流れゆく泥の河へ・一
大和地方・カンパニー懲罰用収容所・近辺―――
「はぁ……」
鉱山から帰ってきてわずか数日……俺と陽菜、オルトリーネの三人はカンパニーの成績不良者が送られる大和地方の懲罰用収容所に送られていた。
徒歩ではない、馬車……ただし見世物用の鉄格子付きの馬車でだ。
「おーい、くれるんだったら、肉がいいぜ!!」
羞恥心を味合わせることでプライドを刺激させて奮起させる……と言う、俺の産まれた現代日本では数十年も遅れた手法がこの異世界では現役だった。
配慮してくれたのか、ほとんど人がいない荒野を進行ルートに選んでいるのが救いだが、余裕しゃくしゃくで、見物人に食べ物をねだるリーネ(ちなみにリーネも本気ではなく、食べ物を与える外部の人間はいなかった)はともかく、真面目な陽菜は羞恥で顔を赤くしていた。
……以上に、その目が座っている。
彼女はまるでC判定でセンター試験に挑む受験生のように、追い詰められた猛獣のような危険な目をしている。
カンパニーで生まれ、カンパニーで育った彼女にとって、カンパニーに赤点を付けられるのは、アイデンティティーに深刻な打撃を受けてしまったようだ。
学生時代に、赤点スレスレで平気だった俺とは違う。
そんな彼女の苦しみを軽減してあげたい、助けたあげたいと思う俺は、まさしくラノベの主人公。
……しかし、そのやる気の源があまりに不純なことを知っている俺は再びため息を漏らす。
「ユキ……もう諦めようぜ、ダメだったら、もう逃げるしかないんだからよ」
俺の悩みを見当違いに解釈するリーネは置いておいて。
(まさか俺がこんなちょろい男とは思わなかった……)
一週間前程、香具山でゴミとなった俺に甲斐甲斐しく世話してくれた陽菜。
一緒にお風呂に入ったり、寝たり……まさしく子供扱いだが、どうにも俺はその時の感触やら雰囲気が嫌いではなかったらしい。
その時の気持ちだけで、逃げ出す機会があったにも関わらず俺は今、三人でここにいる。
俺は既に切り札である「蛇」を持っている。
あの怪物は今、俺の中で眠りについているのだ、例え制御できなくとも、爆弾の様に召喚して放置するだけで破壊力は抜群、最低でも脅しにはなる。
やりようによっては自立した生活も夢ではないのだが……。
「……」
未だ俺に気を使っているのか、充血した目でほほ笑み、何かできることはないかと試行錯誤している陽菜。
俺に優しくしたいと言う気持ち……もう一つはして欲しい気持ち。
抱きしめて欲しいのも、慰めて欲しいのも自分でもあろうに。
それを言い出せないのは、ある種のブレーキがかかっているからか。
(どうにも、闇が深すぎる組織だな、カンパニー)
カンパニー代表とその側近への攻撃不可の呪縛。
そんなものを掛けなければならないとは、それ相応に恨みを買っているという事。
果たして目の前の陽菜は、人間だろうか。
17歳くらいに見える彼女は本当は幾つなのか。
ふふふ……ライトノベラ―である俺にはいくつもの可能性を考えることができる。
異世界に行くならば、ライトノベルの100冊でも読んでおくべきだな。
そうすれば、いざと言うときに困ることがない。
もし仮に現代日本に通信できるのならば、これから異世界に来る人間にそう教えよう。
「着いたぜ……」
リーネの声につられて前方を檻の隙間から確認すると、いかにもな放棄された砦らしきものが見えてくる。
守備隊らしい、武士姿……なんか口から牙とか額に角とか生えていて強そう……鬼か?
そして彼らの中で、明らかにランク落ちしているように見える見すぼらしい禿げ頭の修行僧がこちらに手を振っている。
親しげなその様子は、こちらを知人と認識しているようだが、生憎と俺に僧侶の知り合いはいない。
陽菜とリーネを見ると、こちらも知らない様子。
(まさか、赤崎か……)
俺の乗っ取っているこの身体……使鬼・シラユキを嫌うと言う者。
苗字しか分からないが、まさかあのハゲが。
「奇遇だな……すぐに会えた」
「あいつ確か、ゴブリンを率いていた秋何とか……」
「はぁ?」
丁寧口調のシラユキを演技している俺は、ついつい素の声を荒げてしまう。
あいつ、西条秋虎だ。
なんでここに?
*****
大和地方・カンパニー懲罰用収容所・正門前―――
「久しぶりだな……元気にしていたか」
ニコニコとやつれた顔で近づいてくる秋虎に俺は何よりも警戒心が湧く。
確かこいつ、敵国とつながって鉱山襲撃した後に行方不明(俺視点)だったはず。
「カンパニーの情報だと、氷穂さんに捕まって裁判にかけられたはずです……恐らくは国家反逆罪が適応されて……刑罰は死刑以外はないはずですが」
恐る恐る陽菜が俺に耳打ちしてくる。
そうだよな……大して被害を与えなかったとしてもそうなるよな。
ではここにいるのは亡霊か?
「いや、俺も死を覚悟した……だけどよ、なぜか知らないが恩赦が降りてチクショウ刑とかで済んだんだ、罪を償いそして心を入れ替えて生きようと思ってさ」
聞いてもいないのに身の上話を放し始める秋虎。
頭を丸めたのは、心を入れ替えるためか……ハゲにしたからって、やったことは消えないぞ。
それにチクショウ刑って……なんだ?
「畜生刑ですね……数年前から死刑囚や重罪人を国家のために有効活用するために議会で提案されていた新しい刑罰です、もう施行されていたんですね」
「何ですか、その畜生刑って怖そうなの」
「終身の懲役刑です、死ぬまで国家のために危険で過重な仕事に従事する……重労働は元より、肉壁、おとりなど戦争時の犠牲になり易いポジションに優先的に配属されます、逃げようとすれば即処刑、ちなみに殺しても殺した側は罪に問われません」
なにそれ人権侵害とかいうレベルじゃないな。
そんなことが許されるの、この国。
カンパニーだけがブラックかと思ったが、この秋津国自体が総ブラックかよ。
「もはや秋虎さんは人間ではありません、本島で管理されている戸籍名簿からも西条秋虎と言う人間は抹消されているはずです、どれだけ働いても給料はなく、50を超えても年金はなく、死んでも埋葬すら許されず、死体は山とか海に捨てられます……見せしめも兼ねているので慈悲はないです」
「……」
「そのことを秋虎さんはご存じなのでしょうか」
多分、知らないと思います。
うわ……国を裏切った者を、国は決して許さない……か。
まあ、本当のところは単に薄給で使い潰せる労働力が欲しいだけだろうがよ。
どう考えても捕まってから裁判、刑執行の期間が短すぎるしな。
そして確かこいつ、カンパニーに恨みを持っている可能性から入社不可のはず……いつでも処分できるからOKということか。
「じゃあ、補修試験でよろしくな……おっと、妹から手紙を貰っていたんだ、早く読んでくれよ」
頼んでもいないのに手紙を突き出してくる秋虎坊主。
しかし、穂乃香か……何もかも奪われて母親まで(間接的には秋虎ことバカ兄のせいで)死んでしまって……。
正直カンパニーの意向や俺自身がボロボロだったこともあり放置してしまったが。
今になってなんとなく罪悪感が。
俺はそれらのいろいろな事柄に押されるように、手紙を開いた。
*****
拝啓、シラユキ様。
先日は私の我儘により、多大なご迷惑を掛けてしまい申し訳ございません。
私は現在北条家でお世話になっております。
下らない意地で母を死なせてしまったことの懺悔を……。
(くらぁぁぁぁぁぁ!!)
その後も延々と懺悔の文章が続く。
相変わらず、極端から極端に走る女だな、兄貴同様に……。
別に嫌いな食べ物があったから母親が死んだわけじゃないぞ。
とは言え、彼女の立場は裏切られて殺された俺からしても、悲惨な境遇であることは確かだ。
周りは裏切り者だらけ。
しかも西条家当主は……頑張れば母親とお前の生活は保障する→うっそぴょーん、死ね!!
……をリアルにやる鬼畜だからな。
性格が歪んでもやむなし、恐らく彼女は現在も恐慌状態にあるのだろう。
ぶっちゃっけ、俺以外にまともな知り合いはいなくて心細いと言うのもあるだろうしな。
俺は手紙の続きを読む。
つきましてはお詫びもかねてお食事に誘いたく思います。
カンパニーの業務は忙しいでしょうが、少しの時間で構いません、お時間を割いてはいただけないでしょうか。
無理ならば構いません……不躾な事を言い出して申し訳……
(愚痴ぐらい聞いてやるか……それで少しでも気が楽になるのならな)
いくら俺が自己中のニート上がりの社畜だとしても、中学一年生ぐらいの穂乃香のさやかな願いを無碍にするほど冷徹ではない。
別に食事に招かれるぐらい何ともないし、金がない俺に請求されることもあるまい。
ま、適当に時間を見つけて御呼ばれするか。
俺はそんなことを考えながら手紙を懐に仕舞う。
ふと見ると、どこか青ざめた顔で秋虎が俺を見ていた。
「な、なんて書いてあったんだ……?
「当り障りのないことですよ、食事に誘われたぐらい」
なぜそんなに怯えているのか。
「俺を滅ぼせとか書いてなかったか?」
「あ……?」
ついついこのバカ兄の不甲斐なさに殺意を覚える俺。
確かに母親の仇とか言われそうな状況だが。
手紙には兄貴のことは何も書かれてはいなかった。
それが逆に怖い。
凄まじく怒っていて言葉にならないのか。
あるいは怪我とかしていて正しい情報がまだ届いていないのか。
後者だとすれば真実を知った後にどう出るか分からない。
「ふぅ……どうやら妹は俺を殺せと指令を出さなかったようだな……俺は命を何とか繋いだ」
「なんでそうなるんです?」
「妹はなぜかお前をすごく気に入っている……もしかすると初恋かもしれない、大事なことは一番にお前に伝える可能性が高い」
その大事なことは兄貴を抹殺せよと言う指令かよ。
と言うか、ビビりすぎだろう秋虎義兄……。
どうやら前回の短髪化の時と同じく、こいつは髪を切っただけのようだ、精神構造がまるで変っていない。
いや、丸坊主だから切ったと言うよりは失ったか。
おいおいリーネ、そんな疲れ切った顔をするな。
お前は一段階目と三段階目しか知らないだろう。
俺は一、二、三段階の全てを知っているんだぞ……疲労も倍増だ。
「という訳で、初恋の君よ、妹に俺を許してくれるように手紙を書いてくれよ……それで俺は救われる」
「はぁ……まあいいけどさ」
もはや疲労の末にどうでも良くなった俺は、奴の言うとおりに秋虎を許す旨の手紙を書くことにした。
穂乃香……お前も苦労するな。
はいはい、手紙を書く紙はどこですか……。
俺は秋虎が出した上等そうな紙を受け取る。
―――割烹着を上役が狙っている……気を付けろ。
俺は不機嫌そうに、秋虎を見る。
傍目には、馬鹿で情けない兄貴に振り回されている使鬼のように見えるだろうか。
秋虎を見る……妹に怯える情けない兄貴……それ以外に見えない。
紙に書かれた内容……それを知らない筈がない、彼はそれを今も見ている。
「ともかく、手紙を必ず書いてくれよ……俺の命がかかっているんだからな」
まさしく命を握られた屠殺予定の鶏のような顔で秋虎は頭を光らせ離れていく。
俺の手には手紙用の上質紙……と見せかけた機密文書。
(こういう芸当ができるとはな……)
ちょっと、奴を甘く見ていたかもしれない。
前はこんな腹芸ができるような男ではなかったはずだが……。
(続き……?)
紙に書かれていた内容には続きがあった。
割烹着を狙うのは河野彰の兄・敦。
へぇ、河野の兄貴か……そう言えばいたかな(うろ覚え)。
どんな奴かと思い出そうとしたが……俺は何も思い出せないことに気付いた。
よくよく考えれば、俺は学生時代に河野に嫉妬の炎を燃やすだけで直接話した事は数えるほどしかない。
それも、そのほぼ全てがほんの挨拶程度……ほとんど他人同然なのだ。
え、だから俺は狙われて異世界送りにされたの……ぼっちに生存権はない、なんてことだ。
(こいつが今回の試験の実質的な計画者か……こいつがエリアボスで、滝沢と赤崎なんとかは中ボスか(RPG思考)
ともかく、俺一人ではどうにもできない、二人に協力を頼むか。
秋虎の情報が正しければリーネの敵でもあることだし、陽菜は嫌とは言うまい。
「陽菜さん……」
とりあえず俺は河野敦について陽菜に情報を集めることにした。
栄光の十二人だっけか……この異世界でいい暮らししているんだろうな。
本当に……妬ましい。
ストックが尽きたので、次回以降の更新は期間が空きます。




