たった一人の刀使・三
村・郊外―――
「リーネさん、ちゃんと秋虎さんを生かして捕らえたんですね……私、もしかして加減できずに殺しているかもしれないと心配になっていました、ごめんなさい」
俺らと合流して陽菜の第一声はそんな剣呑なものであった。
俺は気付かれない様に、リーネを見る。
彼女はもう私の仕事は終わったというふうに眠たそうな顔であくびをしていたが、俺は心の中の危険人物リストに書き加えて置く。
ちなみに一番上の名前は自分……自分が一番信用できない。
「クソ……残ったのは俺と白峰だけか」
どこかヤサぐれた様に……というか不貞腐れた秋虎が愚痴をこぼす。
俺らを抹殺して問題解決などという方法を取って見事に失敗したくせに反省の色もない。
変な情を起こして助けたことを後悔し始める俺。
白峰とは今まさに陽菜に引きずられている秋虎よりも少し若い、後輩のようなポジションの彼のことを言うのだろう。
どこか大人しそうな彼は秋虎の顔を見ると、キッと顔を顰めた。
「取引をしないか……その男は好きにしていい……その代わり俺を助けてくれ」
その瞬間の秋虎の顔を俺は忘れないだろう。
唖然としたというか呆然と言うか、絶望したと言うか。
兎にも角にも全ての希望を打ち砕かれたような実におもしろ……いや胸を締め付けられるような酷い顔をしている。
こういった顔を俺は何度も見てきたが、初めは胸が痛くなるものの、そのうちにだんだん愉しくなってくる。
年々心が腐っていく……きっと俺の末路は誰にも相手にされなくなった末の孤独死……もう死んでいるけどな。
「あんたの職務はゴブリンの退治だろう……ならもうそれは済んだじゃないか……だったら俺を見逃してもいいだろう……俺を見逃せば村長とのコネづくりに協力してやろう……カンパニーも薄給だろう……金が欲しくはないか、村長と手を握れば、いろいろな事を」
そう言ってベラベラと喋り始める白峰。
途中から言っていることが理解できなかった俺だが、つまるところは見逃せば村長とコネができて金が入るという事。
うまい飯、綺麗な服、あるいはいい男?
そして判明する事実……なんとこの国では働いても給料が出ない。
なんでも戦争に備えるためと、年金維持のために給料は100%差っ引かれる。
全国民がサービス残業、無給奉仕……逆に言えばいくら働かせても人件費は変わらない。
なんというブラック企業優遇政策。
やはり俺は転生する世界を間違えたらしい。
「申し訳ありませんが……カンパニーの社員は賄賂の類を受け付けません……賄賂無しでは働かない国の役人と違って」
だが白峰の必死の命乞いを無碍なく陽菜は断ち切る。
多分そうだと思った。
陽菜は社畜……しかもクソ真面目なくらいの真面目さんだ……もたらされる利益以前に賄賂と言うだけでそれ以降の会話はシャットダウン。
恐らくは白峰の言葉自体を頭に入れてはいまい。
白峰は泣きそうな顔になっていた。
全ての終わり、自分の終わり……秋虎とはまた別な意味の絶望を彼は浮かべていた。
「それに村長・秋二郎様は明日、カンパニーの治安部に拘束されることになっています……随分とあちこちで金策を練っていたようで」
「……」
特に嫌味も何もなく、ただ淡々と事実を告げる陽菜はまるでギロチンの刃のようだった。
そう感じるのは目の前の人間が罪の意識に苛まれているから。
陽菜が話す村長の悪行はまさしく畜生の類であったのだ。
賄賂漬けにした村役人と手を組み、国からの税金を多めに村民から徴収し、増加させた分を着服、村民の死亡を隠して年金を着服、外からくる奴隷商人と手を組んで女子供を売り飛ばして紹介料を商人から徴収。
よくもまあこんな風に……しかも表向きはバレない様に。
直接カツアゲしていた秋虎と比べて、村長のやり方は酷く狡猾で……有体に言えば上手かった。
しかし一つ、疑問に思う……治安部?
なんとなく嫌な予感がする。
「カンパニーは治安維持の真似事するんですか……カンパニーは会社組織のはずでしょう?」
「さあ……私は上の命令に従っているだけですから」
詳しいことは分かりません……そう首を傾げる陽菜は可愛かったが、言っていることは全然可愛くなかった。
「もしかすると、黒須代表は秋津国から独立する気かもしれませんね」
冗談めかした仕草とは裏腹の爆弾発言。
ちょ……それは止めて。
独立とかってそれ間違いなく戦争になるでしょう。
そうなったら最前線に行くのは多分俺ら。
マジですか……早くも、何度目か分からない暗雲が立ち込める俺の未来。
ああ……なんという事か、何度絶望すればいいのか俺は。
「では二人を拘束して帰りましょう……明朝まで二人を捕まえて置けばそれで仕事は完了です」
どうやらゴブリン退治と言うのは表向きの仕事で、本来の業務は村長とそれに与する奴らの排除か。
そう得心がいった俺だが……。
明日……明日まで捕らえれば……ということは今この業務は俺らの管轄か。
「陽菜さん……村長が夜逃げした場合はどうします」
「はい……?」
貴方は何を言ってます?……とも言いたげな陽菜の疑問符に俺は何か自分がとんでもなく恥ずかしいことを言ったのかと思ったが、そこは長年のスキルによってその羞恥に耐える。
大人とは面の皮が付くなることとは誰の言葉であったか。
どのみち俺が何か馬鹿な事を言ったとしてもこれ以上評価は下がりようもない。
俺は物おじせずに先を続ける。
「例えば、ここで秋虎さんやら白峰さんに俺らを足止めさせてその間に財産をまとめて高跳びするとか……」
「馬鹿なこと言うな式神……逃げたら村の利権を全部失うだろうが」
「どのみち逮捕されれば全てを失います……ならば今ある分だけでも確保するべく……つまりは損切するという方法を村長が取っても不思議はない」
俺には偉そうな白峰がみるみる顔を青ざめる。
彼は自分が切り捨てられた可能性に辿り着いたらしい。
あの村長が、実の甥を殺してくれと頼むあの男が血の繋がりのない人間にまで配慮するはずがない。
用がある時だけ甘い言葉をかけ、用が済めばゴミ箱行き。
俺の根底にあるのは、そんな不信感であった。
「大丈夫です……いざとなったら、私の式神を大量動員して捕まえますから」
「そうですか……なら安心しました」
冷静に対処策を出してくる陽菜に俺は安堵する。
そうだよな、そのくらい考えてない訳がないか。
本当に俺は馬鹿な事言ったかもしれない。
今後気を付けよう。
「単純労働限定ですけれど、私一人で何十倍も働けるんですよ……草むしりも数十倍速」
「すごいですね」
「一人でサッカーもできるんですよ」
「それやる意味あります……?」
むんすと気合十分に胸を張る陽菜。
無邪気でどうにも子供っぽい。
なんとなく、悪戯がバレた子供のよう。
長年の経験のためか……俺は気付いてしまった。
こいつ……冷静さを完全に失っている。
「召樹……歳星」
再び陽菜と言うコピー機が起動した。
今度はフルパワーだ。
服の隙間から先程、包囲された時以上の速度で式札が次から次に飛び出していく。
「夜逃げの可能性を考えてなかったのか……」
詰めが甘い……あと一歩が足りない。
俺は心の中で頭を抱える。
俺らが村から出て既に半日近く……村長が荷物をまとめて逃走するには十分すぎる時間だ。
陽菜の式神は多分、間に合わない。
彼女の式は、多分人の速度でしか移動できない。
村長が馬車とかで移動されれば追いつけない。
「リーネさん……至急、カンパニーに戻って応援を」
「うん……いいのかよ、そんな勝手なことをして」
「大事にならなければ後でいくらでも罰は受けますよ」
パニくった陽菜に見切りをつけ、俺はリーネに応援を頼む。
この状況では、彼女の俊足が一番早い。
「そんならまあいいぜ……この距離なら30分以内に本部にご到着だ」
言うが早いが、リーネが疾風のごとく駆けていく。
割烹着という動きにくい服装であるにもかかわらず……その速度にしては無音に近いステルス仕様。
もしかして彼女は忍者なのかもしれない。
「全方位を探索……動く者は全て拘束」
恐らくは今動かせる全ての式神を放出した陽菜が、軍隊と化したその集団に命を下す。
その数……サッカーどころか、野球とバスケットボールも同時にできそうな人数。
しかし術者が混乱している状態で、果たしてその数は多い式神たちがちゃんと組織立って動けるか疑問だ。
なんとなく、ただそこらじゅうを走っているだけのように見える。
まさしく烏合の衆。
(ちょっと休めよお前……)
俺は小さくため息を吐いた。




