式神という名の人形・一
森から街へ―――
「記憶がない……?」
覆面の冷たい目が殺意に変わった。
俺の中で嫌な予感がムクムクと鎌首をもたげている。
この少年がどういう立場か知らないが、今のやり取りだけであまり良い待遇でないことが伺えた。
むしろ人間以下……そんな気さえする。
まさか身体を乗っ取っていますなんて言えない俺はともかく少年になり切ることにした。
と言っても、少年の記憶などないのでうまくは演技できない。
よって記憶喪失と偽ることにした。
変に演技するよりはマシだろう、さすが俺……良い考えだ。
「はい……何も覚えていないんです」
「……」
「……それと左目も見えないみたいで、歩きにくいです」
あくまで記憶喪失の少年のように、どこか無邪気なスマイルを覆面にぶつける。
スマイルは職業柄得意だ。
この身体が中学生くらいのガキだと言うことを考えればさらに効果は倍増……というかゼロから百ぐらいに上昇。
子供の笑顔は凄い……あちらの世界でもどれだけ騙されたことか。
その笑みに騙されてサービスしたあげく、ハガキに犯罪者みたいな笑みでしたと書かれて俺の査定に響くのだ。
一枚本社に送られるだけで俺の給料が減っていく魔法のハガキ。
まあ安くこき使ってもいい人材だと会社に思われていたからなんだけどよ……。
「移植手術は失敗か、使えないな……まあ耐用年数は過ぎているし……ダメで元々だがな」
「耐用年数?」
「そうだ、お前は消費期限が切れた式神人形……それをだましだまし使うために今回の手術を受けさせたのだ。」
人形……ということはこの子、人間じゃないのか。
げ……それは不味い。
俺は覆面の後ろでバレない様にペタペタと身体を触る。
人形……というには、どうにも生っぽい……ぱっと見は人間に近い。
ならば種族としては、生体アンドロイド、レプリカント、レプリス……。
なんでもいいが、俺は人外に転生したということか。
異世界転生……本来ならば驚くことだろうが、俺は違う。
ふ……昨今はやりの異世界物を読んでいて良かったぜ。
知識は武器……おかげですんなりとこの世界に順応できる。
死んで終わりのはずがもう一度チャンスを得られたわけか……これはついているぞ。
きっと俺が特別な人間だから……そうだそうに違いない。
そうだよな……そう思いたい。
「今から行く場所まで少しかかる……あまりキョロキョロするな、目を付けられると面倒だぞ」
あくまで上から目線で接する覆面。
だが彼の態度も無理はない。
相手は人形……人間ではないのだ。
ペッパー君に敬語で話しかけたり、コピー機にお礼を言う人間はいない。
ふぅ……初期設定のガチャ失敗かまったく。
社畜の次は式神人形か。
多分人権とかないんだろうな……まったくなんてランクダウン。
どうせならば、世界の王とかに転生してハーレム……いや王とは面倒だ、第八王子とか気楽な立場で三人くらいの女の子にチヤホヤされてみたかった。
……見果てぬ夢か。
覆面に案内されるままに俺は森の中を進む。
どうにも生気の欠けた枯れ木ばかりのそこは、マッチ一本で燃え尽くせそうだ。
そしてそこを抜けると石造りの家々が立ち並ぶ小さな街のような場所に辿り着く。
規模は街程……だがその立派な建物はどことなく大都会(中世レベル)を連想する堅固さ。
現代で言えば、何かの研究施設のような感じ……と俺はあたりを付けた。
通り過ぎる人々はほぼ日本人っぽい人種……だがその多くは徹夜明けのサラリーマンのようにギラギラと鈍い輝きを目に宿していた。
大学受験前の受験生にも見える……あの時は俺もこんな目をしていた。
もっとも……俺は滑り止めを含めて大学受験は全て落ちているのだが。
彼らにはそんな目になるまで頑張った結果が出ますように。
「着いたぞ……ここだ」
そうこうするうちに俺は目的に場所に辿り着いたようだ。
周囲にも同じような建物が立ち並ぶ中、どこか小さいそれは年季が立っているのかあちこちに補修の跡があった。
しかしそれにしては周囲は綺麗に掃き清められ、表札には錆び一つない。
「使部課・第三十八支部」
日本語で書かれていた。
よくよく考えてみれば覆面も言葉は日本語……。
ということは……日本から異世界転生した人間がいる……それも大量にいる可能性がある。
異世界で日本語と同じ言語が編み出されてというよりも、余程現実見のある考えだ。
「感謝するとこだな……あの女が拾わなければお前は廃棄処分……もっとも、今のお前の姿を見れば考えを改めるかもしれないがな」
どこまでも嫌味たらっしく覆面が含みを込めて俺を馬鹿にする。
やはりこいつは嫌いだ。
俺は改めてこの覆面を頭の中の嫌いな奴手帳にしっかりと記帳して、建物に入っていった。
覆面の言う事を総合すればこの建物には俺を拾ってくれた女性がいるらしい。
それが博愛か、物好きか知らないが……せいぜい媚びを売っておくか。
人ならざる人形の身……これからは媚び媚びの体勢で行こう。
……あちらの世界とあまり変わらないのは気のせいか?
店長に媚び、同僚に媚び、アルバイトに媚び、親に媚び……俺は最底辺。
「あっ……」
どこか間の抜けた覆面の声が俺の耳に届いた。
*****
歓迎パーティーが開かれていた。
テーブルには、豪華ではないが手の込んだ料理の数々。
焼き魚、肉煮込み、木のコップから甘い香りが漂う……ジュースか何かだろう。
野菜をふんだんに使ったシチューも彩り豊かで美味しそうだ。
基本的に自分で料理をしていた俺は食事の七割がコンビニかインスタント。
その手料理の数々はどうにも心に響く。
そして壁には「歓迎・式神シラユキさん」と紙が貼りつけられていた。
そうか……この少年の名前はシラユキと言うのか。
俺は初めて知った。
こんなに歓迎してくれるなんて目の前の女性はなんて優しい子なんだろう。
良かった、俺はこんな子に拾われて。
「しまった……シラユキを連れてくるのが朝になったことを伝えるのを忘れていた」
ただ料理は冷めきっていた。
正面には、どんよりとカビが生えそうな負のオーラを放つ黒髪で高校生ぐらいの少女が椅子に座っている。
その横で、それよりも年少の、割烹着姿の金髪の少女がカービィよろしく冷めきった料理をパクパクと口に放り込んでいた。
黒髪の少女……その赤みがかった黒目はどんよりと膿んでおり、そこには歪んだ俺たちが映っている。
「……?」
もはや半分意識を飛ばしているのか、黒髪の少女は俺たちを胡乱げな目で見る。
そしてまるでロード時間のように数十秒くらい制止し、そしてやっと配線がつながったのか、ゆっくりと笑顔を浮かべる。
なお、金髪和風メイドはその間も食事を止めなかった。
少しはアクションしろ……学生時代の嫌な事を思い出すじゃないか。
「ようこそ……シラユキ、私がリーダーを務めるチームへ」
完璧なスマイルを数秒で作り、耳に心地よい美声が彼女の口から洩れる。
こいつ……できる。
俺はその接客マイスターとも言うべき彼女の実力に戦慄した。
どんな失敗……それこそワインを一本丸ごとお客様にひっくり返しても、その怒りを和らげられる珠玉の礼儀作法。
ただ目の下の隈は隠しきれない。
もしかしてこの少女は一晩中、俺が連れてこられるのを待っていたのか。
だとすれば少しおもい……もとい、優しい人なのだろう。
だがそれだけで信用するのは早計だ。
「……」
俺は裏切られて殺された。
また同じく裏切り殺されでは世話はない。
用心してしかるべき……この女だってどんな本性を隠し持っているか知れたものではない。
何よりも……。
(俺は……反省も後悔もしない)
心臓ら辺を触りながら俺は「この身体の持ち主に」語り掛けるように心で思う。
この式神少年の人生を……俺は奪い取っている。
だが俺だってあんな形で人生を終わりたくはないのだ。
他人の食事を奪ってでも生きていたい。
既に俺は闇の中にいる……人を殺したものが自分が殺されることに怯えるように。
俺はこれからも怯え続けるのだろうか。
「……どうかしましたか?」
考え事が長過ぎたのか、不思議そうに眺めてくる少女。
俺は誤魔化すように彼女と同じようにスマイルを浮かべる。
傍目にどう見えるのだろうか……この仮面を張り付けた二人は。
少しだけ興味深くはあった。
まあそれはともかく、歓迎という事は……シラユキと二人の少女は知り合いではない。
その事に感謝かな。




