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時は遡れる・四

カンパニー成績不審者収容所・外・雪月side―――


「は?」


 秋虎が滝沢部長……じゃなかった所長から抜き出したという情報を見せられ、俺は目を何度もゴシゴシとこすり、これが本当に現実なのかと訝しんだ。


 なんでも、河野こうのあつしは殺人狂で、幼い少女や少年を殺すことに快感を覚える変態である。

そしてその弟であり、現在はスルト教王の側近にまで出世した河野 あきらと親交を結ぶために滝沢は100人もの生贄を捧げることを敦に約束した。

なんだこの、邪神神話みたいな恐ろしい話は。


俺の同窓生はいつの間にこの戦国時代みたいな異世界に順応したというのか。

奴らが狂い、あるいは没落して惨めな姿をさらすのなら、俺は喝采してその事実に喜ぶだろう。


俺を陥れて幸せになった奴らには、その報いとして絶頂から奈落へとジェットコースターのような不幸をプレゼントしたい。


(だが少し出来過ぎだな……)


だが神様が俺の願望を叶えてくれたのでなければ、これは少し妙だ。

別に河野兄はあちらの世界で殺人鬼でもヒットマンでもない……ただの学生だった。

だが秋虎はこの要求を当然のことのように受け取っている。

こちらの世界の人間は、河野兄のかつての姿を知らない……あちらの世界では殺人鬼だったと言われればそれを信じるしかないのだ。

だから百人の生贄をと言われて疑問には思わない。


百人の生贄……それは恐らく本当の目的を隠す建前。

敦の本心は別にある……。

ちらりと俺は秋虎を見やる。


「それでよ……滝沢所長は奴隷商の襲撃を計画している……積まれた奴隷はおよそ数百人……そのうち敦の希望に沿う百人が生贄、残りはカンパニーが接収して売り物にする」

「それに参加した物には試験で高得点が……」

「さすが……そうだぜ、参加した者には高得点……どう考えても強盗でしかないんだが、いまの社員らならやるだろう」

「時に自らを評価する上司の命令は、何物にも優先する……」


 例えば顧客に粗相をすれば、己が所属する組織の信頼を傷つける。

 だが上司への粗相は、己自身へのダメージだ。

 組織全体が没落しても、大きな被害は受けないが、自分へのダメージはそのまま自分が苦しむことになる。

 今回の件も同じだ。


 強盗と言う犯罪は組織全体の罪、だがそれをしないのは自分が受ける……上司の命令に背いた罪。

 陽菜やリーネは巻き込まれるだろう……周りの社員らが、彼女ら二人だけが綺麗であることを許すまい。


 クズはクズの思考を理解し、予測できる……。

 クズは上には上がれない……だがクズは決して極々少数派ではないのだ。

 特にこんな落伍者ばかり集めた場所では……普通のメンタルの持ち主も、クズに堕ちる。


「河野兄の情報はありますか……」

「滝沢部長が調べた分なら、無断で借りてきている……」


 意外に用意がいい秋虎を俺は少し見直しつつ、河野兄の事に記載された書類を眺める。

 秋虎、そして紅子につけられた鬼族の護衛は、俺をじっと観察するように眺めていた。

 見世物じゃないぞ……この野郎。


(河野兄……弟の付属物か)


 この世界に来たのは終戦直後の七年前(ということは、俺は復活まで七年くらい経っていたのね)、スルト教王に召喚された。

 召喚の過程で得た権能チートは雷系魔術……強力だが五回の回数制限があり、またチートと言いつつも、この世界の魔術士でも再現できるレベルであったため、判定は中の下。

 祝福という最高ランクの権能を得た弟・あきらに臣下の礼を取ることになり、私生活でも従者の様に仕えていた様子。

 そんな生活に鬱憤を感じていたのか、暴行や傷害の事件が数知れず、一度などは教国の騎士に叩きのめされ恥を晒し、また平和な世では攻撃系チートは低評価になる傾向(どうやらこの世界ではチートは時価で、情勢によってランクが変動するらしい)もあって厄介者扱い。


 先日、仲間の一人が殺された報復を願い出たが、弟・彰に却下されたことで出奔、留意(引き留められることもなく)すらされずに除名処分、以後行方不明。


 書類には誰かの遊び心なのか、鬱屈した顔の河野兄の顔が書かれていた。

 腐りかけの魚のような両目に、そげた頬……落ち武者かよ。


「多分、陽菜とオルトリーネだっけ……あんたの仲間の狂犬女ども、巻き込まれると思って一応伝えようかと」

「私に伝えてどうするというのです」

「いや、あんたならなんとかするんじゃないかってな……」

(いや、なんとかできねえし……)


 俺はどこかのなんでも探偵団ではないし……そんなに頭も良くないし。

 だが一応は世話になっている二人のピンチ……と言うか秋虎にとっては二人のはそういう認識なのね。


(ま、何かはやるけどよ)


 妄想せよ、河野兄になって振りをして……奴にとって都合のいい未来を導き出せ。

 現実逃避は得意だ。

 いつか、俺の全てが認められ、皆に讃えられる(……のはなんかプレッシャーなので)、あるいは三番目くらいの成績で責任ある立場でもなく、それでいて大多数から「さすが」と認められる地位を……。


 そして俺は思いつく。

 彼にとって、河野敦にとっての理想を……。


「襲撃する奴隷商……教国にとって偉い人物の可能性はないですか?」

「……どういうことだ」


 七年前、カンパニー支部を襲撃して、戦争を誘発しようとした河野兄。

 それは失敗に終わったが、今度も同じ手を使ったらどうか。


 今度は立場を逆に、カンパニーが教国のお偉いさんを狙う。

 教国はそれに怒り、カンパニーに報復すべく戦闘を仕掛ける。

 何も全面戦争にならなくてもいい……単なる小競り合いでも、戦いになれば、戦闘系のチートを持つ河野兄は活躍の機会を得られる。

 自分で起こした衝突だから、いの一番に戦いに参加できる……所謂マッチポンプだ。


「……」

(いや、しょせん妄想だけどね)


 そんな目を丸くして、驚かなくても……。

 ともあれ、仮にここまで言った以上、有耶無耶にはできない……なんらかの対処をしなくては、ただの疑惑の火付け。

 だが俺のような下っ端になんとかできる訳もないし。

 ここは自分より上位の人間を巻き込んでしまおう。

 多人数、それも自分より偉い人間巻き込んで責任の所在を分散してしまえ……ふふふ、これこそ社会人の悪知恵だ。


「ええと……護衛さん」

青江あおえです……何か」


 居ずまいを正し、直立姿勢で俺に対峙する護衛・青江。

 何、これから俺とお前で決闘するの?


「くれ……」

「……?」


 いや、よくよく考えれば紅子くれこはこういう複雑な権力闘争とか対処しづらいか。

 なんとなく人間関係は不器用そうだし(偏見)。

 ここは私怨? でかつての教師の顔を火炙りした腹黒姫・北条 氷穂ひすいに押し付けてしまえ。


「北条氷穂様に伝えていただけますか……河野敦の企みを」

「なっ……」


 驚きの声は二人、秋虎と青江。

 貴様……何てことを言うんだ……みたいなオーバーな顔は止めて欲しい。

 

 紅子と氷穂はわりかし交流があるみたいだし、ということは各々の家、南条と北条もそれなりに交流がありそう。

 別に問題ないと思うのだが……なんかひっかかるが、よしやってしまえ。

 奴を巻き込んでしまえ。

 失敗しても恥をかくだけ問題ない。


「……できますよね?」


 ちょっと強めに、突き放すように言うと、何かを観念したのか青江はゆっくりと頭を下に降ろす。


「他の護衛ならばできますまい……ですが私ならば氷穂様にお伝えすることができます……ですから貴方のお見送りを紅子様に志願したのですが……」


 何やらモゴモゴと訳の分からないことを言い、青江は踵を返した。


「かないませんな……」


 肩を落とし、氷穂に俺の妄言を伝えるべく歩き出した。

 これはオッケーということだよな?


「そうそう、紅子様の貴方様の能力に対する考察……呼んでおいてくださいね」


 やっぱり聞いてくれなかったか……とビクッとした俺に、青江は一枚の紙を置いて、今度こそ去って行った。

 まったく、脅かすなよ……。


「まさか奴は北条の……」


 驚いたままの秋虎を無視し、俺もまた歩き出す。


(しょうがない……一応は迎えにいってやるか)


 俺がいたところで何ができるという訳でもないが、礼儀として陽菜とリーネが逃げる補助をしようか。

 奴隷商の居場所は秋虎が調べてある。

 ここからそう遠くはない。

 では、行きますか。


*****


 カンパニー成績不審者収容所・外・リーネside―――


「手前ら……正気かよ」


 対する者を凍えさせるような落ち着いた声が、辺りに響く。

 だが彼らは動じない。

 それは彼女の実力を知らない無知、そして圧倒的な人数の差が安心感を与えているからだ。


 彼女らの半径100メートルを囲む社員らの人間の壁、奴隷商襲撃という名の強盗殺人に繋がる行為を、試験の点数獲得という免罪符で許容した彼らが、既に合格圏内に達した陽菜とリーネ、二人の「裏切り」を許すまいと包囲する。


 お前らだけ綺麗なままなのか。

 俺らだけ罪を犯すのか。


 そんな包囲網の一角が崩れ、左目に眼帯を付けた四十近い男が進み出る。

 此度の襲撃……一番槍であり、もっとも危険な役割を担い、同時に戦闘力に乏しい社員らを安心させ、先導する……主犯。


「ふふふ、オルトリーネ……久しぶりだな」

「誰だ手前……」

「お前の母さんの恋人の一人だった男さ……」

「何……」


 一瞬にして顔を怒り……ではなく挑発するかのような獰猛な顔に変わったリーネ。

 獣が罠にかかった……そう言いたげな顔だった。


「母親の名前を名乗っているのは、お前の母をやった俺をおびき出すためか?」

「大きく出たじゃないか……それは理由の半分だ」


リーネが割烹着から忍者刀を取り出す。

 同時に陽菜もまた術を唱え、大量の式兵を召喚する。


「可愛いな……母親そっくりの顔で実に可愛い……そして最期には俺に利用されて終わるのもまた似ている」

「……」


 二人の準備を整ったのを見計らったように、敦が手を左右に広げる。

 その両手から、静電気とはとても言えないような放電が生じる。


「さあ、時を巻き戻そう……七年前の、俺らが召喚される前のあの時……あの王子が夢見たあの瞬間を……今度は間違わないように」

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