587列車 動くぬいぐるみ
2062年3月24日・金曜日(第17日目)天候:曇りのち晴れ 西日本旅客鉄道紀勢本線白浜駅。
僕たちはアドベンチャーワールドの正門前に来ている。開演前であるが、春休みと言うこともあって、車は多いし、人も多い。
「これ復路でも良かったんじゃない。」
今更|萌が言う。
「今言うなよ、今。」
僕はそう言ったが、これは復路に変更した方が良かったかもしれない。昨日は「くろしお」と「南紀」に乗って早々に紀伊半島を離れた方が良かったかもしれない。だが、そんなこと言ったって、今日は白浜でゆっくりする火を作ってしまった。そうなると行程の段階からやり直さなくてはいけなくなる。せっかく取って貰った切符をあることだし、乗車変更ともいかない。
「まぁ、ゆっくり見て回ろうよ。」
開演時間になると一斉に人の波が動き出す。入れば、すぐにペンギンが出迎えてくれる。そのペンギンに足を止める人もいれば、そそくさと中へ進んでいく人もいる。どちらにせよ足の遅い僕たちはペンギンのところで足を止めざるを得ない。
「東日本のペンギン君かなぁ。」
「東日本のはアデリーペンギンだから、これじゃないって。」
即座にツッコんだ。
さらに奥へと進む。アドベンチャーワールドの目玉はなんと言ってもパンダであろう。ここには日本で最も多くジャイアントパンダを飼育している。繁殖活動も積極的に試みられており、今まで何頭ものジャイアントパンダの出産に成功している。昨年もジャイアントパンダの出産には成功しているし、その子供は現在かなり大きくなっているであろう。
予想通りパンダの展示場には多くの人が押し寄せている。
「パンダはどこかな。」
そんな声も耳に入ってくる。
「あっ、いたいた。」
その歓声の先に目線を向ける。するといた。白と黒の独特の模様をしたぬいぐるみ・・・。それがもそもそと動いている。顔をこちらに向けていかにも「呼んだ」と言わんばかりの表情を浮かべる。アレはまさにジャイアントパンダだ。
「可愛い。」
次に耳に入る声はそれだ。アレは可愛いといわずして何だろうか。
パンダは決してこちらのことなど意識していないだろう。だが、彼らがみせる行動は人間よりもサービス精神旺盛である。遊具の上で寝転がってみたり、足を点に向けてみたり、歩き回ってみたり、水浴びをしたり・・・。あげれば、いくらでも出てくる。
「ほらほら、あの子寝てるよ。」
萌の目線の先には岩を枕代わりに寝ているパンダがいる。
「起きてこっち見てくれないかなぁ・・・。」
萌の声は彼らには届かないだろう。誰しも、寝ているパンダが起きてくれないかどうか。その時を今か今かと待ち続けながら、スマホを向ける。
「可愛い、ナガシィも可愛げがあったらいいのになぁ。」
「悪かったなぁ。可愛げ無くて。」
「あっ、でも、ナガシィで今可愛げがあると気持ち悪いかも。」
「どっちだよ。」
「ねぇ、今度はあっちのパンダ見に行こう。ここから見たら笹食べてるかも。」
「はいはい。」
展示施設を移ると、今度は笹を食べるパンダを見ることが出来る。足を広げ、少々ふんぞり返りながら、竹を広げている。その姿は晩酌を楽しむおっさんそのものだ。
「あれ、絶対中に人が入ってると思うんだよねぇ・・・。何であんなに人が入ってるか持って思えるんだろう。」
「知るか・・・。」
「ねぇ、こっち向いて。」
萌は完全にパンダに夢中だ。あんなののどこが・・・と言いたいが、パンダには勝てないか・・・。
「ナガシィもパンダと一緒に写真撮ろうよ。」
「・・・。」
付き合ってやるか・・・。




