ローブの香り8
「……それは……」
確かにそう。
でも、それは天使と悪魔が愛し合った結末を知らない、まだまだ浅はかだった時に刻んだもの。
私達は前世、ただ愛し合ったせいで殺されてしまった。
「ダリウスは……どこまで思い出してるの?」
「多分、全部だと思うけど?」
私は、唇を強く噛んだ。
こうやって、本当にまた会えるなんて思わなかった。
生まれ変わる確率なんて、数%だといわれているのに……
「なら分かるでしょ!?
私達は引き離されたあと、無残にも殺された。何を言っても、誰も耳を貸そうともしなかった!
私たちが一緒になれば、きっと、また同じような事になるわ!」
もう、ダリウスを失いたくない!
「それは多分ない。理由は前にも説明しただろ」
「自分たちの命がかかってるのよ?あんな説明じゃ、全然安心出来ない!」
「……もう、準備を始めている」
「……えっ?」
「万が一バレた時のために……」
「……?」
「悪いが、詳しいことはもう少し準備が整うまでは言えない。……でも信じてほしい。前のようにはならないし、そうはさせないと」
「『本当は、もっと慎重に動くべきだった』、『あの時の俺は、甘かった』って、そう言ったよね」
「ああ」
「こんなの、前世と同じだよ……。ダリウスは、同じことを繰り返そうとしている」
「違う」
「違わないよ!私たちがいくら予防策を取ったって、世間に追われたら逃げきれない!!
現に、無の地までも追ってきたわ!今世もそうなるに決まってる!そうなったら……また……」
脳裏に、あの光景がよみがえる、日に日に衰弱していく、ダリウスの姿。
処刑の場で浴びせられる、無数の好奇の視線……
そして、……処刑……
私は、そっと眉を寄せた。
「……禁忌さえ犯さなければ、バレたとしてもそこまで罰されることはないって……思ってたのに……」
「俺もだ。……でも、ああなったのは、前にも言ったが魔王がお前に執着していたせいだろう」
「魔王が……」
私を欲するような魔王の表情が頭を過り、気分がさらに悪くなった。
確かに、魔界にも天界にも、大金をかけて指名手配されていた事には違和感があった。
魔王は私たちに体の関係がないと知っていたし、一線を越えるつもりはないというのも分かっていた。
だから、急いで捉えて処刑にするほどの事なんて無かった。
なのに……
「でもなんで?魔王の目的は私自身だとしたら、どうして処刑なんて……あっ」
そう口にした時、ある記憶が蘇った。
魔王は――失敗したんだ!
…………
……
鉄格子のはまった換気窓から、淡い月明かりが差し込んでいた。
両手足には鎖がつながれ、動くたびにジャラリと重い音が響く。
周囲には何もない。冷たい石床と、薄暗い空間。
どこか血のような、生臭い空気が漂っていた。
そんな中で――
石床の四角い影がふと揺れ、換気窓に目をやると、そこに小さな黒い影が立っていた。
それは、小鳥ほどの大きさの生き物だった。
翼はコウモリのようで、体は恐竜のような、見た事のない不思議な生き物。
その小さな生き物は、口から魔法のように一通の手紙を差し出すと、音もなく飛び去った。
手紙はふわりと落ちていき、私の目の前に舞い降りた。
恐る恐る手紙を拾うと、宛名も差出人も何も書かれていなかった。
「まさか……ダリウス!?」




