ローブの香り6
すると、そこには――
ダリウス……!
今、最も会いたくなかった人。
そして……最も会いたかった人が、私に影を落とすように立っていた。
ダリウスとは、毎日のように夢の中で会った。
何度も笑い合い、何度も泣き崩れた。
だからか……
目の前に本当にいるはずのに現実味がなくて、まるで幻想でも見ているみたいに思えた。
久しぶりに見たダリウスは、ただ、じっと私を見つめている。
でも、なぜかその頬は、痛々しいほどに赤く腫れていた。
「……っ!?」
「な、なんでお前が……っ!」
ルヴェルが、信じられないというように声を上げる。
「なんで、って?」
ダリウスが冷たい笑みを浮かべ、ルヴェルを見下ろす。
「まさか、殴られただけで終わったのか?そんなはずないだろ!?」
そう発言するルヴェルの言葉には、全く理解できなかった。
「……やっぱり、お前か」
ダリウスは小さく肩をすくめ、ため息をついた。
ルヴェルはハッとして口元を押さえる。
「えっ……なに?どういうこと?」
私は不安を胸にダリウスに尋ねた。
「……少し前、実家に呼び出されたんだ。
『特定の天使と仲良くしてるというのは本当か?』……ってな」
その言葉に、心臓が一気に跳ねた。
それって……!まさか……っ!
「最初は、天使の上級生の嫌がらせかと思った」
ダリウスの言葉に、ルミナの顔が頭に浮かぶ。
「けど、話を聞いてるうちに、違和感が出てきたんだ。
たまたま俺たちを見かけた誰かが、学院側に告げ口した……って程度の話じゃなかった。
まるで『リシェルと同じクラスで、ずっと近くで見ていた奴』が語っているみたいな……そんな、妙に身近で細かい視点だったんだ。
だから――すぐに分かったよ」
鋭い眼差しが、ルヴェルに突き刺さる。
「……やっぱり、お前の仕業だったんだな。ルヴェル」
「だからどうしたんだ。僕は……、本当の事を教えたまでだ。
天界のために……天界の信念を守るために……っ!!」
「嘘つけ!!」
ダリウスの怒声に、ルヴェルがビクリと肩を震わせた。
「天界の為?天界の信念だ?
偽善者ぶった言い訳しやがって!お前はただ、リシェルを俺から奪いたかっただけだろ!」
「ち、違う!」
「自分の胸に聞いてみろ!本当に、これっぽっちも、やましい気持ちがなかったのか!」
「……っ」
ルヴェルの奥歯を噛んで黙り込む。
「前にリシェルが実家に呼び出されたのも、お前の仕業だな」
ダリウスが凄むように睨みつけると、ルヴェルは大きく顔を逸らした。
……えっ。
まさか、ルヴェルが!?
「自分がリシェルを苦しめておきながら、心配するふりなんて……滑稽の極みだな。
リシェルの気持ちを完全に無視した偽善者が。……お前がやったのは、自分の為に自分のエゴをただ押しつけただけだ!」
その言葉に、ルヴェルは顔を歪め、ゆっくりと顔を伏せた。
口元は震え、拳を強く握りしめている。
「行くぞ!」
ダリウスは私の手を取ろうとする。
「待て!」
その声に振り返ると、ルヴェルは真剣な目でこちらを見つめていた。
「……確かに。僕は、お前がいなくなればリシェルは僕のもとに来てくれるかもしれないって、少し期待した。それは認めるよ」
ルヴェル……
「……でも、天界の事を考えていたのは本当だ!
悪魔とは、ずっと、一定以上の距離を取ることでこの世界は平和を保っていた。
天使と悪魔が必要以上に親密になる事は、天界も魔界も、絶対に許しはしない行為だ!だから僕は……」
「天界と魔界の『許し』なんて要らない」
「……は?それで、どうやって生きていく気だ!?
人間界にでも降りる気か!?
それとも、あの何もない無の地にでも行くつもりか!?無の地は見た事もない化け物がいるらしいじゃないか。あんな所で生きていけるわけがない!」
ルヴェルの必死な声に、ダリウスは冷ややかに視線を送っただけで、何も返さず私の腕を引いた。
「ダリウス!?」
でも、次の瞬間、ダリウスの動きが止まった。
自分の手で掴んだ私の腕を見下ろし、何かを察したように一瞬だけ目を見開き、手を離す。
そして、すぐに何もなかったかのように目を細め、「行くぞ」と低く呟いた。
「行かないわよ!」
そう叫んだけど――
「なら、無理にでも連れて行くまでだ」
力も入らない私はダリウスに軽々と抱き上げられた。
「きゃあ!」
同時に、彼の背中から黒い翼が広がった――




