崩れ行く……8
その言葉に、彼の赤い瞳が揺れる。
「…………は?何言ってんだよ」
戸惑いと怒りが混じった声が落ちてくる。
私はすぐに視線を逸らし、絞り出すように続けた。
「このままじゃ……あなたまで危険になる……。だから……」
「だからって、なんだよ!」
「私たちの関係を……」
声が震える。
どこか現実味がない。
「……終わりにしよう」
伏せた視線の先で、彼の拳がぎゅっと握りしめられるのが見えた。
「ふざけんなよ!」
怒鳴り声が部屋に響き渡る。
「俺が危険になる!?そんなのどうでもいい!!」
振り上げた拳が、背後のタンスに叩きつけられる。
鈍い音とともに、血がにじむ様子が目に飛び込んだ。
「ダリウス……手が……!」
「前世を思い出したせいか!?」
「えっ……」
「確かに俺はお前を守れなかった。でも、それは魔王がお前を狙っていたせいだ!今世は違う!」
「……ごめんなさい。でも、もう決めたの。これ以外に道はないの!」
「勝手に決めるなよ!話合えば、もっと別の道だって――」
必死に訴えかけてくるダリウスの姿に、堪えていた涙が溢れそうになる。
眉頭に磁石でも付いてるのかと疑いたくなる程に、眉が寄る。
私は、なんとしてでも顔を見られないようにと、震える手で自分の顔を覆った。
「……ごめんなさい」
そして、そのまま逃げるように、ドアノブに手をかけた――
「待て!」
背後から腕を掴まれる。
「離して!」
駄目……っ!
ある程度は予想していたけど、やっぱりこんなんじゃダリウスは全然納得しない。
「もう……ダリウスのことなんて好きじゃないの!」
私は振り絞るように、声をぶつけた。
「……えっ?」
彼の手が、ピタリと止まった。
その隙に腕を引き抜いた私は、掴まれた手首を自分の手でギュッと押さえた。
「何言ってんだよ。嘘だろ?」
「……ううん。本当だよ」
「馬鹿か。そんなの、嘘だってバレバレなんだよ!俺は、お前に守ってほしいなんて思ってな……」
「本当よ!」と。遮るように声を張り上げた。
「ダリウスに言えなかっただけで、少し前から……他に好きな人がいた。
あんな悲惨な前世を思い出して、やっぱり悪魔との道は駄目なんだって、思い知らされたの。
思い出せば思い出すほどに、ダリウスとの未来なんて選べないって……そう思った。……そして……その人のことが、もっと好きになってしまったの」
ダリウスの顔が、みるみる歪んでいく。
「……は?」
「ダリウスまで危険になるって言ったのは、私がただズルかっただけ。
綺麗に別れたかっただけ。もう、ダリウスには気持ちなんてないの。
だから……もう引き止めないで……!」
前もって用意してきた嘘の言葉を、まくしたてるように吐き出す。
目の前の彼の、痛々しいまでに傷ついた表情に、胸が裂けそうになる。
「……さようなら」




