ローブの香り3
『こんなの……おかしいわ……っ!
私は……ただ、彼を愛しただけなのに!』
無数の好奇の視線が、私を突き刺す。
『確かに私たちは愛し合っていた……。でも、それだけよ!
決して……決して、禁忌を犯したわけじゃない!!どうして……ただ愛することさえ許されないの……?』
『大人しく牢に入っているから反省でもしていると思っていたが……完全に悪魔に毒されているお前はもう天使ではない。……さっさとやれ!』
断罪官は冷たく私を見下ろしていた。
目元を覆い泣き崩れる母の姿と、その横に真っ赤な目をして必死に立つ父の姿が映る。
私の身体を、乱暴な手が引きずる。
天使のはずの彼らが、私を断罪の場へと押し込む。
そこには、天使としての慈悲の色など、かけらもなかった。
『歪んでる!なんでこんな事ができるの!?天使としての慈悲はどこにあるの!?』
そして――鋭い刃が落ちてくる。
「あああああーーーーーー!!!」
つんざくような自分の叫び声が、鼓膜を破る。
気がつけば――
瞳に映るのは、見慣れた寮の自室。
首筋を伝う汗。濡れた髪が、肌に張りつく。
そっと首元に手をやる。
「……生きてる……」
震える手で、首元をそっとなぞる。
息が、酷く荒い。
髪を掴み、深く息を吐いた。
断罪の時に見た、あの好奇の視線がこびりついて離れない。
どうして死ぬという時に、あんな目を向けれるの!?
あれが……本当に天使のすることなの?
天使は『秩序があり』、『正義感があり』……『正しく清い』存在なんじゃないの!?
あの時の記憶は、間違いなく、その全てを否定していた。
たぶん、私はずっと……
この前世の記憶が、不安の根にあったんだと思う。
その時、コンコンとドアがノックされた。
「夜分遅くに申し訳ありません。先ほど、この辺りで叫び声が聞こえたのですが……」
学食――
「リシェル、大丈夫?やっぱり目、腫れてるよ」
友人に心配されながら、私は食事を運んでいた。
「うん」
ぼんやりとしながら頷き、トレーを机に置く。
「怖い夢見たんでしょ?こっちの部屋まで聞こえて来てたわよ」
向かい側に腰を下ろした友人に、力なく苦笑いを浮かべる。
「ごめんね。うるさかったよね」
その時、ふと視線を感じた。
顔を上げると、出口に向かおうとしているルミナとその友人たとと目が合った。
その瞬間、ルミナはピタリと足を止めた。
「……っ」
元親友のルミナはぐっと眉をひそめ、不服そうに腕を組む。
また、その目……
ルミナは、こうして再び友人と過ごす私を許せないでいるらしい。
裏切り者は影で身をひそめて過ごせって、そう言いたいんだろう。
思わず目を逸らした時、ふと思った。
なんで毎回毎回、私が負い目を感じなきゃいけないのか、と。
ルミナが私を責めたい理由は、私が『あの術式は天使のものじゃないか』と思っている事。
でも、私はあの現場にいた唯一の生徒だし、ルミナは否定したけど証拠の本だってある。その話もちゃんとした。
ずっと親友だったのに、最初から否定的で、私の証言を全く信じようとしなかった。
さらには、そんな証言をバラして……
ルミナに対して怒りたいのは、むしろ私の方だわ!!
強がりにも似た感情が胸を満たし、腫れた瞼でまっすぐに彼女を見返した。
そんな私の様子に、ルミナの眉がピクッと上がるのが見えた。
その時――
「リーシェル」
そんな声がすぐ横からした。




