第12話
棒が、落ちた。
一発目は、音だった。二発目から、音ではなくなった。
クァンは処刑台に括り付けられたまま、歯を食いしばっていた。叫ばなかった。叫ぶ気力を、意識を保つことに使った。雪の上に何かが落ちる音がするたびに、それが自分の血だと分かった。
十発。
二十発。
意識の端が、溶け始めた。父ソックの顔が来た。雨の夜、冷たくなった手の感触が戻った。俺は間違っていない、と思った。それだけを思い続けた。それだけが、この場所に残れる理由だった。
三十発目が落ちた。
中庭の雪が、赤くなっていた。
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遠くでチニョンが見ていた。
唇を噛んでいた。掌に爪を立てていた。声を出さなかった。声を出せば、何もかも終わる。両班の娘が馬医のために叫べば、それはクァンをさらに深みに引きずり込む。だから動かなかった。動けなかった。
棒が三十回落ちる間、ただそこに立っていた。
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恵民署の奥の部屋。
クァンが意識を取り戻した時、天井が見えた。
藁の匂いではなく、薬の匂いがした。
「……起きたか」
声がした。老いた女の声だった。傍らに座っていた。細い指が、クァンの脈を押さえていた。鍼の使い方を知っている指だった。
チャン・クネだった。
クァンはその名を知らなかった。後から聞いた。かつて父たちの盟友だった医女だと。それを聞いた時、何かが胸の奥で動いた。この女の指が、どこかで繋がっていると感じた。感じただけで、確かめる言葉がなかった。
枕元にチニョンがいた。
目が赤かった。泣いていたのか、眠れなかったのか、あるいは両方か。
「……気がついたのね」
声が震えていた。
「よかった。本当に」
クァンは天井を見たまま、少し間を置いた。
「……お気遣い、痛み入ります」
チニョンの動きが止まった。
「チニョン……お嬢様」
「やめて」
「司僕寺の馬医が、両班のお方に——」
「やめてと言った」
チニョンの声が低くなった。震えが消えた。
「ペク・クァン。私を誰だと思っているの」
クァンは黙っていた。
捕らえられていた間に知った。彼女がミョンファンの養女であること。典医監の最高権威の娘であること。自分とは、生きている場所が違う人間であること。頭では知っていた。だが、知らないふりをしていた。司僕寺の厩舎で隣に座って、夕暮れに馬を見ていた時は、知らないふりができた。
今はできなかった。
三十発の棒が、その距離を数字にして刻んだ。
「これまでの無礼をお許しください」
「無礼なんてない」
「あります」
「ない」
チニョンは立ち上がった。
「私はチニョンでも、お嬢様でも、どちらでもいい。貴方が何と呼ぼうと、私は変わらない。でも——」
声が割れた。
「貴方が距離を置くなら、私は毎日この部屋に来ます。来て、黙って座って、帰ります。それだけのことを、続けます」
クァンは何も言えなかった。
チニョンは頭を下げた。それから出て行った。
廊下に出た瞬間、壁に手をついた。膝が笑っていた。言えた、と思った。言ってしまった、とも思った。どちらが本当か、分からなかった。
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コ・ジュマンが来たのは、翌日だった。
医学書を数冊、置いた。古かった。だが大切に扱われてきた本だった。頁の端に、何十年分かの書き込みがあった。
「読め。そして医師登用試験を受けろ」
クァンは本を見た。
「冗談はよしてください」
「冗談ではない」
「俺は馬医です。人に触れれば棒で叩かれる賤民だ。試験を受ける資格が——」
「いつまで泥の中に閉じこもるつもりだ」
コ・ジュマンの声が低くなった。
「お前は命を救った。その代償として打たれた。だがもしお前が医師であれば、あの島で打たれることはなかった。今こうして卑屈に笑うこともなかった」
クァンは自分の手を見た。
傷だらけだった。馬の蹄に踏まれた古い傷。鍼を持ち続けた指の変形。三十発の棒が残した痣。重なり合って、自分の手がどういう手なのか、もう分からなかった。
「世界は変わらんのですか」
「変わらん」
コ・ジュマンは即答した。
「だがお前が救える命の数は変わる。お前の手は、馬のためだけに授けられたものではあるまい」
それだけ言って、出て行った。
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夜、クァンは一人だった。
月明かりが入っていた。医学書を開いた。
文字があった。図があった。経絡の走り方、臓腑の位置、脈の読み方。感覚でやってきたことが、言葉になっていた。感覚は正しかった。この本が、そう言っていた。
ページを繰る手が、止まらなかった。
馬医だから、と何度思っただろう。奴婢だから、と何度俯いただろう。その言葉を使うたびに、何かを諦めた。諦めれば楽だった。期待しなければ、傷つかなかった。
だが、ギテは生きている。
チニョンは生きている。
利川の村人たちは生きている。
馬医だからと俯いていれば、誰も生きていなかった。
クァンは本を閉じた。手を見た。
三十発の棒で刻まれた痣が、月明かりの中で黒く見えた。屈辱の色ではなかった。越えた証だった。引き返せない場所に来た証だった。
「なってやる」
声に出した。誰もいない部屋に向かって。
「医師に。誰にも、この手を否定させない」
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翌朝、チニョンの部屋に行った。
扉を叩いた。開いた。チニョンが立っていた。昨日の続きを警戒している顔だった。
「試験を受けます」
チニョンの顔が、変わった。
「貴方の隣で、胸を張って医者と名乗れるようになるために」
チニョンは一拍置いた。それから笑った。泣きそうな笑い方だった。
「……遅い」
「すみません」
「謝らなくていい。早く治して」
「はい」
クァンは頭を下げた。
廊下に戻り、歩き始めた。体がまだ痛かった。動くたびに棒の跡が疼いた。それでも、歩くことはできた。
歩きながら、医学書のことを考えた。読み終えるまで、どれくらいかかるか。試験まで、何が足りないか。
痛みは、後でいい。
今は、前だけを見ていればいい。
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