前に見える母屋以外にもいくつか別館がありそうだ。

 ○○殺人事件とか起こりそうな立派な大屋敷……何十人も住まわせるつもりかよ。

 俺、友達も家族もいないんだけど……まあいいか。



 そんな大きい家に住むのは初めてなのか、かなり陽菜ははしゃいでいる。

 高校生くらいの年齢にしては子供すぎる態度だが、実年齢が五歳と知れば納得はする。


「しかし、五歳ね……魔術か何かで急成長させたのか……なんのために?」

「そんなに深い意味はないさ……生まれた時から働けるなら、お得だろう」

「マジで?」

「ああ、使鬼って知っているだろう……あれと一緒さ」


 知らない訳がない、俺が乗っ取っている身体の種族だ。

 神樹の森より生まれる和人(人間ではない)に従属する奴隷種族。

 子供のような外見で、区別するためか何なのか、頭に式札を張っている。

 特徴は朱色の瞳だが、敵対する教国の支配民族が炎を表す紅の瞳を持つため、紛らわしい。


 従順だが、その体格から身体能力は低く、魔術適正も低い。

 ぶっちゃけ、家事とかの家内労働なら人並みにできるが、肉体労働……特に戦闘関係は雑魚同然。

 七年前の戦争では無理矢理投入されて相当戦死したらしい……惨い。


「人間並みの身体能力と使鬼の従順さの両立……それを目指して造られたのがカンパニーの「巫女」だ、カンパニーの前身は奴隷商人のギルドだから、従順で優秀な奴隷を……との考えが始まりらしい」

「クソみたいな組織だな、カンパニーは……」

「もっとクソみたいな事を教えてやるぜ」

「あん……?」


 これ以上酷い話があるのかよ……俺は激しい頭痛を覚えながら先を促した。

 無論……頭痛は精神的な理由でだ。


「陽菜の姉妹は十数人いるが、後から生まれれば生まれるだけ、辛い目に合う……特に七年前の敗戦後は黒須代表への批判が大きくなったから、それを覆す意味でものすごく優秀な巫女が必要になった……黒須代表の代わりに、黒須代表を批判する奴らを黙らせられるくらい優秀な巫女が」

「勝手な話だな……自分ができないことを要求するのはいいが、それでうまくいかなかったとして失望するのは間違っている……自分もできないんだから」

「そうだろう」


 どことなく、リーネの望む方向に乗せられている感があるが、それがなんだと言うんだ。

 五歳ひな中学生リーネ……彼女らに多少利用されたぐらい……笑って済ませなくてどうする。

 俺はもう……三十だぞ。


「決めた……俺はどこかの田舎に家を建てて静かに過ごす……カンパニーやら国やら、戦争やら関係ない所でのんびり暮らす……」

「一人で……?」

「三人でだよ」


 うまく誘導できたと喜ぶ顔を、必死で隠そうとするリーネを俺はどこか微笑ましく思っていた。

 なるほど、中学生が可愛いというのはこう言う事か。

 このくらいの打算は確かに可愛い。


「だけど……陽菜はあれ、カンパニーに身も心も捧げているような感じだろう……どうやって説得するか」

「心まで捧げている訳じゃないよ」


 リーネはどこか拗ねたように俺を見る。


「やっぱり……気を使ってくれる方に流れてしまうから」

「俺はそんなに気を使ってないぞ」

「そういうところだよ」


 言ってから何やら後悔したのか、リーネが顔を抑えて腰をかがめる。

 カゴメカゴメのポーズだ。

 何をやっているのだ、こいつは……。


「ともかく……カンパニーに長居してもロクなことはない……皆で逃げようぜ」


 まず必要な物は金、次に争いとかに巻き込まれない場所。

 そして最後に……俺と友好的なカンパニー幹部。


 ここまで内情を知った俺を黒須代表含め幹部連中が、すんなり足抜けさせてくれるとは思えない。

 一生、カンパニーからの追手から逃げ続ける生活は嫌だしな。

 

 そんなことを考えていた俺に、陽菜が戻って来た。

 早く屋敷に入ろうと催促してくるのかと思えば……家の正門前に一人の男が立っていた。


 やたら陰気な顔つきの三十ぐらいの男性。

 この日本家屋には似つかわしくないスーツ姿。

 その顔に……俺は見覚えがあった。


「今よりシラユキ……いや異世界人・雪月……貴方の監視役兼上司となった……明澄あけずみです……以後よろしく」


 会議室を追い出されたミュージシャン崩れが、今度はきっちりと制服を着こみ、俺の前に姿を現した。


*****


「黒須明澄……黒須代表の一番のお気に入りだった男だ、三年前にやらかさなければ今もそうだったはず」

「苗字が一緒という事は……息子?」

「いえ、養子だそうです……黒須代表の抱える学院の成績でトップだった本物のエリートで、特別に最高会議への参加を許されています、ですが今は黒い噂が絶えない、少し危ない人物で……」


 率直で分かりやすいリーネの情報と、カンパニーの内部事情を交えた陽菜の情報。

 その二つを統合すれば、明澄と言う男は、いわば落ちぶれたエリートと言うことが分かる。

 会議での「嵌められた」との台詞がどこまで本当なのか分からないが、金やコネでカンパニーのエリートはやれないはず。

 リーネは警戒を示し、陽菜は俺の右袖を掴んで臨戦態勢に入っているが……。

 俺としては、あちらから俺の目的に合致する人物が来てくれるとはラッキーだというのが本音だ。


 こちらの世界に来たときは、いてもいなくても構わない存在として扱われてきた感があるが……権能を手に入れた途端にいろいろな存在が呼ばなくてもやってくる。

 本当にこの世界は現金なもので


「友人との再会はどうだった……?」

「友人……誰の事だ?」

「大高……あの肥満体は、河野彰と共にこの世界にやって来た「十二人」の一人だ、勿論お前のことも知っている……と言うよりもあの会議場にいた人間は雪月と言う人物について調べられる限りは調べている……奴はこう言わなかったか……「復讐するのは河野一人か、十二人全員かと」?」

「……」

「ちなみに大高は河野と喧嘩別れしている……お前の正体が河野に露見することは今のところない」


 俺は黒須代表と幹部連中を舐めていたらしい……。

 圧迫面接でもされると身構えていたら……。

知っていることを知らない振りをして、こちらを観察するのが黒須代表のやり口らしい。


 あそこで十二人に復讐すると言ったら、カンパニー幹部・大高に対する宣戦布告になっていただろう。

 それがどういう事になるか……俺の立場では予測することもできない。


「やるじゃないか……」

「……」


 明澄は俺の返答を意外に思ったらしい。

 少しだけ目を見開く。


 カンパニーという大組織をまとめ上げる代表がまったくの無能だとは思ってはいない。

 むしろこのくらいしてくれないと。

俺の脱出・安住の地探し作戦の際中にカンパニー倒産とかしち面倒くさいことが起こって貰っては困るしな。


さて……とりあえずは。


「俺と手を結ばないか、明澄……このまま窓際で終わるつもりはないんだろう」


 先手を打って、俺は奴が言いそうなことを先に話す。


 エリートという過去と、現在の落ちぶれた姿、そして俺というカンパニーにとってイレギュラーな存在に自分から接しようとしたことから、俺はこの男が未だ何かを諦めていないと推察した。


 それが何かは分からない。

 俺を利用としようとしていることも分かっている。

 だが利用しているのは俺も一緒だ。


 陽菜とリーネはあからさまに不審げな顔を明澄に向け、ついで俺に大丈夫なのかと不安そうな顔を見せる。


(せっかく生き返ったんだ……二度目の人生も社畜で終わってたまるものか)


 俺の身体にはこの三十年、一度たりとも覚えたことのない活力に満たされていた。

 カンパニーという人を人とも思わぬ冷酷非情組織からの脱出……そしてこの世界の中で楽で楽しく生きられる安住の地の発見。


 その手にあるのは、全ての権能チート使いを破滅させる「殺しの瞳」

 まずは、それを高く売りつけないとな……目の前の男に。


 俺の人生計画……その第一歩の……開始だ。

 本業が忙しくて更新する暇がないのと、新章準備のために次回投稿は12月1日(土)となります。

 一旦完結扱いにします。

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