式神という名の人形・二
詰所―――
「とりあえず初めに自己紹介をいたします」
黒髪少女がポンと手を叩いて俺に向き直る。
どうやら歓迎パーティー云々はなかったことにしたいようだ。
俺は大人なのでその意向を汲んで見なかった事にした。
ちなみに料理そのものは金髪少女に食い荒らされた後、その金髪に片付けられてしまった。
食ってばっかりかと思ったが意外に気配り上手……あるいは単にお腹いっぱいになり、残りの料理を仕舞っただけかもしれないが。
「私の名前は陽菜……この詰所のリーダーを務めています」
その声は柔らかく耳に届く。
他人に届けることを意識したソプラノ。
不快にならないことを心掛けたその声は、しかし記憶には残りにくいかもしれない。
明日にはどんな声か思い出せない……そんな気がした。
その声も、そして笑みも人に好感を抱かせる計算された美。
恐らくは子供のころから厳しく躾けられているのだろう……それはどこか物悲しい。
……と、どこか捻くれた感想を捏造するくらいには綺麗な少女であった。
俺の実年齢は30……それからすればガキとしか言えない年齢なのだが、どうにも見惚れてしまう。
学生に手を出す変態中年の気持ちが……いやプライドにかけて認めない。
「そしてこの子は私の補佐……オルトリーネ……リーネと呼んでください」
「おお……よろしくな」
そしてこちらは綺麗と言うよりも可愛い……そして花より団子タイプ。
いつも何か食べてそう……お菓子とか上げたくなる少女だった。
だが太っているようには見えない、むしろ準痩せ型。
太りにくいと言うよりも、カロリー消費が大きい……どこかわんぱくな男子を思わせるそんな少女であった。
「私達二人にシラユキさんも含めて三人……三人でカンパニーのために邁進しましょう」
「……三人だけですか?」
「はい、三人だけです」
俺の疑問に握りこぶしをグッと構えて答える陽菜。
俺の背筋に冷たい汗が流れる。
嫌な予感がする……いつだったか、一月後に潰れた店舗にヘルプに行ったときに感じたあの感覚だ。
三人だけの部署……人が大量に辞めたか、そもそも来ないか……。
ふとリーネの方を見ると、彼女は俺の疑問を正しく推察し、簡潔に答えてくれた。
「この詰所は基本的に役に立たないけど、いろいろな理由があってクビにできない面倒な人材を集めて置く部署だ……そろそろ査定があるからそこで堕ちた奴が流れてくれば人が増える」
「……」
そうかそう言う部署か。
つまりは要らない物を入れて置く物置……いや逆に考えるんだ。
ダメな奴らの集まりなのならばそれほど期待はされない。
のんびりゆっくりとカンパニー……名前から会社みたいなものか……でのんびり過ごせるじゃないか。
「こら、そんな後ろ向きな考えではダメです……食べさせて貰っているのですから……その恩は返さないと」
「えー」
「リーネ……敗戦で国は荒廃、まともな職がない現状、カンパニーに捨てられたら私も貴方も娼館行きですよ」
なんだかどんどん雲行きが怪しくなってくる。
嫌な予感がどんどん強くなってくる。
敗戦?
どういうこと?
そもそも俺はこの世界の事について何も知らない。
それを先に聞いて置くべきではないか。
記憶喪失だという設定なのだから何も聞くのはおかしなことではない。
なんとなく聞けば後悔しそうな気がするが、聞かずにおいて更なるトラブルを起こすよりはマシだ。
「あの……実は僕、白覆面さんの改造失敗のせいで記憶がないんです……いろいろと一般常識とか世界情勢とか教えてくれると……ありがたいな、とか」
改造失敗……と言う部分を強調して俺は卑屈に限りなく近く、気弱そうに聞いてみる。
あの野郎、いつの間にかいなくなっている……押し付けやがったな。
その腹いせに都合の悪いことは全て覆面のせいにしてやろう。
覆面の態度から、彼女らとそれほど親しく会話する間柄ではないと推察した。
よって覆面に嘘……いや、都合のいい部分だけ伝えるのは嘘ではない……が覆面に露見する可能性は低い。
くっくっくっ……これが大人の知恵と言う奴だ。
俺の宣言に二人は一瞬、ポカンと口を開けたが、すぐに気を取り戻す。
陽菜は真面目腐った顔。
そしてリーネは面倒くさそうな顔。
両者の性格の違いが如実に表れていた。
「陽菜、書類となんか違うぞ……クーリングオフってまだ通じるか?」
おい、金髪止めろ。
「式神は物扱いですから、法律上は通じます……ですけど、それはあんまりにも」
陽菜も真面目に答えなくてもいいです。
「ま、ここで送り返しても代わりは来ないか……この頃、神樹の森も調子悪くて式神も生まれにくくなってるからな」
「……納得してくれて嬉しいです」
まったく納得も嬉しくもなさそうに陽菜。
どうやら俺は送り返されることはなくなったようだ。
先程の真面目発言で、陽菜は地雷かなとも思ったが、それがいい方向に行くこともあるようだ。
真面目過ぎる奴って、周囲の人間も過労死に引きづりこむから厄介なんだよな。
「では、この国について簡潔に説明します」
癖なのか、陽菜は再び両手をポンっと合わせて説明を始めた。
なお、両手を合わせても錬金術は使えないようだから、彼女は錬金術師ではないようだ。
ちなみに義手でもない。
「何から話しましょうか……では、ここはこの秋津と言う国が、異世界人によって建てられた国と言うところから」
*****
「という訳で、私たちは拾ってくださったカンパニーに恩を返す必要があるのです」
「……」
そして世界の説明が終わった。
聞けば聞くほどひどい話だった。
この国は、死者の国から船でやって来た……とされる異世界人、つまりは転移日本人によって建てられた。
転移日本人……通称、和人はその優れた知識や転移の時に得た加護やチートでこの大陸を主導し、その他の種族に崇められながら過ごして来た。
……がそれも今は昔。
七年前に現地人の国との戦争に惨敗、主導権を奪われたあげく、支配地は荒廃……今は底辺人種として虐げられているそうだ。
そして和人に忠誠を誓う式神やら鬼やら従属人種もその地位が地盤沈下し、苦しい立場に。
この世界は、もののけ姫じゃなくてナウシカだった。
そしてそんな現状を打破するべく作られたのがこのカンパニー。
和人の復権のために、社員をこき使いまくるブラック・カンパニー。
代表の名前も黒須と言うらしく、名は体を表す。
マジか……初期設定ガチャを失敗したあげく、転生する時代ガチャも失敗か。
もしかして俺、大学受験失敗からこのかた、人生のターニングポイントでことごとく選択間違ってない?
どういうことなの?
「ともかく、頑張るしかないんです……いいじゃないですか、お腹いっぱい御飯が食べられるんです……それを幸せに思わなくては」
「シラユキ、陽菜はこの会社に拾われたのが物心つく前だから、会社自体が親代わりで、ちょっと会社への忠誠心が高めなんだ……お前はあそこまで頑張んなくていいぞ」
どこまでも真面目な陽菜とそれのフォローを入れるリーネ。
苦労してそうだな……どちらも。
見える、見えるぞ……彼女らが必死こいて国を復興させて婆さんになった後、私たちはこんなに頑張ったと自慢しても、それを直接見てない若い世代にふーんそうなの、とか言われて軽くあしらわれるんだ。
そんな妄想にひたった俺はそれでも生きていくことにした。
もう一回死んでいるし、生き返っただけ儲けものか。
そう思う事にした……いや思えない。
もしかして身体を乗っ取ったのは選択を間違ったのかもしれない。
闇遊戯みたいに、事件が起こった時に事件を解決したりさらにややこしくしたり……そういうポジションを狙った方が良かったかもしれない。
(さすがにそれは自分勝手すぎるか……)
俺はその考えを封印した。
こういう時に酒でもあれば封印も簡単なのだが、人形の身では酒を要求できるとは思えない。
ああ……次々と頭を抱えたくなる事ばかりが発覚する。
俺は悩んだあげく、考えることを止めた。
現実逃避も俺の得意技……。
社畜の技能が異世界でも使えるとは、俺も思わなかった。




