流れゆく泥の河へ・二
カンパニー成績不審者収容所・雪月side―――
「これが河野 敦様の情報です……」
彼方の方を眺め、何もない所でうんうん頷いた陽菜がサラサラとあの河野兄の情報を書き出していく。
やっぱりこの娘、人間じゃないんだ……まさか電波を受信できるとは。
侮れぬ……もしかするとぼーっとしている時は脳内で昼ドラでも見ているのかもしれない。
「しかし、どうしていきなり彼の情報を?」
「秋虎さんがリーネさん宛にラブレターを届けてくれたんですよ」
陽菜の当然の疑問に俺は声を潜めて答える。
さすがは陽菜、何かを感じ取ってくれたのか、神妙な顔で頷いてくれた。
一方リーネは、俺らのヒソヒソ声が聞こえているにもかかわらず、ピンと来ない様子。
危機的な状況では鋭い勘を発揮するが、そうでない場合は意外と鈍感なリーネの側面を垣間見た気がした。
「栄光の十二人のリーダー・河野彰の実兄、十二人の副リーダーとして首都で多彩な役職を兼任……あ、そう言えば忘れてました、今現在は栄光の十一人でした、補充までの短い期間、十一人となっています」
「十一人……一人お亡くなりになられたんですか?」
「はい、なんでも自殺とか……」
なんてこった、俺が復讐する前に死ぬとは、残念……復讐できるかは分からないけど。
亡くなったの人間の名前は小林、なんでも人の感覚を操る権能を持っていたそうだが、その地味な能力のせいかあまり出世できず、燻っていたのとの事。
ほんの一週間前、河野彰の提案した、とある都市計画の失敗の責任を取り自害。
魔術で頭を打ちぬくと言う豪快な死に方をしたそうだ。
そう言えば香具山でも痛みを操る能力者がいたな。
確か俺の召喚した蛇に頭を喰われて死んだはず……時期と言い死因と言い、凄い偶然だ。
なお陽菜はサービスなのか、はたまた検索に引っかかったのか、俺の兄・雪兎と母・小冬音についても情報を教えてくれた。
なんでも河野達十二人と共に召喚されたらしいが、大した権能を持っていなかったせいで、召喚から数か月で首都レーヴァを追われ、現在は北・教国第一軍である、帝乃槍の雑用を二人でしているそうだ。
は、ざまあ見ろ……息子であり、弟である俺を嵌めたから罰が当たったんだ。
そのまま狂人集団・帝乃槍で扱き使われていればいいんだ……俺の正体に気付き、かつ死ぬ気で謝れば何とかしてやらんでもないぞ、再就職とか……陽菜任せだがな。
なお、親父もこの世界に来ていたらしい(俺、家族全員に裏切られていたのかよ……)が、数年で死去、死因は酒毒……つまりはアル中ね。
さすがは俺の父、俺の未来をズバリ示してくれた。
ま、ともかく奴らは俺らから見て遥か上に生きていることは理解できた。
奴らが何かしてきたらカンパニー所属であることを示す。
それでも襲い掛かる、またはカンパニーが奴らの肩を持ったら……リーネは逃がすしかないな。
陽菜には悪いが、河野の兄貴の事だ……権力をかさに着てどんな非道な事をするか分からない。
なにせ、河野一族だし……弟が最悪な男だからな(偏見及び願望)、兄貴も最悪だろう……ふぅ。
多種多様なシチュレーションを反復し、対策し、俺以外の何者が解決してくれることが分かった時点で俺の悩みは晴れていた。
後はこの試験を生き延びればいいだけ……不合格でも黒須代表直下の陽菜に何とかして貰おう……じゃなきゃ逃げる。
前世が社畜なのに、今世も社畜は嫌だ。
そう言えばなんか俺を狙っている奴がいた様な……。
考えてもまったく思い出せない所から、大したことではないだろう。
*****
(さて……どうなることか)
収容所に入った俺は、雑多な人込みに巻き込まれていた。
どこもかしこも、しょぼくれたリストラ予備軍社員ばかり……暗い顔で、足切りに怯える彼ら男どもの放つ暗黒のオーラがホールに充満している。
そのダメ加減は俺の心を癒してくれるが、それに飲まれてはダメだろうと、理性が告げている。
……と言うか、男ばかりですね。
カンパニーの社員は男が大半なのか、落ちこぼれが男ばかりなのか。
同じ男として、前者だと思い込みたい。
「ん……収容所送りになったらもうほとんど挽回不可能だぜ、そうなったらだいたい女はカンパニーを辞める」
「……」
疑問を疑問として置くのが嫌な俺(今そうゆうことにした)はリーネに聞いてみた。
帰って来た答えは無慈悲だった。
どうも、七年前の戦争で和人は急激に生活レベルが下がり、妻子持ちのお父さんは大変らしい。
家に入れるお金が激減し、失望した奥さんが子供を連れて実家に帰る、あるいは離婚。
そうならないために必死に戦争前の生活を取り戻そうとする中年男性。
対して同じカンパニー所属でも、女性の場合はリストラ候補になった段階で見切りをつけて退社。
どうも彼女らは、カンパニー内で一発逆転を狙うくらいならば、金持ちの男を捕まえた方が人生を挽回する可能性が高いと判断することが多いそうだ。
確かに皆頑張っている中、最下位順位から上に上がるのは苦しそうだ。
なお金持ち男キャッチは、カンパニーの統計によると成功率は極めて低く、最悪の場合、大外れ(悪い男)にひっかかり、娼館送りとかにされる可能性の方が高いそうだ。
男女ともに生きにくい社会……やはり俺は転移する世界を間違えたらしい。
とはいうものの……俺としては実感がわかず、あまり可哀そうだとは思えない。
お父さんは大変だろうが、俺は夫にも父親にも為れない甲斐性なしな人間であるし、勿論女性を娼館送りにする悪辣な人間でもない。
そもそも女性には一定の距離を保たれて、近づくことができない。
俺の名前は雪月……女性関係のトラブルを絶対に起こさない男。
「リーネさんは他部署から結構御呼ばれしているんですよ……これはモテるという事なのでしょうか」
「ヤダよ、他の部署に行ったらサボれないし」
多分、違うと思う。
リーネはモテると言うよりも、手元に置いておくと助かるのだろうなと元(今もかもしれないが)社畜の俺は推測する。
さっぱりとした性格で何かあっても根に持つことがない。
精神的に安定していて、相手が余程の事をしない限りは流してくれる。
対人関係で好き嫌いが少なく、誰と組ませてもそこそこの成果を上げてくれる。
(八方塞がりの忙しい時に、一方を任せられて八方が七方になる人間は本当に助かるんだよな、精神的にも肉体的にも……空いたポジションを補強したり一人ずつ休憩を入れられたり……)
俺がついつい社畜時代に思いをはせている間に、どうやら受付の時間が来たようだ。
俺、陽菜、リーネの三人は一組になりながら、受付で名前を確認する。
これから一週間、三人はチームになり、多種多様な課題をクリア。
その総合成績の上位一割弱がカンパニー存続、他は強制解雇か、清掃やら雑用やら定年まで薄給で扱き使われるらしい。
なお、その薄給雑用から這い上がった人間は約0.01%。
この試験よりも倍率は凄まじいことになる。
目の前には受付のお姉ちゃん。
陽菜は黒須代表直下だから簡単に通った。
問題はリーネ。
女子高生にしか見えないボブカットの受付が何やら額に青筋を立てている。
ヘアピンで額で分けた髪……その隙間から小さく角が見える……鬼族か?
「あんた……名簿では七年前に行方不明になっているんだけど……」
「ああ、それでいいぜ、代表からの特別許可入っているだろう……私、ちょっとやらかしちゃって、ねえ……」
「う、私もいろいろやらかしてるから、こういうのは見逃すけど、ちょっと勘弁して欲しいわ」
「悪いな……」
え、リーネさん過去にやらかして……。
と言うか貴方……・中学三年、15歳くらいでしょ……七年前は八歳……何をしたんだ。
代表へのお歳暮をつまみ食いしたとか……。
そして俺の番。
俺は陽菜の傘下……と言うか人外の使鬼だから所有物扱い。
だから手荷物検査くらいで済むと思っていたが……受付の女子高生はなにやらリーネの時より渋面を浮かべている。
俺を親の仇みたいに睨みつけ、威嚇までしてくる。
え……俺、何かしたっけ?
「シラユキィ……あんた、成績がひどすぎる……このままだと突破率5パーセントの試験を受けるまでもなく不合格」
「何か、しましたか……」
「何もしてないんよ……この数か月でカンパニーに対する功績ゼロ」
(それ、明らかに捏造判定ですよね!!)
酷いことをするもんだ、これも滝沢部長の仕業か。
俺はゴブリン討伐、香具山での攻防……多方面で活躍……かつやく?
あれ……俺何かしたっけ?
秋虎の率いたゴブリンを倒したのは陽菜だし、香具山では拷問を受けた意外に何も出来事はなかった。
あれ……俺、何もしてなくね。
今更ながら俺は自分が危機的状況に陥っている事に気付く。
何かあれば逃げればいいと思ったが……。
俺は人外、人間ではなく人権もない……秘密保持のために処分とか、ないよね?
「ともかく、追試をやるから、ついてきぃ……こっち」
ちょいちょいとモブ女子高生が書類を持って俺を手招きしてくる。
陽菜とリーネを見ると。
頑張ってくださいと瞳で訴えかけてくる陽菜。
そしてリーネは……お前、ダセえな……とやや呆れた顔……お前、後で覚えていろよ。
ああ、味方はなし……まあ、体力想定とかだろうけどさ。
俺は軽い気持ちで女子高生(多分、違う)に着いて行く。
*****
カンパニー成績不審者収容所・外・雪月side―――
俺が呼び出されたのはなぜか収容所の裏手だった。
まさかここでカツアゲ……俺は飴玉すら持ってないぞ。
と思ったら、そこには煙草を吸っている不機嫌そうで神経質そうな三十半ばの男が一人……滝沢部長がいた。
(まったく……こんなあからさまな手を……)
恐らくここで俺をぶちのめそうと言う魂胆だろう、なんて短絡的な。
お前は校舎裏に呼び出す不良学生か。
だが俺には秘策がある。
俺は心臓を破壊されない限り死滅しないことは証明済み。
鉄仮面に首を斬られた時の様にうまくギロチンカッターして……つまりは死んだ振りをしてやり過ごそう。
首と胴が切断、あかん、死んでいるわ、放っておこう。
これで俺は暴力と言う痛みから逃れられる……なんて完璧な作戦。
俺は余裕に満ちた顔で滝沢部長を眺める。
奴は俺を見て……なんでこいつがここにいる、とばかりに目を丸くしていた。
そして即座にあの女子校生に駆け寄り何事かブツブツ呟く。
声が小さすぎて聞こえない。
が、女子高生の「まどろっこしいのは嫌いなんや」とか、「詳しい計画は忘れた」みたいな声が聞こえる。
お前、声でかすぎ……。
あ、滝沢部長が殴ろうとして、女子高生に逆に殴り倒された。
ゴリ、と鼻から血が……どころか鼻がズレたようにも聞こえる思わず顔を抑えてくなるような音が俺の耳に届く。
痛みにのた打ち回る滝沢部長を完璧に無視して女子高生が俺に近づいてくる。
彼女はポケットから名札を取り出すと、それを胸につける。
名札には「赤崎」の文字が……。
え、まさかこいつが件の赤崎……?
その手にはいつの間にか槍……が突き出される。
「へぇ……」
殺気で塗り固められたような刺突を俺は身体を僅かに動かして躱す。
もう二回目だしな。
いくら学習能力が低い、タッチパネル並みの記憶力と馬鹿にされた俺でも真正面からの一撃は避けられる。
「一応、初めましてやな……私……ああ、面倒くさい……ウチの名前は赤崎紅子……あんたの追試担当や、よろしゅうな」
よろしゅうな……とか言いつつも殺す気満々の女子高生・紅子に俺はゲンナリする。
この世界、暴力以外で物事を解決しようとする人間少ないんよ……ああ写った、少ないよな。
仕方がない……適当に相手するか。
「おい、殺してもいいが五体満足で残せよ……じゃないと罪を着せれ……」
「知らんわ」
紅子は自分の身長と同じ……(160半ばくらい?)の槍を打ち下ろしの体勢で構える。
対して俺は素手……ひど過ぎねえ。
だが絶体絶命の危機としてはどうにも緊張感が足りない。
(鉄仮面に比べれば、まあねえ……)
俺はどうにもやる気が起こらない……俺は追い詰められないと部屋の掃除すらしない、ダラダラ男。
そんなどこか気の抜けた体で、女子高生・紅子との戦いに臨んだ。
時間設定を間違えた……。




